乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その十二
「ん? 君は……」
「すいません……かくまってもらえませんか? 六道生徒会長」
昼休み。花恋が作ってくれた弁当を食べようとしていたところを……いきなり襲撃された。犯人は翡翠や凛香の取り巻き連中。狙いは当然、二人の白い花だろう。
結局優花が二人の白い花をもらったままだったことが、ばれていたらしい。
弁当はあきらめ、鞄を持ったまま教室を飛び出す。適当に走って逃げ続けていると、追跡者の数はまたたく間に増えていった。
どんどん増える追跡者達に、決して早くない足でなんとか逃げ続けたが、結局追いつめられる。
追いつめられた先は、三年生の教室がある第三校舎の四階。
この階なら生徒会室がある!
一縷の望みをかけて生徒会室に入った優花だが、生徒会室の中には眼鏡イケメン六道深雪がいて書類仕事をしていた。
生徒会室は聖域。何人たりとも、用なく入ってはならない。
そんな規則が徹底されているせいか、さすがに取り巻き連中も、生徒会室には突っ込んでこなかった。
「ふむ……なるほど……そういうことなら昼休みの間はここにいるといい」
「ありがとうございます! 六道生徒会長!」
深雪は前同様、少しだけ頬を赤く染めて照れ隠しに眼鏡を上げると仕事に戻った。
優花には構わず黙々と仕事を再開する深雪に、優花は荒い呼吸を整えてから、おずおずと声を掛けた。
「あのー」
「……何かな?」
「せっかくなので、何かお手伝いすることとかありませんか?」
「必要ない」
深雪はこの学院で最も優秀な生徒。当然助けが必要なわけもない。特別優秀なわけでもない優花では、仕事を手伝うどころか邪魔をしてしまうことになりかねない。
深雪がそう言うのも当然だろうと思っていたのだが、
「……と言いたいところだが」
深雪は一枚の紙を手に立ち上がると、優花にその紙を突き付けてきた。
「この紙を見て一生徒の率直な意見を聞きたいのだが」
「あっ、はい」
深雪に渡された紙の内容は、細かい数字が並んでいたり、専門用語が飛び交っていて何がなんだかわからないような難しいものではなく、ただの予定表だった。
「生徒会で行うイベントなのだが、去年と同じでも良いのかどうか悩んでいてな」
予定表には他校との討論会だったり、ゴミ拾い等の清掃活動やボランティア活動などのイベントの案が書かれていた。
生徒会に入ったことがない優花には、生徒会ってこんなことしてんの? って内容ばかりだ。
「それで? どうだろうか?」
「あー……」
「忌憚のない意見を聞きたい。遠慮せず言ってくれたまえ」
忌憚ってなんだっけ……まあ遠慮せずにって言うなら一言だけ言うことにする。
「つまんなそうですね」
「ぐふっ!」
今の一言は深雪にはクリティカルヒットだったようだ、深雪はガクッと膝を落とし眼鏡もずり下がっていた。
「やはり……やはりそうか……! 薄々そうではないかと思ってはいたのだ……これで本当に良いのかと……そうか……つまらないか……」
「なんかすいません……」
「いや、君が謝ることはない……」
へこませるだけなのもあれなので、深雪のヒントになればと、適当に思いついたイベントをあげてみることにする。
「そうですねえ……例えばハロウィンパーティーとか、泊まり込みで合宿とか、キャンプ行ったり、スキーに行ったり」
「……生徒会なのにか?」
「まあ生徒会で行ってもいいんじゃないですかね? 希望募って」
「なるほど……柔軟な発想だな……」
深雪はずれていた眼鏡を直すと、一番奥の生徒会長席に戻った。
「君の意見は参考にしよう」
「適当に言っただけなので、あんまり真に受けないでくださいね?」
「大丈夫だ。教師によるチェックも入る。それほどおかしなイベントにはならないさ」
深雪がふっと笑う。
お堅い生徒会長六道深雪が笑うのは、気を許した人の前だけという設定を思い出す。
一瞬だけでも笑ってくれたということは、多少は優花に心を開いてくれたのだろうか。
「ところで、一つ頼みがあるんだが……」
「はい? なんですか?」
「これをもらってはくれないか?」
深雪が机の引き出しから取り出したのは、白い花。
「自分のこの白い花が欲しいという者が多くてな……」
まあ、イケメンですし、人気もありますからそりゃあ多いでしょうねえ!
