乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その二百四十四
優花の目論見通り、真央の応援のおかげで更に声を張り上げ力を込める翡翠の影響でまた徐々に中央部分が優花達の方へと寄り始める。
「くっ……!」
でもまだ勝負を決するには至らない。徐々に他クラスの勝負が決着を見せ始める中、優花達も相手のクラスも綱を持つ手がそろそろ限界。いつ力を緩めた人が出て勝負が決まってもおかしくはない。
あと一手。何か……何かあれば……!
拮抗する勝負の中、優花は思考を回し続けるが……これ以上何かできそうなことが思いつかない。
ただただ必死に綱を引き続け、綱引きはいよいよ大詰め。
『オーエス! オーエス!』
重なる皆の掛け声。
「翡翠くん! ファイトだよ!」
真央の翡翠への応援の声。
「うおおお! オーエス! オーーエス!」
真央の声に応えるうるさい翡翠の声が響く中、優花も最後の力を振り絞り…………。
「……ゆうかさん。が、頑張ってください」
――――すぐ後ろからつぶやくような凛香さんの応援の声が聞こえた。
たぶん真央が翡翠を応援しているのを真似て優花のことを応援してくれたのだろう。
人を応援した経験なんてほとんどないだろう凛香さんの声援は本当に小さく、ともすれば聞き間違いじゃなかったかと思ってしまいそうな程だったけれど、それでも限界を迎えそうだった優花の体は本当に発火したかのように一気に熱くなり、力が湧き出してきた。
「オーーーエス!」
最後の掛け声と共に全力で綱を引く。それが最後の一押しとなり、綱の中央はぐんと優花達のクラスの方へと動き、勝敗は決した……のだけれどちょっと力いっぱい引きすぎたらしい。
「うわわわわ!」
「ちょっ!」
「あっぶな!」
拮抗状態がいきなり崩れ相手チームもいきなり手を離してしまった人が多かったのも重なり、体幹がしっかりしているのか無事なのは翡翠ぐらいで、優花達のクラスの大半が尻もちをつくことになってしまった。
「わわわ! ご、ごめんねゆうかくん!」
「いや、大丈夫」
真央も頑張って綱を引いていたのだろう大きく体勢を崩して尻もちをついた真央の背中を優花が自分も尻もちをつきながら慌てて支えると……。
「あ……」
「まったくもう、危ないですわね……」
優花の背中にも支えるように手が添えられた。もちろんその手の主は凛香さん。触れられたその部分が以上に熱を帯び、心臓が激しく脈打ち始める。
やばい……本当に死ぬかも……。
凛香さんの声援でばくばくとしていた心臓は更に酷使され爆発寸前。本気で死ぬかと思ったところでようやく凛香さんの手が離れ、優花は落ち着くことができた。
「ふう……」
ショック療法とでも言うべきお昼ご飯の時間のおかげで少し凛香さんが近くに居ることに慣れたかなと思ったらこれだ。
今回の綱引き、最後は凛香さんの応援のおかげで勝ったけれど、好きという気持ちは中々どうして自分では制御できないから困りもの。
立ち上がりながら息を吐いた優花が、凛香さんにお礼を言っておこうと振り向くと、
「ん……」
未だに尻もちをついたままの凛香さんが手を優花の方へと伸ばしていた。
「……えっと」
もしかしなくても手を引けということだろうけど、今の優花には手と手が触れるのはハードルが高い。そして手を引くのを待っている凛香さんが立ち位置の関係で上目遣いになっていてとても可愛い……じゃなくて! 早くしないと怒られる!
「す、すみません!」
これ以上凛香さんを不機嫌にしないように綱引きを頑張ったのに、ここで手を引くのをためらって不機嫌にさせるわけにはいかないという使命感でようやくハードルを乗り越えることができた優花が手を引くと……。
「ありがとう」
凛香さんは自然な笑みでお礼を言ってくれた。
「アイスクイーンが素直にお礼を……」
「虚空院さん本当に変わったよね……」
凛香さんが素直にお礼を言うという珍しい光景にたまたま優花達のやり取りを見ていたらしいクラスメイトがぼそぼそと小声で何か言っているのが聞こえる。
「……どういたしまして」




