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乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい   その百三十六

 凛香との話も終わり、優花がめいの元へと戻ると、連れていかれた先は厨房。凛香は何故か厨房の入り口で遠くから優花達の様子を見ているだけで、入ってこようとはしない。


 どうして凛香が厨房に入らないのか? という疑問の答えはすぐにめいが教えてくれた。


「お嬢様には極力厨房に入らないようにお願いしてあります」

「どうしてですか?」

「それはまあ……ゆうかくんもわかるのでは?」


 ゆうかくんも? 『も』ってなんだ?


 凛香さんと厨房……つまりは料理と言われて一番に思い出されたのは風邪の時に作ってもらった料理――――メガ盛りのおかゆ。


「あー……なるほど……」


 なんとなく……本当になんとなく凛香が厨房へ入ることを制限されている理由を察することができた優花は考えるのをやめ、修行に集中することにした。


 厨房での修業が始まるとまず頭の上に水が入ったカップが乗せられ、続いて渡されたのは大根と大根おろし器。


「……あの、めいさん。これは?」


 質問する間にも、頭の上のカップは揺れていて、今にも水がこぼれて頭にかかりそうだった。


「カップの水をこぼさないようにして、なるべく早く大根をすり下ろしてください」


 何をわかりきったことを……みたいな感じで平然と言ってくるめいに、優花は頭を揺らさないように手だけをぶんぶんと横に振る。


「いやいやいや! 無理ですよ! この状態で大根をおろすのは!」


 そもそもこれ何の修行なんだ?


 本日二度目の同じ疑問に、まさかとは思うがただ単に遊ばれているだけなのでは? という疑念も新たに生まれてくる。ただ、めいの表情はいつも通り穏やかな笑みをたたえるだけで、冗談を言っている雰囲気はやっぱり無い。


「仕方ありません。それじゃあ先にお手本を見せますね」

「いや、めいさんでもこれは……」


 無理じゃないですか? と言おうとして優花は口を閉じた。……と言うか閉じざるをえなかった。


 ひょいっと優花の頭からカップを取り、自分の頭にカップを乗せためいは、すぐさま大根を大根おろし器で高速で擦り始め、みるみるうちに大根が短くなっていく。当然のようにカップの水はこぼれていない。


 高速で腕を動かしているので、体全体が振動し頭の上のカップの水も揺れてしまい水がこぼれるはずなのだが、動いているのは腕だけで、ほとんど体も揺れていない。もはや、変な特技としてテレビに出られそうだ。


「とまあこんな感じですね。さあ、ゆうか君もやってみてください」


 あっという間に半分くらいの長さになった大根を渡され、頭の上にカップも戻ってくる。


 実際に目の前でやって見せられた以上「できない」と言うこともできない。頭の上のカップに意識を集中させ、極力揺らさないように努力しながら、まずはゆっくりと腕を動かす。


「あっ……意外といけるかも……」


 徐々にスピードを上げていくと、既に筋肉痛になっている腕が悲鳴を上げ、一瞬体がびくっとなった瞬間、カップが倒れ、水が顔にかかった。


「…………」


 なんだろう……なんとなく悔しい……。


 やってみてわかったのだが、大根をおろすのは意外と腕の筋肉を使う。そして頭の上に振動がいかないようにしないといけないので、体の芯の方の筋肉も使うようで、これもたしかに修行なのだと実感できた。


 ぽたぽたと水が優花の顔を伝ってこぼれる中、今まで入り口で見ていた凛香が慌てた様子で駆け寄ってきた。


「もう! 何をしているんですの! 風邪をひきますわよ!」


 ちょっと怒った凛香さんがポケットから出したハンカチで顔を拭いてくれる。なんだか凛香さんから子供の面倒をみるお姉さんみたいな感じがして、やられている方は少し恥ずかしく、そして何よりも嬉しかった。


「たしかに室内ですから、水はやめておきましょうか。……こちらの方が修行感が出て良いのですが」


 何かをぶつぶつと言いながら厨房を出ていっためいがすぐに戻ってきてカップの代わりに優花の頭の上に乗せたのは、それなりの厚みのある雑誌。これなら落としても濡れないし、怪我もしないということだろう。


 水の入ったカップに比べれば、頭の上に雑誌を乗せたまま大根をおろすのは簡単で、今度は落とさずに最後まで大根をおろすことができた。


「お、終わりました……」


 残り半分になっていたとはいえ、既に筋肉痛になっていた腕での大根おろしはダメージが大きく、腕はもう限界の中、更に同じ状態で次はキャベツの千切りをさせられた。


 キャベツを千切りにする優花の横、優花の顔を拭いてくれた後もずっと近くで見ていた凛香が「なかなかやりますわね……」と小さく言いながら、感心したようなきらきらとした瞳で見てくるのが何となくこそばゆい。


