乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その二百三十六
入って来たのは優花と同じ白桜学院の運動着を着た男子。学年を示す色を見ると優花と同じ二年生。見覚えがないので別のクラスの男子だろう……たぶん。
実は正直な話、凛香さん以外はほとんど目に入らないため、翡翠と真央以外のその他のクラスメイトは全員顔すら覚えていない状態なので、あくまでたぶんだ。
男子は手に何も持っていない。既に運動着を着ていることから、着替えをするために来たわけじゃなさそうだ。
「あの! すみません!」
声を出して驚いた優花には構わず、その男子はばん! と力強くドアを閉め優花の方に歩み寄ってきた。優花よりも体が一回り以上大きいその男子が近づくだけで圧迫感がある。
真っ直ぐ優花の方を見て、こっちに寄ってくるのをみるとどうやら優花に用があったらしい。
「はい。何でしょうか?」
めいさんによって訓練された結果、女性らしい仕草で自然と首を傾げると、その男子は顔を真っ赤にしてうつむき、胸を抑えた。
「あの……大丈夫ですか?」
苦しそうなその男子に思わず声をかけると、その男子はばっと顔を上げた。
「ひ、一目惚れしました! おれと付き合ってください!」
「…………」
何を言っているんだこいつは……。
思わず思考が素の優花に戻ってしまうぐらいには、目の前の男子の急な告白は意外すぎた。
熱っぽい男子の視線に冗談を言っている雰囲気は無い。こんなことならさっさと着替えをしておくんだったと優花は頬をひきつらせた。
「いや、あの……」
「唐突なことで驚きだとは思いますが、おれは本気です。あなたを見つけたのはついさっきの女子のリレーの時でしたけど、もうあなたしか目に入りません!」
何て熱烈なアピールだろうか。ぐいぐいと迫ってくる男子に優花はじりじりと壁際に追い詰められていく。その時ドアの外から足音が聞こえた気がしたが意識を割く余裕はない。
男子の発言から察するに優花が女装だと気が付いていないのは明白。優花が参加したコスプレリレーは見てなかったのだろう。
そもそもここ男子の更衣室だし、わかりそうなもんだけど……。
矛盾に気が付かないぐらいには、本人が言っているように優花しか目に入っていないのだろう。
「是非、おれと付き合ってください!」
ウィッグを取って勘違いを正してしまうのが一番手っ取り早い……とは思いつつも優花は安易に振るのではなく、男子の熱心な告白に真摯に向き合うことに決めた。
「すみません。あなたとはお付き合いできません」
「ど、どうしてですか!」
「簡単な話です。既に私には好きな人が居るからです。その人のことを思うだけで心が満たされるんです。その人の笑顔を見るだけで何でもできると心の底から思えるんです。最近ではその人のことが好きすぎて一緒に居られないぐらいです」
「そ、そんな……」
男子だとばらして安易に振るのではなく、優花の胸の内を明かしてきっぱりと断ったのは、男子の恋が本物だと感じたから。優花も凛香に本気で恋する者として、その思いには真摯に向き合うべきだと思ったからだ。
「まっ、待ってください! 時間を時間をください! ね?」
「ちょっ、痛……」
男子が伸ばしてきた手に腕を掴まれる。必死なせいか力が強い。
「友達! 友達からでどうですか!」
「は、離してください!」
もう片方の腕も掴まれ、手の自由を奪われる。これではウィッグを取って男子だとばらす手段も使えない。体格差がありすぎて手も振りほどけない。
……仕方ないか。
最悪怪我をさせてしまうかもしれないので、あまり手荒な真似はしたくなかったけれど、相手が冷静になれないのなら、ここはめいさん直伝の護身術で身を守るしかないかと優花が覚悟を決めた瞬間、
「おい。何をしている」
再びがらっと開いたドアから姿を見せたのは深雪生徒会長だった。




