乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その二十三
「……そんな……このあたしに……占えないことがあるなんて」
なんだか悪いことをしてしまっただろうか。
ぽりぽりと頬を掻きながら竜二を見ると、竜二は申し訳なさそうな顔をしていた。
「すんません兄貴……兄貴の問題を解決してあげられると思ってたんすけど……淀の占いでだめなら、おれなんかじゃどうにもならないっすね」
竜二の何気ない一言で傷ついたらしく、淀が胸を押さえて悶えているので、やめてあげてほしい。
「気にするな。ありがとな」
竜二の頭をぽんぽんと軽く叩き、笑いかけてやると、竜二は頬を染めて「……うっす」とだけ言った。とりあえず感謝の気持ちは伝わったなら大丈夫だろう。
「占いがだめってことは……世界の力が関係している可能性があるな……」
「兄貴?」
「ああ。何でもない、こっちの話だ。とにかく、占ってもらって、わかったこともあったから黒岩さんもあまり気にしないで……って聞いてないか。竜二あとで言っておいてくれ」
「うっす!」
燃え尽きて灰と化した淀を家に送るためにその場に残った竜二と別れ、優花は一人帰り道を歩く。
占いをしてもらっていたために、時刻は既に部活動の終了時間。部活に打ち込んでいたであろう白桜学院の生徒達が多く見られる。
「それにしても……犯人は何者なんだ?」
偽の白桜伝説を広めた犯人は、驚くべきことに、真央の主人公補正と同じような感じで、世界からなんらかの力を受け取っている可能性が高い。
占いの的中率が高いらしい淀が占いをはっきりさせられなかったのはそのためだろう。この世界を生きる一般人である淀では、その世界の力に対抗できなかったのだと思われる。
つまり、犯人は真央の『主人公』のような何らかの肩書を持つ人物である可能性が高い。
マジハイは恋愛シミュレーションゲームなので、特別な役割になるのは、主人公と攻略キャラクター。そして主人公のライバルである悪役令嬢だけのはずだ。
今までの様子を見るに、真央と凛香が白桜の話を広めるとは思えないので、残る犯人候補は攻略キャラクター達ということになるが……どうにもしっくりこない。
残っているのは、竜二と翡翠、生徒会長の深雪に教師の昴だが、まず竜二は除外。深雪も嘘をついているようには見えなかったので除外となると、残りは翡翠と昴になる。
翡翠は一年生にもファンは多いだろうが、あまり接点は無さそうなので、噂話を広めるなどはできないだろう、残るは昴だが、昴は昴でそんな話を広めるような人物にも思えない。
「……いないじゃん」
全ての人物が犯人候補から外れ、結局犯人はわからなくなってしまう。
ただの一般人が、世界の力を受けているはずもないと思うんだけど……。
思考の迷路から抜け出せず、犯人を特定できないでいるうちに、優花は信号に捕まった。中々青に変わらないことで有名な信号で、ずっと車が走っており、せっかちな人でも信号無視して突っ切るような真似もできない。
足を止めながら、もう一度犯人が誰なのか考えようとしている優花の耳に、部活動帰りの白桜学院の一年生だと思われる少女達の話声が聞こえてきた。
「恋が叶う白い桜の話知ってる?」
少女達の中で一番小さく、可愛い部類には入るものの、なんだかちょっと意地悪そうな顔した金髪ツインテールの少女がそう切り出したのが聞こえてきて、優花は聞き耳を立てた。
「え~なにそれ~」
「学院の敷地に生えてる桜に、目の前で告白が成功すると白くなるのがあるんだって!」
「え~嘘じゃ~ん」
けらけらと笑う少女達は、ツインテールの少女の話をまったく信じていないみたいだった。
優花がこっそりと、白い桜の話をし始めたツインテールの少女の様子をうかがうと、少女はまったく相手にされなかったことに苛立ったのか、ちっと舌打ちをしていた。
