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乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい   その十四

「……どうしてこうなったんだっけ?」

「いや……おれに聞かれても困るっす」


 完璧に手入れされた、広すぎる庭付きの豪邸。その入り口に優花と竜二は、ぽつんと立っていた。



 凛香を救う決意を新たにし、白い桜を見つけるという新たな目標もできたものの、特に何もできないまま、気が付けばもう四月も終わりになろうとしていた頃。

 翌日からはゴールデンウィークということで、優花と真央そして竜二が昼ご飯を食べながら「連休どこかに行きたいな」なんて話をしていると、突然凛香がやってきて「家に招待してさしあげますわ!」と急に言われた。急すぎて意味がわからない。


「わ、私は遠慮しておこうかな……」


 相変わらず嫌われていると思っている真央が申し訳なさそうに断り、凛香が涙目で優花の方を睨んできた。


 いや……こっちを睨まれてもですね……。


「まあまあ、三人で行けばいいんじゃないか? なあ竜二?」

「えっ! おれもっすか!」


 自分は関係ありませんよね? みたいな顔をしていた竜二をばっちり巻き込み結局真央も行くことになったのが昨日。

 真央から少し遅れそうと連絡をもらい、竜二と二人で先に凛香の家を訪ねることになったのだが……。


「いやあ……でかい家ばっかりっすね……」

「……そうだなあ」

「掃除が大変そうっすねえ」

「……そうだなあ」

「……兄貴おれの話聞いてます?」

「……そうだなあ」

「だめだ、全然聞いてねえ」


 凛香の家に行くというのを意識しすぎて優花は、頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。

 作中では描かれることのなかった凛香の家、そして凛香の部屋を想像し、なんで急に家に呼ばれたんだろうかと疑心暗鬼になり、こんな格好で良かったのかと不安になる。



 いよいよ虚空院と書かれた重厚な表札を発見したところで、ふと我に返ったところだった。

 本当にどうしてこうなったんだ?

 わからないが、ここまで来た以上は前に進むしかない。


「お待ちしておりました。お嬢様のご学友の灰島ゆうか様と獅道竜二様ですね? わたくしは四宝めい、お嬢様の身の回りの世話をさせていただいております。ようこそいらっしゃいました。さあ、どうぞこちらへ」

「おお……これが本物のメイドさん……」


 初めてコスプレではないメイドを見て、なんだか感動してしまう。竜二も横で目を丸くして驚いているところを見ると、この世界でもメイドは普通にいるようなものではないのだろう。

 

 めいは優花達よりも少し年上だろうか。落ち着いたその空気からは、大学生ぐらいの年齢に見える。


 何よりも目を引くのが、めいのその長い銀色に輝く髪と赤い瞳。金髪碧眼の凛香と並べば、すごく絵になりそうだ。

 マジハイには出てこなかったはずだが、見た目はすごくゲームのキャラっぽい。

 

 丈の長いメイド服を着て微笑むめいに、案内された先は、客間。


「こちらで少々お待ちくださいませ。今お嬢様は……」


 何かを言いかけためいの言葉を遮るように、家の奥から声が聞こえてきた。


「めい! めい! あれはどこにやったかしら!」


 普段はあまり聞くことのない、なんだか焦っているような凛香の声に、めいはくすっと笑って、優花達に「失礼します」とお辞儀をすると、凛香の元に行ってしまった。


「いやあ……美人だったなあ」

「そうっすね……って兄貴、浮気っすか?」


 にやにやと意地悪く笑う竜二に、優花は何のことだかわからなかった。


 浮気? ってどういうことだ?


 別に優花は誰かと付き合っているわけではないので、浮気も何も無い。

 そう思ったのが顔に出ていたのだろう、竜二は優花の顔を見て、意外そうな顔をして首を傾げていた。


「あれ? ……兄貴って虚空院の姉御のことが好きなんじゃないんすか?」


 ああ……そこを勘違いしてたのか。


「そりゃあ好きだけどなあ……別に付き合いたいとかそういうのじゃないしなあ……」

「はあ……そうなんすか?」


 優花の凛香に対する好きという感情は、あくまでゲームのキャラクターに対する好きであり、異性として好きとかそういうのではない……はずなので、付き合うなんて考えたこともなかった。『ゲームのキャラと本当に付き合えたらどうする?』なんてことを、真面目に考えるやつなんてなかなかいないんじゃないだろうか。


