乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その二十二
竜二に幼馴染なんていたのか……。
ゲームには当然のごとく登場はしていないが、それを言えば凛香のメイドのめいなんかもそうなので、あまり気にする必要はないのかもしれない。
「よろしく。俺は……」
自己紹介しようとすると、すっと淀が手の平を前に出して制止してきた。
「せんぱいのことは……聞いています……灰島……ゆうか……せんぱい……ですよね?」
淀の声は途切れ途切れで、ぼそぼそと喋るせいもあってひどく聞き取りづらい。
「兄貴。こいつと話してると疲れるでしょう? 用件だけさっさと済ませちゃいましょう」
「りゅうは……せっかち……すぎる……」
淀は竜二をりゅうと呼んでいるみたいだった。りゅうと呼ばれた竜二は、頬を染めてぷいっと顔をそらしていた。
優花の前で愛称で呼ばれて恥ずかしいらしいとわかると少し優花にも悪戯心が湧いてきた。
「そうだぞ、りゅう」
「兄貴! やめてください! 兄貴にそう呼ばれるのは恥ずかしいってレベルじゃないっす!」
「あはは、わかったわかった。悪かったって」
少しからかってやると、竜二が本気で慌て出したのがおかしかった。
「良かったね……りゅう……望みが叶って……」
「望みが叶って? 黒岩さん、それってどういう……」
「兄貴! 用件! 用件だけずばっとお願いします! 淀も余計なこと言うなよな!」
淀の言う竜二の望みとはなんだったのかが気になったが、まあ雑談するためにわざわざ放課後残ってもらったわけでもないので、竜二の言う通り本題に入ることにする。
「それで黒岩さん。恋が叶う白い桜の話なんだけど……」
「ああ……ちょっと待ってくださいね……」
ゆっくりとした動きで淀が自分の鞄から何かを取り出した。
「これって……タロットカードってやつか?」
「はい……今から……これで……占いますので」
なんで急にタロット占い?
どういうことかわからず隣の竜二を見ると、竜二はがりがりと頭を掻きながら説明してくれた。
「いや、こいつの占いってありえないレベルで当たるんで、兄貴が探している恋が叶う白い桜の話を広めているやつってのもすぐ見つかるかなと……」
竜二はよほど淀のタロット占いを信じているのだろう。
占いで人探しか……。
占いなんてテレビの星座占いくらいしかやらない優花からは絶対に出てこない発想だ。
「始めます……」
ぼそっとつぶやくと淀が今までのゆっくりとした動きをやめ、俊敏な動作でカードをシャッフルし始めた。机にタロットカードを広げぐしゃぐしゃとかき混ぜたかと思うと、淀の顔が優花の方を向いた。
「せんぱいも……お願いします……」
「え? あ、ああ」
淀が混ぜたタロットカードをさらに優花もかき混ぜる。
「探し人について……想像しながら……お願いします……」
「想像しながらね、わかった」
想像しながらと言われても、たいした情報はないのでうまく想像はできない。
仕方なく、偽白桜伝説を広めている犯人についていまわかっていることをまとめながら混ぜることにした。
まず犯人の狙いは、深雪の読みが正しければ、本物の白い桜を見つけること、そして白桜伝説を使って自分の願いを叶えること。そのために犯人は、恋を叶える白い桜の伝説として偽の白桜伝説の話を広め、白い桜を探させようとしているわけだ。
自分の真の目的を隠し、他人に探させようとする策士かと思いきや、どうやら恋が叶うと白い桜が咲くという話と、恋が叶う白い桜が存在するという話がごちゃごちゃになって伝わっているらしく、詰めが甘い部分もある。
犯人は意外に幼稚な人物なのかもしれないなと思いながらカードを混ぜていると、淀に「もう……大丈夫です……」と言われ手を止めた。
淀はぐちゃぐちゃになったタロットカードを一度ひとまとめにすると、裏のまま上から次々に十字になるように机に置いていった。
「まずこれが現状を表すカードですが、愚者の逆位置、これは今の状態が何も定まっていないことを示していまして」
「え!」
淀が結果の解説を始めたところで、優花はあまりの驚きに声が出てしまった。
優花は決して占いの結果にびっくりしたわけではない。
「どうかしましたか?」
首を傾げる淀の話し方が、やはりさっきまでとは大違いだった。
ぼそぼそと聞きづらかった話し方から一転、素早くはきはきとしたものに変わっていた。まるで別人になったような変化だ。
「いや、急に流暢にしゃべり出すから……」
「占いの時だけ、こうなるんすよ。気にしないでください」
「そ、そうか……」
竜二としては慣れっこなのだろう。
淀の変化を特に気にした様子はなく、竜二は淀に余計な解説を省いて結果だけを話すように言った。
「仕方ありませんね。お客さんの要望を叶えるのも占い師に必要な力ですから」
残念そうにそう言うと、全てのカードをめくり淀は結果だけを教えてくれた。
「……これは」
「えっと、どうだったの?」
「……そうですね端的に言うとわかりません」
「そ、そっか……」
まあ淀は占い師というわけでもない趣味が占いの女の子だろうし、そんなこともあるだろうと思っていると、竜二が目を大きく見開いて驚いていた。
「どうしたんだ? 占いなんだから、別に結果がわからないことだってあるだろ?」
「いや、兄貴……ないんすよ」
「ない? 何が?」
「おれが知る限り、淀が占い結果を出せなかったことなんてないっすよ。いつもは百発百中でずばっと当ててるっす」
えっ? そんなにすごいの?
ということはつまり、淀は既に占い師として優秀なはずで、その淀でも犯人のことは占えなかったということになる。
「……正確には結果は出てるんですけど、あまりにちぐはぐで、矛盾する内容なので答えが出せないという感じでしょうか……こんなことは初めてです」
淀は悔しいという感情を隠すことなくにじませてつぶやいていた。占い師としてのプライドが傷つけられたような感じだろうか。
不穏な淀の様子を見て、優花の第六感が面倒な事態になりそうな予感を告げてきた。早々に立ち去った方が良さそうだ。
「ま、まあまあ、そういうこともあるだろ。とにかく占ってくれてありがとう。それじゃあ俺はこれで……」
あははと笑いながら礼を言って、淀の前から退こうとすると、しゅばっと素早い動きで淀の手が動き優花の腕をしっかりと捕まえてきた。
「待ってください! タロットがだめでも他の占いもありますから!」
「い、いやあ別に無理して占わなくても……」
「このままでは引き下がれません! ほら座って! 次の占い始めますよ!」
もはや別人だろという強引さで、結局淀の占いにつき合わされる。手相、星占いに風水、姓名判断に数秘術。あらゆる占いを試したが、どれもちぐはぐな結果が出たらしい。
淀ができる全ての占いを試したのだろう。最後の占いが終わった淀は真っ白な灰になって燃え尽きていた。




