乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その二百六十六
「それじゃあ竜二、今日はありがとうな。お前は黒岩さん送ってやれ」
「うっす、兄貴! お疲れさまでした! 失礼しますっす!」
「……さ、さよなら」
帰る方向が全く違うわけでもないし、本当は途中まで一緒に帰っても良かったのだけれど、今日の本当の目的は竜二と淀に一緒の時間を過ごさせることなので自重する。
「深雪先輩も今日は本当にありがとうございました。付き合わせてすみません」
「ふっ、そう何度も礼は言わなくても良い。しっかりと文化祭で返してもらうつもりだからな」
小さく笑った深雪は以前よりも印象が柔らかくなった感じがした。……もしかしたら、体育祭の件で少しは気を許してくれたのかもしれない。
「ふむ……そうだな。灰島、これから時間はあるか?」
「え? まあ、大丈夫ですけど……」
図書館で借りていた部屋の利用可能時間の関係でテスト勉強を切り上げて解散したけれど、今はまだ午後の五時。たしかに何かをすることはできなくはないけれど……何かするつもりだろうか?
「それならついてきてくれ」
頭に疑問符を浮かべながらとりあえず深雪についていく優花は、そこで何故か強烈な既視感を覚えた。
……あれ? 見たことあるぞ?
翡翠や竜二とは違い、深雪とはまだあまり二人きりで行動するようなこともなかったから断言できるけれど、こんな光景を見たことはない……はずなのに今感じている既視感はたしかなものに感じられた。
夕焼けで赤く染まる空をバックに、少し高い深雪の背中を追いかけるこの画は……そうだ。マジハイのスチルだ。
テストで一位を取った後、深雪にお気に入りのスポットと言って学院の敷地内にある絶景スポットに連れていかれる間に表示されるこのスチルは、テストでの一位と、深雪の好感度が一定以上という条件で発生し、文化祭前に獲得しておかないと深雪が攻略不可になるという重要なスチルだった。
なんで、このタイミングで……。
今日はただテスト勉強をしただけ。今のこの画がマジハイのスチルとは無関係である可能性はあるけれど、深雪が今向かっている方向はたぶん例の絶景が見えるであろう場所。
発生タイミングがおかしいけれど、やっぱり無関係とは思えない。
「む? ……どうした灰島?」
考え事をしたせいで、遅れた優花を気にして深雪が足を止めて振り返り、完全にマジハイのスチルと画が一致した。
「あ、いや。なんでもないですよ、ははは……」
適当に誤魔化し笑いを浮かべると、深雪は「そうか」とだけ言って再び前を向いて歩き始めた。
……大丈夫。想いの欠片は出てない。
画が完全に一致した瞬間、凜香さんに及ぶ危険が頭をよぎり心臓がぎゅっときつく締めあげられた気がしたものの、深雪の想いの欠片は出ていないことを確認してとりあえず胸をなでおろし、深雪の後を歩く。
「……着いたぞ」
凜香さんはたぶん大丈夫だろうとは思いつつ、不可解なイベント発生タイミングについて考えている内に、いつの間にか目的地に着いていた。
ただ黙々と深雪の後を歩いていた優花は、深雪の声に答えの出ない思考の海から浮上し顔を上げるとそこに広がっていたのは……。
「おぉ……」
日が落ちかけて赤く染まる空。うっすらと見え始める星々に輝く月。暗く染まる自然の木々、そしてそれの対比のように点々と灯る人工の明かり。
白桜学院の敷地内でも隅っこにある小高い丘の上から見えたその光景は、生きた絵画を見ているように思えた。
「……自分は、時折ここにこの景色を見に来ている。……この景色を見ると自分の迷いや悩みがどこかに行ってしまうような気がしてな」
深雪の言葉は間違いなく優花に言っているのに、まるで自分に再度言い聞かせているようにも聞こえたけれど、今日深雪がこの光景を見せてくれたのは、ついさっきのように思い悩んでいることが多い優花のためだったと今わかった。




