乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その二十六
執事として長く一緒にいたせいか、こうして凛香に考えを読まれることも増えてきた。知られたらまずいことも多いので、一度気を引き締めるべきだろう。
「おほん……花恋が何か変なことを言ったけど、皆気にしないように。今日の目的はあくまで気分転換。楽しむことを優先させてください! それじゃあ行こう!」
竜二と淀をくっつけるという今立てたばかりの黒い計画を一切感じさせない爽やかな笑顔でそう宣言すると、竜二は「うっす」と素直に受け取り、淀はこくりと頷いたが、凛香と花恋は優花の笑顔を胡散臭そうに見てきていた。
「絶対何か企んでますわね……」
「にははっ! ……ですね」
二人が仲良さそうで何よりと思うべきか、信用されてないことを嘆くべきか悩んでる暇もなく、花恋の誘導に従って電車から降りて、駅を出る。駅構内の案内看板や、柱についた広告なんかにもディスミーパークと書かれていた。
早めに集合したのだが、休日だからか、既にお客さんがそこそこいて、人の流れができていた。流れに従って移動すると、その先には猫のマスコットキャラが描かれた『ディスミーパーク』と書かれた看板が見えてきた。
「なんだあの猫?」
「兄貴知らないんすか? ディスミー君っすよ! 知らない人がいないくらい有名なんすけど……」
「凛香さん知ってました?」
「……知りませんわね」
やっぱり凛香は知らなかったらしい。
ディスミー君を知らなかった優花と凛香を見て、竜二と花恋そして淀は信じられないものを見る目をしていた。
「まっ……マジっすか……」
「お兄ちゃん……さすがにそれはないよ……」
「……信じられません」
……そこまでなの?
この世界でディスミー君は一体どれだけ有名なのだろう。
ちょっと目つきの悪いただの黒猫にしか見えないディスミー君を見ていると、花恋が背中を押してきた。
「そういう話はお昼ご飯の時にしよう! ほらほら! 時間は待ってはくれないんだよ!」
「おわっ! 花恋! 押すなって!」
ぐいぐいと背中を押される優花を先頭にして、優花達はディスミーパークに入った。
花恋の誘導で最初に行ったのは、ディスミーパーク西地区のビッグ・トルネード。
「にははっ! やっぱり最初はこれなんだよね!」
「おっ! わかってるっすねえ! 兄貴の妹さん!」
妙にテンションが上がっている花恋と竜二に対して、乗ったことがない優花はいまいちテンションが上がらない。
なんだか疎外感を感じながら行列に並んで待っていると、凛香が優花の服の裾を引っ張ってきた。
「ん? 凛香さん? どうかしました?」
もじもじとひどく言いづらそうにした後、凛香はぼそぼそと優花にだけ聞こえるように優花の耳元に囁いてきた。
「あの……このアトラクションなのですが……もしかしてジェットコースターのような感じなのかしら?」
「あー……かもしれませんね。それがどうかしました?」
耳元で囁かれてぞくっと来たが、そんなことはおくびにも出さず答えると、凛香は自分に言い聞かせるように小声を出しながら頷いていた。
「そっ、そうですの……そうよね……テーマパークはそういうものを楽しむ場ですものね」
「……もしかして絶叫系苦手なんですか?」
「そっ! そんなことはありませんわ! この虚空院凛香をあまりなめないでくださる!」
……うん。これは苦手だわ。
「まあとりあえずこれだけはやってみましょうか? ダメそうなら次からは皆がアトラクションに乗っている間別の所に行っても良いですし」
「……わかりましたわ」
待つことたった数分。優花達はビッグ・トルネードに乗ることができていた。
「ファストパスは基本だよお兄ちゃん」
「へー……」
よくわかんないけど、すぐにアトラクションに乗れるならなんでもいいか……。
