乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その十五
「私もお嬢様の元に行ってきますね。クッキーはお二人で食べてくださいね」
凛香の元に行くめいを見送ってから優花は今度は綺麗な方のクッキーを食べてみた。
「……なんだこれ? ……うますぎる」
恐らくは同じ材料で作られたであろう、二つのクッキーはまるで別物。共通点は口の中で溶けるぐらいか。綺麗な方は口の中で溶けた後も、優しい甘さが口の中に残る上品な美味しさだった。
竜二と一緒に綺麗な方をばくばくと食べ続けすぐになくなると、残ったのは『無』のクッキー。
「兄貴。こっちはよろしくお願いします。おれが虚空院の姉御のものを食うわけにはいかないんで!」
「わ、わかった!」
覚悟を決めて無のクッキーを次々口に入れる。何回口に入れてもやっぱり何も感じなかった。
クッキーが全部なくなった頃になって、ようやく凛香とめいが戻ってきた。
「まあ、もう全部食べてしまうなんて。……よ、よほど好きなのね」
凛香の顔はまだ少し赤いままだった。そんなに褒められたのが嬉しかったのだろうか?
お菓子作りはともかく、基本的になんでもできる凛香は褒められるのが普通ぐらいだと思っていた。
「良かったですね、お嬢様。全部食べていただけて」
「だ、だから言ったでしょう! 少し形が悪いくらいで、わたくしが作ったものを食べないなんてありえないと!」
形が悪かった自覚はあるんだ……。
そして、やっぱり形が悪かった方は凛香が作ったものだったようだ。
「ふふ、そうですね。それでは次の予定に移りましょうか」
「次の予定?」
「ええ。お嬢様はこの日を大変心待ちにしておりまして、本日やることはあと九十九個あります」
「きゅっ!」
ようするに今日やりたいことリストに項目が百個あったということか。
こんな感じのがあと九十九個……。
青い顔になった優花が、隣を見ると竜二はひどく可哀想なものを見る目で優花を見ていた。
「兄貴……頑張ってください」
「いやいや! 竜二もだからな!」
「おれは途中で帰るって言ったじゃないっすか。色々やることがあるんすよ」
「そういえば、そうだな。悪かったな無理言って来てもらって」
誘った時にちゃんと言われていたことをすっかり忘れていた。
「いえ! 誘ってくれたのが嬉しかったんで!」
照れたように笑う竜二に優花も笑い返したところで、インターホンが鳴った。
「……お嬢様。もう一名のお客様が来られたようです」
「そうですか! では、案内をお願いしますわ!」
めいに連れられて、合流した真央は、手土産を持っていた。
優花も竜二も手ぶらで来てしまったが、何か持ってくるべきだったかもしれない。
「これどうぞ! お口に合うと良いんですけど!」
真央が鞄から出したのは――――クッキー。
綺麗な円になったクッキーは、一個一個にチョコもかかっていてすごく美味しそうだった。
めいも含めた全員で真央の出したクッキーを食べると……普通にうまかった。
先ほど食べていた、おそらくめいが作ったであろうクッキーが上品な高級店のクッキーだとすれば、真央の作ったクッキーは、普通に市販されているが、安定して美味しいクッキー。
「うまいっすね。八雲の姉御はお菓子作り得意なんすね」
「うん! お菓子作るの好きなんだ!」
はにかんだように笑う真央を見て、凛香は不思議そうに首を傾げていた。
「お菓子作りが趣味になるんですの?」
「はい! 楽しいですよお菓子作り!」
「楽しい……ですか」
難しい顔になっている凛香には、お菓子作りの面白さは理解できていないみたいだった。
「普通に自分が作ったものを、食ってもらうと嬉しいと思うっすよ」
竜二が真央を援護するように、そう言うと、凛香はさらに難しい顔になっていた。
根っからのお嬢様の凛香には、誰かに何かをしてあげる嬉しさや、楽しさがわからないみたいだった。
「それは仕方ありません。お嬢様がクッキーを作ったのは、今日が初めてですし。すごく頑張って作っていましたので、楽しむ余裕も無かったのでしょう」
くすっと笑うめいを凛香はきっと睨み付けた。
「い、言わないでと言っておいたでしょう!」
「お嬢様。努力するのは何も恥ずかしいことではないのですよ?」
「努力をするのは良いのです! それを他人にべらべらと語るのは下品じゃなくて!」
なるほど。凛香の主張もわからなくはない。
自分がこれだけ努力しました! なんて人に言うのは自己顕示欲が強いだけ。優雅に水に浮かぶ白鳥が、水面下では足で必死に水を掻いているように、品がある人は努力を他人に見せず、余裕を見せることを良しとしているのだろう。……まあ、見栄っ張りとも言えるかもしれないが。
「それより! ゆうかさん! 三つのクッキーの内、どれが美味しかったんですの!」
三つって……もうめいが作ったものがあったのは認めるのか……。
ずいっと、顔を寄せ睨む凛香に、優花はひるみながら、どうすればいいのか高速で考える。
素直に順位をつけるとしたら、美味しかったのは、めい、真央、凛香の順だ。真央のも普通に美味しかったが、素材の差なのか、めいのは一段上の美味しさだった。ただ、ここで真央と言ったら凛香はすごく怒り、不機嫌になることは明白。
「り……ま……」
「え? なんて言ったんですの?」
凛香と言おうとして、口が真央と言いそうになって慌てて口を閉じた。
やっぱりか……。
真央が選択肢に入っているため、優花に真央を選ばせようとする世界の意思のような力を感じた。真央の主人公補正を突破するためには、タピオカの時もそうだったように策がいるのだろう。
優花はこほんと咳払いすると、竜二に先に言わせることにした。
「竜二はどうだったんだ?」
「え、おれっすか? おれはそうっすねえ……八雲の姉御っすかね。口に合ううまさだったっていうか」
「そっか! 良かった!」
竜二の感想を聞いて、真央は笑っている。どうやら満足してくれたらしい。
優花の読みが正しければこれで……。
「俺は凛香さんのですかね……個性的で……俺は好きでしたよ」
やっぱり美味しいとは言えず、さっき言った言葉を繰り返してしまったが、無事凛香を選ぶことができた。
「そ、そう! まあ当然ですわね! おーほっほっほっ!」
口に手の甲をあてて、高笑いする凛香がすごく可愛い……というか愛らしい。
「あっ、でもめいさんの作ったやつも美味しかったですよ! なんというか高級感があったというか!」
「ふふ、ありがとうございます。お口に合ったようで何よりです」
目を弓なりに細めて笑うめいも、凛香に匹敵する程可愛らしい。思わず自分の顔が赤くなったのがわかった。
 




