乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その百三十四
「それでは行ってきますわ!」
「行ってきます。めいさん」
「はい、行ってらっしゃいませお嬢様、ゆうか君」
ぺこりと頭を下げ、お嬢様とゆうか君を送り出す。
二人は本日、他の友人と一緒に川遊びに行くようです。お嬢様が休日にお友達とお出かけするなんて少し前まではありえなかったこと。その変化のきっかけはきっとゆうか君のおかげなのでしょう。嬉しい反面、少し寂しい気もします。
「さて……何をしましょうか……」
一人になった途端、急にすることがなくなってしまい少し困る。
学生の頃なら勉強でもしていたはずですが、今はその必要もありません。まさに普段仕事ばかりしている人が急にお休みをもらってしまい、することが無い状態と言えるでしょう。…………あまり上手くありませんね。
せっかくなので、普段はあまりやらない場所の掃除でもしようかと思い、着替えるために一度自室に戻った際、ふと本棚にあったある物に目が吸い寄せられた。
「……そう言えばまだ見てませんでしたね」
目に留まったのは本ではなく、ケースに入ったDVD。タイトルは『夏の恋』というシンプルなタイトルの恋愛映画。
未だに「めいちゃん」と呼んでくる困った知り合いの医者に押し付けられた一品ですが、この機会に見てみるのも良いかもしれません。
手に取ってぱかりと開けて中身を確認してみると……。
「あの人は……まったく……」
ケースは確かに『夏の恋』のケースでしたが、中身は別物。たしか昔大ヒットしたとか言っていたカンフー映画の『ペンギン拳』。
カンフー映画なんて見たことも無いし、興味も無いので、そのまま見ないで再び本棚にしまおうかとも一瞬考えたものの、結局見ることにしました。……決してタイトルに引かれたわけではなく、とても暇だったからです。
ほとんど使っていない自室のブルーレイプレイヤーにDVDを入れて再生すると、タイトルが出てくる前にいきなり一匹のペンギンが現れました。
「可愛いですね……」
よちよちと氷の上を歩いていたペンギンが、散々躊躇したあと海へとダイブし、氷の上での可愛らしい動きが嘘のように優雅に泳ぎだす。
ドキュメンタリーのような映像はすぐに終わってしまい、タイトルが出て、本編開始。
本編の内容は、道場主の息子なのに影で兄弟子からいじめられている主人公が、一見ただの老人にしか見えない師匠に出会い、稽古をつけてもらい強くなり、兄弟子を見返し、最後には師匠の首を狙ってやってきた暗殺者に勝つというもの。最後の暗殺者を倒した瞬間、『終』と出て後日談なく突然本編終了した後は面白いNGシーンが流れていく。
話の流れ自体は、一般的なカンフー映画とそれほど変わらないのではないでしょうか。ただ、肝心のペンギンの出番が、冒頭と、主人公はペンギンが好きと言っているシーン、そして終盤に主人公がペンギンの動きを真似することでオリジナルの拳法を編み出すシーンに出るのみだったのは、評価が分かれる点ではないでしょうか。
ちなみに主人公が編み出したペンギン拳の動きは、おどおどとした動きから、いきなり俊敏でキレのある攻撃を繰り出すというもの。ほとんど不意打ちみたいな攻撃で、あまり格好良くはありませんでした。
「なるほど」
およそ二時間の初めてのカンフー映画を見て、抱いた感想は一つだけ。
「……人に稽古をつけてみるのは面白いかもしれませんね」
主人公に木の棒や竹などを使って無理やり拳法の型を体に教え込んだり、無茶な筋力トレーニングをさせて、それを監督する師匠がとても楽しそうでした。
DVDを元通り本棚に戻し、DVDを見つける前にやろうと思っていた掃除をやりながら、拳法はともかく、普通じゃない筋力トレーニングならば何かできるんじゃないかと考える。
色々と案は浮かんだものの、自分で修行をするわけにもいきませんし、お嬢様にそんなことをさせるわけにもいきません。内心では稽古をつける相手が居ないことを残念に思いながら、久しぶりのゆっくりとした一日を過ごします。
帰ってきたお嬢様のお世話も終わり、自室で就寝する間際、珍しくゆうか君からメッセージが届きました。
「稽古をつけて欲しい……ですか」
お嬢様に聞いた……と言うか、聞いて欲しくてしょうがないといった感じでお嬢様が話した今日の出来事から、ゆうか君の大体の考えは予測できる。
……渡りに船とはこのことでしょう。
明日からゆうか君につける稽古の内容を考えると、既に楽しい気分になってくる。明日のことを考えながらそのままベッドに入ると、すぐに眠ってしまいました。
*****
作戦二日目を終えた翌日、優花は凛香の家を訪れていた。
その目的は一つ……身を守る術を教わるためだ。
昨日凛香さんが殴られずに済んだのは、竜二があの場に居て守ってくれたから。優花はただ代わりに殴られることしかできなかった。
二人を仲良く作戦はまだ続くし、この先も凛香さんの身の回りではトラブルが起こるのは容易に想像できるので、何かあった時のために身を守る術をすぐにでも習得しておきたかったのだ。
幸い、一緒に働いている時に、めいさんは護身術も会得していると聞いていたので、昨夜の内に稽古をつけてもらいたい旨は伝えてある。
「……で、どうしてこの格好なんですか?」
「私も仕事がありますから、仕事をしながら教えていこうかと思いまして」
「な、なるほど?」
疑問を感じながら優花は自分が着ている執事服を見る。今日着ている執事服はいつも着ているものよりも、軽く動きやすい。気分的にはジャージを着ているような感じだった。
「大丈夫です。お仕事しながらでもできるメニューを考えておきましたから。それじゃあ始めましょうか」
にっこりと笑うめいに渡されたのは――――二枚の雑巾。
「あの……これは?」
「見ての通り、雑巾です。それで床を雑巾がけしてくださいね」
「ええと、わかりました」
優花としてはすぐにでも護身術を教えて欲しかったのだが、仕事優先ということなのか、それともこれも稽古の一環なのか。
いつもはモップを使って掃除をする長い廊下を普通に雑巾がけするだけでも結構つらそうだ。
一枚の雑巾は予備に取って置き、早速雑巾がけしようとすると、めいに止められた。
「両手それぞれに雑巾を持ってやってください」
「え! 別々にですか?」
冗談かと思った優花だが、めいに冗談を言っている雰囲気は無い。
「ええ、しっかり腕を広げるのを意識してやってくださいね」
「……わかりました」
めいさんのことなので、たぶん何か考えがあるのだろう。
言われた通り両手で別々の雑巾を持って、雑巾がけをしていくと――――すぐに体が悲鳴を上げた。
普段使わない筋肉が刺激されているのを感じる。長い廊下を一通り拭き終えた頃には、息も上がり、汗もだらだらと流れ、胸と肩周りの筋肉はじんじんと痛みを訴えていた。
「お、終わりました……」
荒い息を整えながら、優花が終わったことを報告すると、すぐにめいから次の指示を受けた。
「は~……気持ち良いですね~」
「それは良かったですけど……もしかしてこれが稽古なんですか?」
ぐっ、ぐっと一回一回力を入れながら押すのはめいさんの肩……と言うか背中? のツボ。つまりは単なる肩もみだ。
さっき散々酷使した筋肉を休ませることができるのは助かるが、その代わりすぐに指と手が痛くなった。
「はい……もちろん稽古……と言うか修行の一つですよ~」
……これのどこが修行なんだろう?
気持ち良さそうに目を細めるめいを見ながら、優花は首を傾げるしかなかった。




