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乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい   その百三十七

 激怒した凛香さんの落ち着かせるのにしばらくかけた後、優花は一人厨房に残って自分の分の朝食を食べることにした。


 主人と使用人が一緒に食事を取ってはならない……なんて決まりも別にないので、普段は一緒に取ったりもしているのだが、さっき凛香さんを怒らせてしまったばかりなので、さすがにやめておいた。


 修行の際に自分で作った大根おろしとキャベツの千切りが入った和食のメニューをゆっくりと食べていると、にゃー! という元気な鳴き声が厨房の入り口の方から聞こえてきた。


「ああ、新月か。お前も何か食べたいのか?」


 厨房の入り口でうろうろとしながらこちらを見ているのは、以前泥棒騒ぎを起こしたお騒がせ猫の内少し目つきが鋭く活発な方である新月だった。


 なーお!


 早く何かくれ! みたいな感じに聞こえたものの、実際のところは何を思っているのかはわからない。自分から厨房に入ってこないのは、ちゃんとしつけをされているからだろうか。


 入り口をうろちょろしている新月の姿が、先程見た厨房に入れず入り口から遠目に優花達を見ていた凛香と重なりちょっと笑ってしまった。


「えーっと……新月達の餌は……」


 基本的に新月ともう一匹の猫である朔の世話は、双子のメイド伊戸と仁戸に任せきりで、優花は餌の位置さえわからない。


 早くしろ! みたいな感じで何度も鳴かれながら餌を探しているとようやく見つかり、器に入れて新月に出してやると、餌の匂いを嗅ぎつけたのか朔も姿を現し、新月の後ろからゆっくり歩み寄ってきた。


「おっ、朔も来たか。お前の分も出してやるからな」


 新月の分同様、朔の分も器に出してやると、早速二匹は餌を食べ始めた。ちなみに二匹が食べている餌は一袋で五千円ぐらいする割と高級品のものだったりする。


 二匹が餌を食べる姿を見ていると新月達の後ろの方からなんとなく視線を感じたような気がしたので顔を上げたところ、そこに居たのは伊戸だった。たぶん新月と朔の二匹を探しに来たのだろう。


「あっ、伊戸さん。おはようございます」


 凛香の両親が海外に行った今も伊戸と仁戸は、二人に付いていくことなくこの家で働いている。


 その理由は別に新月と朔の世話をする人が必要だから……ではなく、愛香さんも涙さんも結局凛香さんのことが心配だったからなのだと優花は思っているが、たぶん外れてはいないだろう。


「……灰島様、おはようございます」


 少し顔を背けてぺこりと頭を下げた伊戸は、頭を上げても何故かその場から動こうとしない。まるでその距離が限界みたいな感じで、優花の方が一歩近づくと伊戸は逆に一歩下がっていた。


「えっと、どうしたんですか?」

「お気になさらず……」


 何故か優花と視線を合わせないままそう言った伊戸に優花が首を傾げると、


「灰島様、どうかお気になさらず。伊戸は灰島様を男性として意識してしまっているだけですから」


 にっこりとそんな冗談を口にしながら現れたのは伊戸の双子の妹の仁戸。相変わらず二人の顔は瓜二つで、髪型と髪留めの違いが無ければ見分けはつかない。


「あっ、仁戸さん。おはようございます。」

「おはようございます。お元気そうで何よりです」

「あー……まあ、今色んな所が絶賛筋肉痛ですけどね……」


 はははと苦笑いしながら、そのまま仁戸と少し談笑していると、話は優花の修行の話になった。


「なるほど、それで筋肉痛なんですね?」

「はい。ただ俺が教えて欲しかったのはもっと実戦的なやつなんですよね。こう……相手に殴りかかられた時どうするのか……みたいな」


 正直な話、今のところめいとの修行は筋トレぐらいにしかなっていない。まあ格闘技でも何でも筋肉がないと話にならない、みたいな感じで筋トレメニューを課しているのかもしれないが、少しでも良いので実戦で使える技を教えて欲しいところだった。


 そんなちょっとした愚痴みたいな話を仁戸にしていると、


「それでしたら……私がお教えしましょうか?」


 今まで話しをしていた仁戸ではなく、少し遠くから黙って話を聞いていた伊戸がおずおずといった感じで、優花に提案をしてきた。


「えっ、良いんですか?」

「……ええ。と言っても私が教えられるのは簡単な技だけですけれど……」

「それでも大丈夫です! ぜひ教えてください。お願いします!」


 こういうのを願ったり叶ったりと言うのだろう。思いがけない伊戸からの提案に、優花が喜んでいると仁戸が「あらあら」と言いながら困ったように笑いながら頬に手を当てていた。


「仁戸さん?」


 何か気になることでもあるのかと、優花が問いかけると、仁戸は本当に心配そうに、


「灰島様、どうかお怪我だけはしませんように。伊戸は不器用ですから……」


 と言った。その表情に冗談の雰囲気は無く、真剣そのもの。


 一気に不安が膨らんできた優花が頬を引きつらせると、慌てた様子の伊戸が割り込んできた。


「仁戸! 灰島様、そんなことはありませんから、信じないでください! 早速お教えしますから、こちらへ!」

「あっ、ちょっ……」


 今まで距離を取っていたのが嘘のような強引さで腕を引っ張られて伊戸に連れられた先はレクリエーションルーム。広すぎる部屋には、バレエやダンスの練習に使えそうな大きな鏡があり、床はまるで掃除したばかりのようにピカピカに磨き上げられている。


「少し待っていてください。すぐに準備します!」


 優花の腕を離しぱたぱたと走って伊戸が入っていったのは、レクリエーションルームの隅にある小部屋。ちらりと中を覗いてみれば、トレーニング器具やバランスボール、マット等色々な物が入っていて、学校の体育館にある体育倉庫に似ていた。


 どうやら伊戸はマットを出すつもりらしい。複数積まれたマットの一番上をぐいぐいと頑張って引っ張っているが、非常に重いようであまり動いてはいない。


「あっ、手伝いますよ」

「……あ、ありがとうございます」


 はっとした感じで顔を上げた伊戸が頬を赤く染めながらお礼を言ってくる。そもそも優花の方からお願いしたことなので、お礼を言われることでも無い気がして反応に困る。


 二人で協力してマットを外に出して広げると、早速伊戸はマットの上に乗った。


「それでは、これから灰島様に……」


 早速伊戸は説明を始めようとしていたものの、優花は気になったことがあったので口を挟んだ。


「あっ、ゆうかで良いですよ。呼びづらいでしょうし」

「……なっ……そっ」


 灰島様と一々呼ぶのは面倒だろうという配慮だったのだが、伊戸は真っ赤な顔でぱくぱくと口を開け閉めしていた。めい程ではないとはいえ、伊戸も十分年上なはずなのだが、異性に対する免疫のようなものは全く無いらしい。


 特に下心があってそう言ったわけではないと改めて説明すると、ようやく伊戸は落ち着きを取り戻してくれた。


「こほん。それではゆうか……さま」

「いや、『さま』はいらないんですけど……」


 年齢も年下で、使用人としても優花の方が後輩なので『さま』は別にいらないのだが、そこは伊戸さん的には譲れないラインらしく、結局直してはくれなかった。

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