乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その二百六十一
「ふう、美味かった。ごちそうさま。本当にありがとうな」
「……っ! お、押忍! こんなもんで良かったらいくらでも作るっすよ!」
優花の素直なお礼に竜二が一瞬驚きを見せた後、嬉しそうに破顔していた。
周囲からは不良だと思われていてクラスメイト達からも距離を取られていそうな竜二のことだ、たぶんこうしてお礼を言われることが少ないせいだろう。
「……食後のお茶まで悪いな」
「いえ、それは姉ちゃ……姉貴が作ったやつなんで」
「へー、市乃さんが……」
どこか自由人なイメージの竜二の姉の市乃さんも実は家事とかできるタイプなんだろうか?
「まあ、お茶だけっすね。あとは全部適当にするんで任せられないっす」
「そ、そうか。ははは……いてて」
優花が思わず抱いてしまった市乃さんへの疑問。口には出さなかったけれど、顔には出ていのだろう。竜二がやれやれみたいな感じで答えて、優花はまた苦笑してしまい痛みに呻くことになってしまった。
軽い食事に食後のお茶も飲んだことだし、無駄に体を動かして筋肉痛で苦しまないようにできればこのまま寝てしまいたいところだけれど……。
「……ふう。それで竜二。今日は結局何の用で来たんだ? ただ俺の介護をしに来たってわけでもないんだろ?」
「さすが兄貴……気付いてたんですか?」
ただ筋肉痛なだけの先輩を甲斐甲斐しく世話しに来るだけ、なんてそんな後輩は居ない。十中八九他に用があるんだろうと思ったら、案の定何か優花に用事があったらしい。
まあ、その用事の内容も最近……と言うか昨日の竜二のことを思えば、察するのは難しくない。
「……黒岩さん関係だろ?」
「あ、兄貴!? 本当に何でわかったんっすか!」
やっぱりか……。
体育祭があった昨日の朝、髪型をショートにしてイメチェンした淀に竜二は明らかに惚れていた。ただ、お昼一緒にお弁当を食べていた時は割と普通に接していたと思うのだが、気のせいだろうか?
「いや……昨日帰ってから改めて朝に兄貴に言われたことを思い返したんすけど」
「けど?」
昨日の朝竜二に言ったことといえば、竜二が淀を好きでも何も変じゃないとかそんな感じだったか……。
もしかして優花が余計なことを言ったせいで、変に話がこじれたりしたのかと一瞬そんな危惧を抱いてしまったけれど、どうやらそれは杞憂だったらしい。
「……やっぱり、兄貴の言う通り……おれ、淀のこと好きかもしれないんす」
竜二には珍しい真っ赤になった顔をうつむけながら告げられた言葉は、優花の中では既知の事実。
「いや『かも』じゃなくて、好きだと思うぞ? それでそれがどうかしたのか?」
「ちょっ! 兄貴! そんなあっさり言わないでくださいよ!」
そんなこと言われてもなあ……。
正直改めて聞かされたところで特に優花ができることはない。……なぜなら淀の方も間違いなく竜二が好きなので、二人はこれで両想いになったからだ。
「いや、お幸せにとしか……」
「待ってくださいよ兄貴! おれは確かに淀のことがす……好きっすけど、あいつはおれのことむしろ嫌いなんじゃないかと思うんす……」
「…………」
誰がどう見ても両想いなのに、何をごちゃごちゃ言っているんだろうこいつは……。
要するに、竜二は淀が好きだと自覚したけれど、今度は淀の好意が誰に向いているのかがわからなくて不安になっているということか。
自分が相手にどう思われているのかというのは、当人は意外と気がつかないものらしい。
「いや、だからっすね。兄貴にどうすれば良いかって相談に乗ってもらおうと思って……」
いやあ、普通に告白すればいいんじゃないっすかねえ……。
甘酸っぱい人の恋愛模様を聞かされるのは案外精神的にダメージが来るものだと今日初めて知った。翡翠の時はそこまでダメージは無かったのになぜだろう……。
「あー……ちょっと待て」
思わず考えなしに適当なアドバイスを送りそうになって、優花は一度筋肉痛を押し殺し腕を組んだ。
たしかに一番簡単なのはこのまま竜二が淀に告白をして、オーケーをもらって二人が付き合うという流れだけれど……果たして本当にこの告白が上手くいくだろうか?
たしかに竜二と淀は両想いではあるけれど、世の中には『蛙化現象』というものもある。
優花もつい最近たまたまネットでみつけた言葉だが、長年好きだった相手が自分に振り向いてくれた瞬間、今度は逆に相手のことを嫌いになってしまうという一見理解し難いこの現象は主に女性に稀に起きる現象らしい。
蛙化現象の理由の一つと考えられるのが、男性は結果を重視し、女性は結果に至るまでの過程を重視するというもの。
今回のケースで考えてみれば、結果として竜二は淀と両想いになったけれど、その過程は……淀として納得のいくものではない可能性が高いわけだ。
……まあ、淀に蛙化現象が起きるかどうかなんてわからないけれど、今すぐ告白をするだけが正解というわけでもないように思える。
竜二も淀も優花にとっては既に大事な友人、二人には幸せになってほしい。だからこそ、ここは慎重にアドバイスをするべきだろう。
……とは言え優花だって恋愛経験なんてない。何と言ってあげたものだろうか。
「こほん……いいか竜二」
「うっす、兄貴!」
アドバイスをもらえそうだと思って目をキラキラさせている竜二が眩しい……。