 今度は腕の筋肉よりもむしろ素早さと正確性の訓練という感じだろうか。元々たまに家で料理をすることもあったので、これはキャベツ一個目であっさりとめいから『合格』を引き出すことができた。


「それじゃあ。後は私が作りますから、ゆうか君はこれをお願いします」

「わかりました。ってこれ……」


 大根おろしと千切りキャベツを作っただけで、優花はお役御免らしく、代わりに渡されたのは二個のクルミ。……たらりと嫌な汗が額から流れた。


「もしかして……」

「はい。頑張って指で割ってください」


 にこりと笑いながら言われて優花は試しにクルミの硬さを確かめてみるため、軽く力を入れて握ってみたものの…………全く割れる気がしなかった。


「いや、さすがにこれは……」


 無理でしょう……とはまた言えなかった。今回はめいさんが実際にくるみを指で割ってみせたわけではないが、代わりに横に居る凛香さんが期待の目で優花を見ていたからだ。


 やるしかないな……。


 この程度で音を上げているようでは、凛香さんを守ることだってできないだろう。


 とりあえず……利き手と反対の手である左手で割るのはまず無理なので、クルミを割るのは右手だけ。一度大きく深呼吸してから、気合いを入れて一気に指に力を入れる。


「……っ!」


 即座に筋肉痛の腕が激しく痛みだすが、今は無視する。とにかく必死に力を込めるが、割れる気配は全く無い。左手でも試してみたり、掴み方を変えてみたり色々しながら何度もクルミ割りに挑戦してみたが、ヒビすら入らない。


「……はあ……はあ……本当にこれ指で割れるんですか?」


 結局優花が弱音を吐いてしまうと、素早く何品も料理を作っていためいが軽く首を傾げた。


「そうですね。映画では結構簡単そうに割ってましたけど?」

「……映画ですか?」


 映画という言葉を聞いて、優花はここまでの修行がなんで変なものが多かったかが分かった気がした。


「はい。昨日時間があったので、ペンギン拳という映画を見たんです。その映画では修行開始すぐに割れるようになってましたよ?」


 ……やっぱり。


 ペンギン拳と言うのは聞いたことが無いが、タイトルからして、たぶんカンフー映画だろう。たぶん作中であった変な稽古を真似して、優花に修行をさせていたんじゃないだろうか。


 最後の料理を作り終えためいが、ひょいっと優花が割ろうとしていたクルミを手に持つ。


 ……もしかして。


 めいなら簡単にクルミも割れるのかと思った優花だったが……。


「……これは無理ですね」


 クルミを押すめいさんの手がぷるぷると揺れている。必死に力を込めているようだが、優花と同じでクルミは割れなかった。


 なんとなくほっとしたような、残念なようなとても微妙な気持ちでいると、


「わたくしもやりたいですわ!」


 と言って凛香が手を挙げてくるみ割りに参戦してきた。


「いや、めいさんに割れなかったんですから、凛香さんには厳しいんじゃ……」


 負けず嫌いな凛香なら、何がなんでも割ろうとして指を痛めかねない。


 優花がなんとか凛香にやらせない方向で話を進めようとしたところ……。

  

「あらあら、ゆうか君は私をゴリラか何かかと思っているんですか?」

「いやいや! 決してそういうわけじゃないですよ! ははは……」


 いつも通りの笑顔のはずなのに、何故かめいさんの顔が怖い。誤魔化すように苦笑いをしている間に、

凛香がクルミを割り始めてしまった。


 凛香は真剣な表情でクルミを見つめると、一息にクルミを指で挟み込む。


「いや、凛香さん。やっぱりやめた方が……」


 凛香を心配して言った一言は、結局無駄になった。みしっ、という鈍い音と共にクルミが割れ、中身がぽろっと床にこぼれたからだ。


「「…………」」


 まさかの事態に優花とめいが無言で見つめ合う。


「やった! やりましたわ! 見てましたわよね!」


 喜色満面。


 得意気に笑顔を向けてくる凛香に、優花とめいは思わず……。


「「……ゴリラですね」」


 最悪の一言を口をそろえて言ってしまったのだった。――――その後凛香さんが激怒したことは言うまでもないかもしれない。

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