すぐに少女達の話題は別の話題に移ってしまい、優花も聞き耳をやめたが、優花はどうにもツインテールの少女のことが気にかかった。声をかけようかとも考えたが、年下とは言え、集団でいる少女に話しかける勇気は出ないのでやめておいた。
翌日、朝偶然竜二と登校が一緒になった優花はその少女のことを聞いてみることにした。
「金髪ツインテールのちっこいやつ? 兄貴。ツインテールってなんでしたっけ?」
ああ、漫画とかアニメとか見ないやつはわからないか。
「髪の毛を後ろで二つに縛ってる髪型だよ。ほら、あんな感じの……」
優花がたまたま視界に入ったツインテールの少女の方を指さすと、指さしたその少女はまさに優花が竜二に素性を聞きたかった少女だった。
「ああ、あいつっすか? あれは八手楓っすね。一年生の間じゃ結構有名っすよ? つうか、新入生代表挨拶はあいつだったでしょう?」
始業式の日は優花はゆうかではなかったので、知っているわけがないが、そんなことを言うわけにもいかない。
「そうだったっけ? じゃあ竜二の次に頭良いんだ」
それほど大きい声で話していたわけでもなく、楓とは距離もだいぶあったのに、こっちの声が聞こえたのか、楓はいきなりくるりと体を回転させ、かつかつと足音を響かせて優花達の前までやってきた。
「楓の話をしている声がするから誰かと思えば、新入生代表挨拶を辞退したびびりの獅道君じゃない」
「兄貴。俺こいつ苦手なんすよ……なんか妙につっかかってくるっつうか」
竜二が苦手と言うのも既にわかる気がした。
いきなり喧嘩腰の楓からものすごく面倒臭そうなオーラが漂っていたからだ。
「一位だったのに挨拶しなかったから恨まれてるんじゃないか? ちゃんとお礼は言ったのか?」
ただ、一応優花の方が先輩なので、竜二と楓のわだかまりを解消してやろうとアドバイスすると、楓が火を噴くように怒りだした。
「やめてくださいよお礼なんて! 楓は入学試験の時たまたま体調が悪くて負けたのに、実力で負けたみたいじゃないですか!」
ああ、こういうタイプの子かー。
お近づきにはなりたくないタイプだが、それはそれとしてここは素直に褒めておくべきだろう。
「体調悪くて二位か。それは素直にすごいな」
「……へ? ま、まあ? それほどでもあります!」
ふへへと笑う楓に、竜二が苦虫を噛み潰したような顔になりながらぼそっと余計な一言を言った。
「……まあ、おれ中間でも一位でしたけどね」
びきり、たしかにそう聞こえたと思った瞬間、楓はまた怒り狂い始めた。
「はあああああ! 中間考査の時も体調が悪かっただけなんですけど! それに差だってたった二点だし!」
激しく竜二に言い募る楓に竜二はただただ嫌そうな顔をしていた。
「テスト本番に弱いタイプか。俺もそうだからなんか親近感湧くな」
優花もテストになるとお腹が痛くなったり、急に眠くなったりと体調が悪くなるタイプなので、勝手に親近感を感じていると、楓は優花の言葉を聞いて、急にそっぽを向き出した。
「ん? どうしたんだ?」
「い、いえ、別に? なんでもありませんし? 灰島先輩には関係ありません」
まあ、たしかに関係はなさそう……って、ん?
「何で俺の名字を知ってるんだ?」
特に有名でもない優花のことを知っている一年生は、竜二を除いていないはずなので、驚いていると楓は意味ありげに笑い何も言わず去っていった。
「なんだったんだ?」
「さあ……わかんねっす」
竜二と一緒に首を傾げながら、去っていく楓の背中を見送る。
「まあとにかくあいつとはあんまり関わらない方が良いっすよ」
「まー……それはなんとなくわかる」
楓には悪いが、絶対面倒くさいタイプにしか見えないので仕方がない。
そのまま竜二とだらだら話しながら登校している内に、楓のことはすっかり忘れてしまった。
 




