乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その十六
「うし! 八雲の姉御も来たし、おれは帰るっす。お邪魔しました!」
竜二が帰ってから、優花と真央は凛香が立てたという『今日の予定』をすることになった。
まずはゴールデンウィーク用に出された宿題の消化、それが終わったら気分転換もかねて庭の散策。終わったらお菓子を食べながらティータイム。
友人の家で遊ぶ=ゲームで遊ぶというのが普通になっていた優花には、ある意味では新鮮だった。ただ、終始凛香の自慢を聞かされることになり、真央はずっと苦笑いをしていた。
ティータイムが終わったところで、電話を受けた真央は緊急の用事ができたと言って、帰ってしまった。
ちらっと聞こえた電話相手の声から察するに、真央を呼んだのは翡翠。
ゴールデンウィークと翡翠……ああ、あれか。
優花が思い出したのは、ゴールデンウィーク初めに起こる翡翠とのゲーム内イベント。『迷子の猫を探せ』だった。
翡翠の家で飼っている猫が脱走したため、主人公である真央に助けを求めるというイベントで、結局夜まで二人で探し回った結果、猫は普通に家に戻ってきていたというオチになるはずだ。
ちなみにCGは猫を大事そうに抱えている翡翠の絵。普段俺様なんて言って、格好つける癖に、猫のことになると途端に焦って余裕がなくなってしまうのがきゅんとくる……らしい。
ちなみに優花は別にきゅんとはこなかった。
「慌ただしい方ですわね。せっかくこのわたくしの家に招待しましたのに……」
帰ると言う真央に凛香は不満そうだったが、無理やり引きとめるような真似はしなかった。
「それじゃあ、俺もそろそろ……」
一人でずっと凛香の相手をする自信がなかった優花も帰ろうとすると、凛香に腕をしっかりとつかまれ確保された。
「あなたはまだ大丈夫ですわよね?」
「えっ、いや……」
「大丈夫ですわね!」
疑問形だったのが、ほとんど強要になってる!
有無を言わせぬ口調の凛香に優花もついに観念する。
「だ、大丈夫です……」
「それは良かったですわ! さあ! まだまだ予定はたくさんありますわよ!」
本当に嬉しそうに笑う凛香を見られただけでも、良かったと思えた優花だったが、やっぱりすぐに後悔することになった。
「ゴールデンウィーク中にやることはまだまだありますわよ!」
「……ゴールデンウィーク中に?」
何か今、聞き捨てならないことを言われたような……。
「ええと、ゴールデンウィーク中ってどういう意味ですか?」
「え? そのままの意味ですけれど? 大丈夫ですわ! すべてこのわたくしの指示に従っていれば良いのですから!」
ふふんと自信満々に腕を組む凛香に、優花は冷や汗が止まらない。
「もしかしてですけど……ゴールデンウィーク中ずっと凛香さんの家に来なきゃいけないんですか?」
「少し違いますわね。ゴールデンウィーク中ずっとわたくしの家に泊めてさしあげますわ! 大丈夫! 客人が泊まる場所もちゃんとありますわ!」
いや! 心配してるのはそこじゃなくて!
当然のように言う凛香に、優花はぶんぶんと首を横に振った。
「いやいやいや! さすがにずっと泊まるわけには!」
「何か問題が?」
「いや……そりゃあ色々とあるでしょう!」
必死に訴えかけると、凛香は納得したようにぽんと手を打った。
「ああ! たしかあなた妹さんがいましたわよね? 妹さんが心配なのでしょう? それなら妹さんもご招待しますわ!」
いやまあ、花恋のことは心配だが、そこじゃない!
結局優花は流されるまま、凛香の家にずっと泊まることになり、ゴールデンウィークが終わる頃には……。
「お嬢様。お茶が入りました」
「ええ、ありがとう」
執事服を着て、凛香にお茶を出せるようになっていた。紅茶の入れ方や、掃除の仕方など、徹底的にめい……師匠に叩きこまれた結果だ。
一回花恋の発案でメイド服も来たのだが、優花のメイド服姿を見た、凛香とめいが「何かに目覚めそうになった」ということで、執事服に戻された。
女っぽい顔のせいで、女装が異様に似合ってしまい、小さい頃はよく女装をさせられていたというトラウマを思い出し、すごく死にたくなった。男子の平均ぐらいには背も伸び、体も大きくなったのだが、元々線が細いせいで、今でも女装が似合ってしまうみたいだった。
*****
「結局一週間ぐらいずっといたねお兄ちゃん」
「……そうだな」
ゴールデンウィークも今日でもう終わりということで、ようやく優花は凛香の家から解放された。
最初は人手が足りないと言われて、急に執事をすることになり四苦八苦していたのだが、めいの教え方が上手いせいか、最終日にはそこそこ上手く執事をやれていたと思う。
もはや着慣れてしまった執事服は、凛香の家に置いてきた。凛香もめいもくれると言っていたのだが、明らかに高そうなので遠慮しておいた。ちなみに執事をしていたのは、バイト扱いで、結構な額のバイト代をもらえた。
「それにしても、ゴールデンウィークでも親は帰ってこないんだな……」
親というのは、ゆうかと花恋の親。優花はまだ会ったことが無いため、ゴールデンウィークには帰ってくるんじゃないかと少し緊張していたのだが、結局帰ってこれなかったらしい。
一度スマホに電話はきて、それは花恋が出ていた。
結果的には凛香の家にはずっと泊まっても問題はなかったわけだ。
「にはは……二人共忙しいからね」
少し寂しそうに笑う花恋の頭を撫でてやると、花恋はおとなしく撫でられていた。
「よし! バイト代も出たし何か美味しいものでも食べに行こうか!」
「うーん……それは……いいかな」
「えっ? なんで?」
せっかくなので、ファミレスとかでも寄っていこうと思ったのだが、花恋は困ったように笑って首を傾けていた。
「この一週間美味しいもの食べすぎちゃったからさ……。たぶん今は何を食べても美味しく感じないと思うんだ」
「あー……たしかに」
この一週間、ずっと凛香の家でめいの手料理を食べていたのだが、出てくる料理はどれも今まで食べたことがないほど美味しかったのだ。
花恋の言いたいこともわかる。たしかに、ファミレスの料理を今食べても美味しくは感じないかもしれない。
「それならお買い物とかしたいかな! ほら行こ! お兄ちゃん!」
「……わかった」
花恋に手を引っ張られ、二人で色々と見て回った結果。
「お兄ちゃん。大丈夫?」
「だ、大丈夫だ」
ずっしりと両手にたくさんの紙袋をさげるはめになっていた。
紙袋の中身のほとんどが、花恋の服。花恋に遠慮は無く、欲しいものをどんどん買わされた結果、せっかく厚くなっていた優花の財布は、すっかりやせ細ってしまっていた。
「女の子の服って何でこんなに高いんだ?」
「ん? お兄ちゃん何か言った?」
「言ってないです……」
両親が帰ってこなかったことで、少し気持ちが沈んでいただろう花恋が笑顔になったのでとりあえず良しとする。
さすがにこれ以上は無理そうだと主張したところ、花恋が帰宅を了承したため、ようやく家に帰ることができた。
花恋の部屋まで全ての服を運び終え、ようやくしばらくぶりに自分の部屋に戻ってきた優花はそのまま眠ってしまった。




