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乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい   その十七

 翌日、早めに起きてシャワーを浴び、軽い朝食を食べた後すぐに白桜学院に向かった。


 凛香の家で執事をしている間、めいと一緒にいることが多かったのだが、そのおかげで新たに得られた情報があったからだ。

 二人で掃除をしている時に、白桜伝説の話になり、そこでめいがふと思い出したように言ったのだ。


わたくしも見たことはありませんけど、咲かない桜の話なら聞いたことがありますね」

「咲かない桜ですか?」


 白い桜と咲かない桜。一見関係なさそうに思えるが、めいはそうは思っていないらしい。


「ええ。学院の敷地の奥に一つだけぽつんと立っている桜があるらしいのですが、その桜は咲かないんだそうです」

「ええと……それじゃあその桜が白桜伝説の白い桜じゃないかってことですか?」

「……かもしれませんね」


 くすりと笑うと、めいはまた掃除に戻ってしまいそれ以上は聞けなかったのだが、とりあえずその咲かない桜の位置だけでも確認しておこうと思い、わざわざ早朝に来たわけだ。


 時期的には既に五月の頭。桜は散っているため、桜が咲かないかどうかはわからないが、めいの話によれば一つだけぽつんと立っているらしいので、見ればわかるだろう。


「んー……それらしいのはないな……」


 捜索開始から三十分、特に成果はないまま、そろそろ教室に向おうかと思った時、ふと視界の端に一本の桜を見つけた。

 ひらけた場所に、本当に一本だけぽつんと立っている立派な桜の樹。

 めいが言っていたのはこの桜で間違いないだろう。ぐるりと一周桜の樹を回ってみるが、特に変わったところはない。


「咲かないとは思えないけど……」


 近くに栄養を取るような植物もなく、日当たりも問題なさそうだし、樹自体も太く活力に満ちているように見えた。


「おや、珍しいですね。僕以外にこの桜を見に来る人がいるなんて」

「三日月先生? どうしてこんなところに?」


 優花の後ろから声をかけてきたのは、イケメン教師の三日月昴だった。

 昴は少し驚いたような表情をしたあと、桜に近づき、手で幹を触り始めた。その手つきは医者が触診をしているようにも見える。


「僕はたまにこの桜を見に来るんですよ。咲いてないか確認するためにね」

「咲いてないかって……じゃあ、やっぱりこの桜が咲かない桜なんですか?」

「ええ。そして、白い桜ではないかと思われる一本でもあります」


 めい同様、昴も咲かない桜を白桜だと思っているらしかった。

 ただ、咲かない桜が白い桜かどうかは、結局のところ桜が咲くまではわからない。単に別の理由で咲いていないだけなんてこともあり得る。


「……もしも先生が白い桜を見つけたら、叶えたい願いとかあるんですか?」


 昴がこの桜を白い桜と思っていて、咲いてないか見に来ているということは、叶えたい願いがあるということじゃないかと思った優花が昴に聞いてみると、昴はゆっくりと首を横に振った。


「……いえ。僕はもうありませんね。もしもこの桜が白い桜で、咲いているのを見つけたら、その時は君を呼びますよ」

「えっと……ありがとうございます」


 優しく笑う昴の顔からは、諦観にも似た印象を受けた。諦めたくないけれど、諦めるしかなかった……そんな雰囲気を昴に感じ、なんと言っていいかわからなかった優花はとりあえず礼を言うと、その場を後にした。


 教室に向かいながら、優花は白い桜についての自分の知識をまとめてみることにした。

 ゲーム内では、白い桜が咲くのは、主人公が全員を攻略した場合のみ。咲かない桜は、マジハイのゲーム中には単語すら出てこない。


「白い桜が咲いた場所はたしか……」


 主人公が白い桜を見つけた場所は……当然学院の敷地の中。ゲームの最終日に、何かに導かれるように主人公が向かった先にあり、その白い桜を見つけた時点で、どの願いを叶えるかの選択肢が出てきていた。

 具体的な場所については特に描写はなかったはずだ。


「……だめだな」


 咲かない桜が白い桜なのかどうかの確証がない。

 もしあの桜が白い桜なのだとしたら、毎日観察していればチャンスが来るかもしれないが、白い桜じゃなかったとしたら時間の無駄すぎる。

 そもそも、この世界での白い桜が咲く条件が『主人公である真央が全キャラ同時に攻略すること』であっているのかどうかもわからない。わからないことだらけだ。


 一人で悶々としていると、いつの間にか教室に着いていた。


「おはよう。ゆうかくん!」


 既に教室に来ていた真央が、優花に手を振っていた。真央と会うのも一週間ぶりだ。いつも通りの人好きのする笑顔で笑う真央に優花もひらひらと手を振った。


 咲かない桜と白い桜のことはとりあえず、意識の隅の方に置いておくことにする。今考えても答えはでそうにないからだ。


 自分の席に座り、一時限目の授業の準備をしていると、教室の前のほうのドアから凛香が入ってきた。


「……ごきげんよう」


 ちらりと視線を優花に向けて、ぽそっとつぶやく凛香。白花の日を除けば、今までろくに挨拶もされなかったことを考えれば、挨拶してくれるようになっただけでも大分ましに思える。多少は心を開いてくれた証拠だろう。


「おはようございます。お嬢様」


 恭しく優花が礼を取ると、教室が急に静まり返った。


「あっ」


 ついゴールデンウィーク中に執事をしていた時についた癖でお嬢様なんて呼んでしまったが、優花は既に執事ではなくクラスメイトなので、この呼び方はおかしかったと気が付いたが、後の祭り。

 優花の失言を聞いたクラスメイト達が一気にざわざわし始めた。


「お嬢様って……」

「怪しいわね。何かあったんじゃないの?」

「ゴールデンウィーク中に主従が成立したとか?」


 ここで何か言えばさらにややこしくなりそうなので、優花は特に弁解はせず、黙ったまま自分の席に座った。

 クラスがざわつく程度なら問題は無い。問題なのは……このクラスにもいる凛香ファン達の反応だ。


「凛香様をお嬢様と呼んでたわよ?」

「私達の目が届かないゴールデンウィーク中に、凛香さまに近づいたんじゃない?」

「やっぱり制裁すべきよね……」


 なんだか不穏な言葉が聞こえた気がするけど……。

 とりあえず、すぐに何かをしてくるようなことはなさそうだった。


 凛香はというと、余裕たっぷりに微笑んでいるだけ。優花がゴールデンウィーク中に執事のバイトをしていたことを言うつもりはないらしい。

 言ったら言ったで、また凛香ファン達の反応が怖いので、正直助かった。

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