自慢げに胸を張る花恋を褒めるように、頭を撫でてやると凛香に睨まれてしまった。
「兄妹仲がよろしくて、結構ですわね!」
「にははっ!」
どうやらまた凛香の機嫌を損ねてしまったらしいが、それがなんでなのかがわからない。
別に凛香が頭を撫でて欲しいわけでもないだろうし……。
花恋は凛香の言葉を特に否定せず、されるがまま頭を撫でられていた。
「さすが兄貴っすね。もはや虚空院の姉御の睨みぐらいじゃ、やめないんすね」
「お前はいつも妙な所で感心するよな」
うんうんと何故か優花に感心している竜二を見て、淀がくすくす笑ったのがわかった。
良い感じに気分転換できているようで何よりだ。
いよいよ、初めてのディスミーパークのアトラクション、ビッグ・トルネードに乗る頃になって、凛香の顔が青くなり始めた。いったいどれだけ絶叫系が苦手なのか。
「あの……凛香さん。無理しない方が……」
凛香を心配しおずおずとそう言うと、凛香が青い顔のまま鋭く睨みつけてきた。
「この虚空院凛香。一度乗ると決めた以上決して途中で逃げませんわ」
相変わらず無駄にプライドが高いな……。
まあそれも凛香の魅力の一つか。
「でもまあ、大丈夫だとは思いますよ? たぶんスピードもあんまり出ないでしょうし」
「あら? 本当かしら?」
希望が見えてきたのか、ぱあっと笑顔を咲かせる凛香がまたすごくかわいかった。写真にとっておきたかったが、残念ながらもうそんな時間はなさそうだった。
「お兄ちゃん達、なにこっそり話してるの? そろそろ乗るよ?」
「なんでもないよ。ほら、行きましょう凛香さん」
「え、ええ……」
先頭の花恋に促され、竜二と淀に続いて、優香と凛香もビッグ・トルネードの飛行機を模した車両に乗り込む。代わると言ったのだが花恋は一人で無関係の人と一緒に隣に座り、竜二と淀、そして優花と凛香が隣になった。
乗り込んだら安全バーが降りて、アナウンスの後すぐに出発。出発した瞬間凛香がびくっとしていて思わず笑いそうになったがどうにか堪えた。もし笑っていたら、凛香の機嫌を損ねるところだっただろう。
ゆっくりとしたペースで走る車両に、段々凛香も慣れてきたのかきょろきょろと横を見て風景を楽しむ余裕まで出てきたらしかった。
「ほら。大丈夫だったでしょ?」
「ええ、全然大したことありませんわね! 物足りないくらいですわ!」
そんなことを言ったからかどうかはわからないが、少しだけ車両が上下して、すぐに凛香は安全バーをがっちりつかんでいた。
「ぶふっ!」
だめだ、今回は耐えきれなかった。堪えきれず思わず噴き出すと、凛香はすぐに気が付いてしまった。
「あっ! 今笑いましたわね!」
「くふふっ! す、すいません……」
「今のは不意打ちだったからですわ! 物足りないというのは事実です!」
「はいはい。あっ! また下りがあるみたいですよ!」
隣の凛香と軽く話しながら、前方に座る皆の様子を確認する。
花恋は、隣の人と話したりはしていないみたいだが、一人で十分楽しんでいるっぽかった。ちなみに花恋の隣は女性で、少しだけ安心した自分がいた。
……我ながら、異世界に転生して初めてできた妹だからか、過保護すぎるかもしれない。隣に男が乗っていようが、別に何かあるわけでもないのに。
「どうかしましたの?」
「いえっ、何でもないです」
続いて竜二と淀の後輩二人組を見ると、二人で何か話しながら乗っていた。
少しだけ聞き耳を立ててみると「全然変わってないな」とか「前より……遅い気がする……」とか言う声が聞こえてきた。
やっぱり二人共来たことがあったらしい。
ひょっとしたら竜二と淀の二人で来たことがあるのかもしれない。二人をカップルとしてくっつける作戦はやりやすくなったのではないだろうか。
「また、何か企んでいる顔してますわね、この人は……」
「ん? 凛香さん何か言いました?」
「いえ、別に……」
呆れるような仕草の凛香に優花は首を傾げるしかなかった。
 




