乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その二百七十六
「ふう……。さあ、今のうちに移動しよう」
やり切ったように額の汗を拭う四五郎さんは、すでにいつもの見慣れた四五郎さんに戻っていた。さっきまでのすごい演じ分けをしていた人物と同じとは本当に思えない。
「それで、同士くん。さっきのはどうだった?」
とりあえず、ここでのんびりとしているとせっかく散らした女子達が戻ってきてしまう。急いで無事だった翡翠を回収してその場を離れると、四五郎さんがにこりと人好きのする笑顔で感想を聞いてきた。
「……四五郎さんを初めてすごいと思いましたよ」
認めるのは癪だけど、さっきのは本当にすごかった。
本当に複数の男女が喋っているようにしか思えなかったさっきの技は、単に声音を使い分けるだけにとどまらず、完全に別人を演じ分けていた。特技と言うべきか、演技と言うべきか……あるいはその両方か。
渋々優花が四五郎を褒めるようなことを口にすると、四五郎は本当に嬉しそうに笑みを浮かべた。
「いやあ、同士くんにそこまで褒められると照れるなあ」
いや、まだそんなに褒めてないんだけど……。
ツッコミをするのも面倒なのでとりあえずスルーすると、四五郎さんがぽんぽんと肩を叩いてきた。
「なに、同士くんならすぐにこれぐらいできるようになるよ」
「いや、別にできなくても……」
「まあまあ。それよりも、同士くん達は何をしてたんだい?」
優花がはっきり否定する前に四五郎が言葉をかぶせてきたのはたぶんわざと。
四五郎さんが何を考えているのかがわからない。若干嫌な気配がするけれど、そもそもがよくわからない人なのでわかる必要はないのかもしれない。
「ああ、そうだった。俺達はですね……」
何はともあれ、無事に翡翠を救出できたことだし、淀の手紙の謎の解明に戻ることにして、ざっくりと経緯を説明すると、四五郎さんは目を輝かせた。
「なんだいそれ! 面白そうじゃないか!」
明らかにワクワクした、少年みたいな目をしながら手を前に出してくる四五郎に、優花は思わず嫌な顔をしてしまった。
「……もしかしてついてくる気ですか?」
「うん。幸い今は暇だからね! 僕にもその地図を見せてくれないかな?」
「えー……」
四五郎さんのことは別に嫌いではないけれど、結構な面倒事を持ってくるトラブルメーカーな気もするからだ。
「……どうぞ」
四五郎さんに地図を見せるべきかどうか少しだけ逡巡した後、結局四五郎に淀が書いた簡素な地図が書かれた手紙を渡したのは、そもそもこの地図がどこを示しているのかわからずに、猫の手でも借りたい状況だったことを思い出したからだ。
「うーん……」
道のような細い線と星マークだけしか書かれていない紙を見て、四五郎さんが唸る。渡す前に四五郎さんならもしかしたらわかるかもと一瞬思ったが、全然そんなことはなかったらしい。
まあ、これだけ見て実際の地図のどこにあたるのかを当てられたら最初から答えを知っていたのを疑うレベルなので仕方ないと言えば仕方ないか。
「ああ、ひどい目にあった……」
女の子達から解放された後、竜二に背負ってもらっていた翡翠がようやく少しは回復してきたらしく、自分の足で立つと四五郎さんを見て苦虫を嚙み潰したような渋面を作った。
「なんで親父がいるんだ……」
翡翠の珍しい表情に少し驚く。
翡翠と四五郎の親子関係は悪くなかったはずだが、何かあったのだろうか?
……そして、女の子にもみくちゃにされすぎて憔悴していたせいで、四五郎さんのことは今の今まで気が付いていなかったらしい。




