乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その二百二十五
腕の振り、足のスライド、そして呼吸。そのどれもが今までにないくらい綺麗に噛みあっているように感じる。間違いなく人生最高の走りを見せる優花だが、それでもくらいついて来るのはやはり翡翠だった。
「うおおお!」
さすがは翡翠と言うべきだろうか。無駄に叫びながら走っているのにスタートでついた差はもうすでになくなった。
序盤は終わり、そろそろ中間地点。わずかにリードしているのは翡翠だが、それは既に優花の意識の外。今はただ、出せる力を全て出しきるだけだ。
「頑張れー! 王子ー!」
「負けないで―! 翡翠様ー!」
翡翠の足が速いのは少なくとも優花達の学年では周知の事実。予想外の接戦を見せる優花と翡翠に観客が盛り上がっている。……まあ主に翡翠を応援する声だったけど。
「おおおお……!」
「っ!」
翡翠がリードのままでラストスパート。100メートルは短いようで、走っていると案外長い。呼吸が上がり、体も悲鳴を上げ始めたその時。
「兄貴―――! ファイト―――!」
一際でかい声で優花を応援する竜二の声が聞こえてきた。
……今日は敵同士なんて言っていた癖に、あいつ。
なんだかんだで結局応援してくれるのは竜二の良いところ。おかげでぐんと背中を押された気がした。
更に早く、もっと全力で。
自分の限界を超え更に加速した優花に対し、翡翠は逆にペースダウン。
「はあっ、はあっ、はっ……」
最初無駄に叫びながら走っていたせいで余計に呼吸が乱れたのだろう。優花と翡翠のお互いの差はなくなり、ゴール目前で――――逆転。ゴールテープを切ったのは、優花だった。
翡翠に勝てた! …………なんて喜んでいる余裕もなく、優花の目の前には切実な問題が一つ。
と、止まれない!
自分の限界を超えた間違いなく人生最速の走りは、ゴールを過ぎても簡単には止めることができなかった。あまりに速すぎて足が止められない。
……というか止め方がわからなくなっていた。今無理に止まったら絶対に転ぶとわかる。
いつも通り体操着とか、ジャージとかなら最悪転んでも大丈夫だが、今優花が着ているのは防御力なんて無い水着だけ。転んだら悲惨なことになるのは火を見るよりも明らかだ。
綺麗にペースを落として止まる翡翠の横を、絶望的な気持ちで壊れた機械よろしく真っ直ぐ突き進む優花だったが……すぐにぼふっとふかふかのマットに受け止められた。
た、助かった。




