乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その二百六十
確かに全身痛いけれど、体が全く動かせないわけじゃないし、なんなら家には花恋も居る。これぐらいのことでわざわざ人を呼んだりはしない……なんてことを言うのは野暮か。
「……ありがとう」
「どういたしまして兄貴。んじゃまず飯っすよね。台所借りるっすよ」
頼られるのが嬉しいのか、竜二は楽しそうに鼻歌を歌いながら台所の方に行ってしまった。
正直、今日は昨日の残りを適当につまんで終わりにしようかと思っていたけれど、作ってもらえるのならそれに越したことはない。
「あー……頼んだ」
聞こえていないだろうけど、とりあえずそう口に出してから、再び脱力。極力体を動かさないように天井を見上げ続ける作業に戻る。
「そう言えば、竜二は料理も得意だったな……」
竜二は家で兄弟達の面倒を見ながら家事をやっているし、そもそもマジハイでも珍しい料理ができるタイプだったので、竜二の料理はかなり期待できるはずだ。
……ちなみに花恋は得意料理が卵焼きと味噌汁、そしてパスタ。レシピがあれば料理は普通に作れるけれど普通の域は出ず、そもそも料理自体あまり好きじゃないらしい。
竜二が一体どんな料理を作るつもりなのかと期待しながら待つこと数分。
「できたっすよ兄貴!」
「いや、早いな! 五分も経ってないぞ?」
別に時間をかけたら美味しいものができるわけでもないけれど、時間が全くかかっていないとそれはそれで不安になる。一体竜二は何を作ったんだろうか?
「いや、すいません兄貴。実は家で作ってきたもんを軽く温め直しただけなんすよ」
「なるほど……」
確かに軽く温めるだけなら五分もあれば十分か……。
「寝ながらでも食えるようにとりあえず昼は太巻きにしたっす。喉に詰まらないように気を付けて食ってください」
「あー……正直助かる」
箸を持つのもつらいだろうと考えてくれたのか、たしかに太巻きならかぶりつけば良いだけなので、楽に食べられる。長さも切らずにそのままなのも、あまり腕を動かさずに食べられるようにとの配慮だろう。
料理のチョイスも気が利いていて、そして自分では中々作りづらい料理……さすがは竜二だ。
「『あーん』もしましょうか?」
にやりと笑った竜二の目が笑っている。明らかにからかってきている竜二に優花はため息で返した。
「はあ……今のが凛香さんだったら完璧だったな」
「そこで虚空院の姉御の名前が出て来るようになったのは進歩っすね……」
さすがに男に『あーん』をしてもらうのは色々ときつすぎる。除菌シートで手を拭いてから(本当に気が利くことに竜二が除菌シートまで持ってきてくれていた)素手で温かい太巻きをつかんで口に入れる。
「どうっすか兄貴?」
「いや、うまいけど。これ……中は焼きそばか?」
「正解っす。ちょうど試してみたかったんすよ、あ、普通のもあるっすよ?」
何だろう。太巻きはたしかにあまり自分では作らないけれど、それほど複雑な料理じゃないはずなのに、この竜二が作った太巻きは今まで食べてた太巻きとは一線を画す最早別の何か……そういうレベルだ。
「……美味いな。一昔前だったらお前は良いお嫁さんになるって言われてたな竜二」
「お、おぉ……そうっすか? そんなこと言われたのは初めてっすね……」
満更でも無さそうに照れる竜二を見て優花はそこはツッコミを入れるところだろうと思わず苦笑してしまい、筋肉痛で身をよじることになってしまった。
「痛てて……」
「大丈夫っすか兄貴?」
「ああ、うん。大丈夫大丈夫……って花恋? そこで何してるんだ?」
優花を心配し身を乗り出す竜二を手で制した時、部屋の扉が少しだけ開いていたことに気がついた。そしてその少しだけ開いた扉からこっちを見ていたのは……頬を赤く染めた花恋。
「にはは……お構いなく……」
たぶんだけど、優花と竜二が部屋で二人っきりなので様子を見に来たのだろう……自分の趣味のために。
何事もなかったかのようにスッと扉を静かに閉めた花恋に、優花はため息が出ると共に頭を抱えたくなった。
「どうしたんすか兄貴の妹さん?」
「いや、気にしないでくれ……」
まさか花恋からある意味邪な目で見られていたとは気づいていない竜二に真実を伝えるわけにはいかない。世の中には知らなくて良いことがたくさんあるのだ。