 それを、この世界がゲームを元にした世界だと知らない竜二に言っても納得はできないだろう。


「……俺は凛香さんを幸せにできればそれでいいってことだよ。俺自身が付き合いたいとか、そんなんじゃないのさ」


それっぽいことを言ってみたものの、竜二にはやっぱりうまく伝わらなかったらしい。全然納得いってなさそうだった。


「なんか格好良いんだか、格好悪いんだかわからないセリフっすね」

「ほっとけ!」


 竜二のセットした髪をわしゃわしゃと撫でてやると、慌てて謝ってきたので許してやった。


 その後もしばらく二人で話していたものの、凛香も来ず、めいもなかなか戻っては来ない。


「……しかし虚空院の姉御遅いっすね。もう十分以上経ってるっすよ」

「……そうだな」


 竜二の言葉にちらっと客間に置かれた時計を見ると、時刻は一時十分。

 一時に行くと約束し、時間通りに来たのにこれである。


「メイドも帰ってこないっすね」

「お前……一応年上だろうし、めいさんって呼ばないとだめだろ?」


 年上というだけでは竜二にとって敬語を使うのに値はしないのだろう。

 それはわかっているものの、一応注意しておく。


「めいさん……ってなんか言いづらくないっすか? それなら四宝の姉御にするっす」

「……んー……まあそれでいいか」


 基本、苗字に姉御とつけた呼び方をするのは、竜二のこだわりなんだろうか。メイドなんてそのまんますぎて失礼な呼び方よりはましだと思えるので、とりあえずそれで妥協することにした。


「それにしてもめいさんは美人だったよな。礼儀正しかったし、すごくもてるんじゃないか?」


 凛香もめいもまだ、戻ってくる様子がないので、竜二と馬鹿話でもしていようと話を振ると、意外な方向から答えが返ってきた。


「ふふ、そんなことはありませんよ? ちゃんとした告白をされたこともありませんし」

「うわっ! びっくりした! いつの間に!」


 凛香の所に行っていたはずのめいが、いつの間にか客間に戻ってきていた。扉の音も、足音も聞こえていないし、気配も全くしなかった。

 忍者かとツッコミを入れたくなるほどの、技量だ。

 もしもめいが暗殺者だったら、優花はすぐに殺されそうだ。


「ふふ、お話の邪魔をしないのもメイドの嗜みですわ」


 ……この世界のメイドってみんなメイさんみたいな感じなんですか?


 聞いてみたくなったが、黙っておくことにする。……本当にそうだったら怖いからだ。

 気配を完全に消せるメイド達……うん、やっぱり怖い。


「お待たせいたしましたわ!」


 いつ来たかわからないめいとは違い、がちゃりと大きく音を立てながら入ってきたのは凛香。

 今日の凛香の私服は、ドレスのようなふんわりしたものではなく、すっきりとした青系のワンピース。いつもより少しだけ多く見える腕や脚がまぶしい。


 凛香の手には皿に乗ったクッキーがあり、香ばしい匂いが優花の鼻をくすぐってきた。


「お嬢様がお客様達のために焼いたのですよ?」

「は、はは……そうですか……」


 こっそり耳打ちしてくる、めいに優花は苦笑いを返すしかない。


「さあどうぞ! このわたくしが焼いて差し上げたクッキーをどうぞ?」


 凛香が皿を優花の方にずいっと差し出してきた。

 たらりと自然と汗が流れる。


 クッキーの皿をよく見ると、綺麗な形と良い焼き加減のクッキーが半分。そして、もう半分が形はぼろぼろで崩れている明らかに焼きすぎのクッキー。明らかに別人が作っている二つが混ざっていた。


 どちらを食べれば良いかは火を見るより明らかというやつだろう。


「……いただきます」


 恐る恐る指を伸ばし、クッキーを一つ取ると、隣で竜二が息を呑んだのがわかった。


 優花が取ったのは焼きすぎのクッキー。

 思い切って口に入れると、口の中に広がるのは……無だった。


 味が無いのは当然として、匂いも無く、食感もほぼ無かった。

 口の中ですぐに溶けてなくなってしまうのだ。……それだけ聞けば何か美味しそうにも思えるかもしれないが、実際にはまずくもなければ、美味しくも無い。感想も無になる一品。


「いかがでした? まあ当然美味しかったでしょうけれど、一応感想を聞いてさしあげますわ!」


 自信満々の凛香に何と言うべきか少し悩む。

 ここで何を言えば良いかは、人によって異なるだろう。


 素直に味がしないことを伝えるか、あるいはお世辞でも美味しいと褒めるか、または適当にお茶を濁すか。素直に言えば、怒るだろうし、お世辞で褒めた場合、地獄を見る可能性が高い。


 それならばとお茶を濁そうとして、


「あー……個性的というか……その……俺は好きですよ」


 うまく言葉が出てこず、結局お世辞で褒めることになってしまった。


「……そ、そうですの……す、好き……へー……」


 凛香の顔が妙に赤い。

 自分が作ったお菓子を褒められただけで、こんなふうになるだろうか?


「兄貴……男っすねえ……」


 なんだかまた竜二に感心されてしまっている。


「……少し席を外しますわ」


 顔の赤みが引かなかったせいなのか、凛香はクッキーを机に置いて足早に部屋を出ていってしまった。

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