乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その二百十九
「あれだよ、あれ」
「んー?」
翡翠がちょいちょいとわざわざ親指で示した先はたぶん凛香さん……じゃなくて、凛香さんよりも少し前の位置に居る真央。ちなみに今は少し開き気味で整列しているため、隣同士ならともかく少し離れれば声は聞こえないだろう。
「真央がどうかしたのか?」
「『どうかしたのか?』とか正気か同士! 真央の髪だよ髪!」
「髪? ……そういえば後ろで結んでるな?」
登校中にあった黒岩さんもそうだが、真央も体育祭で気合いを入れるためか今日は髪型を変えてきたらしい。
そう言えば真央がポニーテールにしているのは初めて見たかもしれない。夏休みを経て少し髪が伸びたとはいえ元々ショートの髪、結んだ先の長さはあまりない。ショートポニー? とでも言えば良いだろうか?
「『結んでるな』って……そんな冷静に言ってる場合か同士! 真央のポニーテールだぞ? 男としてはこう、ぐっとくるものがあるだろ?」
考えてみれば、真央の髪型は元々ショート。他の髪型にするのは向いてないのもあって真央が髪型を変えてくること自体が珍しいか。
「あー……まあ、そう……かな?」
たしかに真央がポニーテールなのは珍しいけれど、ぐっとくるかと言われれば首を傾げざるを得ない。これが凛香さんだったら話は別だけれど、たぶんこの辺は翡翠とは分かり合えないだろう。
「やっぱり同士もそう思うか! いや、俺様は今日真央の姿を一目見て天使が降りてきたのかと……」
「ああ、はいはい……」
天使て……もうこいつはダメかもしれないな。
今の翡翠は真央以外の全てが目に入らなくなっているらしい、全く困った奴だ。
優花が翡翠に呆れてため息をつきたい気分になっていると優花達の視線に気が付いたのか、ずっと壇上を見ていた真央の視線がこっちを向き目が合った。
凛香さんの時のように心臓が高鳴ったりはしない。そして凛香さんとは違い真央は優花から目を逸らさなかった。
まっすぐに優花を見るとにこりと笑みを咲かせ、小さく手を振ってくる。凛香さんなら絶対にこんなことしてくれないし、他の女子達も優花相手にこんなことはしない。
どこまで行っても優花の真央の印象は良い子。それだけに以前夏祭りで真央に言われた意外な言葉が嫌な違和感を今でも優花の中に残している。
いや、考えても仕方ない。だから考えるな。
ようやく考えないようになっていたのに、ふと蘇った何で真央があんなことを言ったのかという疑問を再び頭の中から無理やり追い出し、真央に挨拶代わりに軽く手を挙げて返してから視線を外し前を向く。
聞き飽きた翡翠の真央賛美に適当に相槌を打ちつつ学院長の長話が終わるのを待つこと数分。ようやく話が終わり、続いては選手宣誓。
生徒代表として出てきたのは、優花の知らない筋骨隆々の男子。失礼ながらゴリラというあだ名で呼ばれてそうだと思ってしまうぐらいにはゴリラゴリラしている。
「いや、ゴリラゴリラって何だよ……」
自己ツッコミに翡翠が「どうした同士?」と優花の肩からひょいと顔をのぞかせた。
「ああ、ボスゴリラのことか?」
「ボスゴリラって……」
自分でもゴリラゴリラしてると思っておいてなんだけれど、やっぱり可哀想なあだ名がついていたらしい。
「体育祭の実行委員会の委員長だろ? たしか文化部だって聞いたぞ」
「文化部!? あのなりで?」




