乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その二百二十四
こんなことなら全身覆うタイプを選べば良かったか? とか、そもそも別の競技にさっさと出場を決めておけば良かったとか、そんなことを思っている内に気が付けばもう優花達の組が走る番になっていた。
女子達から人気がある翡翠がスタートラインに立っただけで、女子達からの黄色い声援が凄まじい。当然ながら注目度も高くなり、余計に見られてしまっているのが最悪だ。
はあ……。
実のところ凛香さんと真央との勝負の時がそうだったように、別に勝負の勝ち負けはそれほど気にならない。……というか自分の場合は大体負けるので、一々気にしていたらとっくの昔に病んでいたことだろう。
そもそも翡翠は竜二程ではないにしろ、スポーツ万能で当然ながら足も速い。クラス内で一、二を争う足の速さの翡翠に対して、優花は特別足が速いわけでもない、勝てなくて当然。優花自身ですらそう思っているのだから、他の誰が優花が勝つと思ってくれるだろうか?
いっそ適当に走ってしまおうか?
順位に応じてそれぞれの組に得点が入るとは言え、一点や二点の差が全体に影響を及ぼすほどの接戦を見せることは稀。優花が全力で走ったのか、それとも手を抜いて走ったのかわかる人だっていないはずだ。
水着で走るとわかった時からどんどん失われていたやる気が、ついに底をつきそうになったその時、ふと視線を感じて振り向いた先に居たのは――――凛香さんだった。
走り終えて例のかぶりものも取った凛香さんが今立っている位置は決して近くは無い。よくこれで気が付いたなと自分でも思う程度には離れているけれど……たしかに凛香さんと目が合った。
凛香さんが見ててくれている。
……たったそれだけ、本当にたったそれだけで、ほぼゼロになっていたやる気がみるみる内に回復し、優花の体にエネルギーが満ちあふれていく。
――――今なら本当に世界記録だって超えられそうだ。
笑顔で観客席に手を振る余裕を見せる翡翠を横目に、優花は深呼吸を一つ。
何事にも常に全力であたる凛香さんが優花が手を抜いて走るのを良しとするわけがない。水着で走らされるとか、翡翠の横だとか、やる気がなくなってきたとか、そんなことはもうどうでも良くなった。
ただ全力で走る。それこそが今、優花がすべきことだ。
『位置について』
一意専心。
クラウチングスタートの姿勢をとると共に、ただ走り出すことだけに集中する。
『用意……どん!』
合図と共に蹴り出した脚が――――ぐんと前へ。
「ちょっ、早っ!」
自分でも会心のスタートを切った優花は、一気に加速。先頭へと躍り出る。
まさか優花に先頭を許すとは思っていなかったのだろう。動揺した翡翠の声が聞こえた気がした。