イケメンに対する嫉妬の炎が燃え上がりそうになっていた優花の手に、深雪はその白い花を渡してきた。
「やはり異性に渡しては勘違いされる可能性が高いだろう? 生徒会も女性ばかりでな……かと言って、生徒会長である自分が誰にも渡さないなど、許されるはずもない。これも生徒会のイベントだからな」
「なるほど……」
イケメンにはイケメンの苦労があるということだろうか?
とりあえず礼を言って深雪から受け取ったその白い花を鞄にしまう。
これで優花自身の物も含めれば白い花は六本。
マジハイのキャラクターで言えば、あとは教師の三日月昴の物をもらえばコンプリートしてしまう。
昼休みが終わるので生徒会室を出ると、途中まで深雪が送ってくれた。おかげでまだ優花を襲おうと待ち構えていた、取り巻き達に手を出されることはなかった。
「それではな……また君の意見を聞きに来てもいいか?」
「ええ、大丈夫ですよ。ありがとうございました」
無事に教室に戻り午後の授業を終え放課後に入ると、すぐにまた白い花を狙った女子達に追われることになった。
深雪の白い花まで手に入れてしまった優花を、今度は深雪のファンの女子まで追い始めていて、人数が更に増加していた。現場を見ることは不可能だったはずなので、深雪が誰かに渡したと言ったところから推測されたのだと思われる。
鬼気迫る表情で優花を追いかけてくる女子達から逃げ回る。傍から見たらもしかしたら今の優花は人気者に見えるかもしれない。
ありえない数の女子に追われ、優花が行きついたのは特別教室棟の理科室。
優花が通っていた高校よりも、広くはあったが、黒いテーブルに蛇口やガスの元栓、棚には様々な実験機器が並んでいるところは変わらない。
こんなところに逃げ込んでもどうにもならない……と思ったらそんなこともなかった。
理科室にいたのはマジハイの攻略キャラにして教師の三日月昴。
決して背が低いわけではない優花よりも、頭一つ分以上大きい昴は近くで見るともはや巨人だ。巨人のイケメン。
バインダーとペンを持って、棚の前に立っていたところを見ると、昴はどうやら備品のチェックをしていたらしい。優花を見ると「おや?」と昴は不思議そうにしていた。
「今日はもう授業はありませんよ?」
「そっ、そうですね!」
「……何か困りごとみたいですね」
細い目をうっすらと曲げて笑うと、昴は理科室の椅子を二つ出して座った。
「どうぞ」
「えっ? あー……はい」
昴が中にいるからか、女子達は入ってこなかった。このままほとぼりが冷めるまでここにいるしかない。
出された椅子に座ると昴は持っていたバインダーを机に置き、優花の方に向き直った。
「僕の予想だと……君は今日、白桜学院の白花の日で配られる白い花を意図せず多く集めてしまい、女の子達から追われている……違いますか?」
「まあ大体……というか完璧に合ってますけど……」
イケメン教師昴は、マジハイの作中屈指のチートキャラ。名探偵のように少しのヒントから真実を見つけ出し、機転が利き、運動神経も良すぎる。
あらゆる事態を簡単に解決することができる昴だが、簡単には協力してくれないという悪癖も持っていた。
案の定、昴は優花が陥っている事態を当てはしたものの、特に何かしてくれるわけではないらしい。
「まあ三十分もすれば諦めるでしょう。それまで僕と話でもしてましょうか」
「あー……でも、三日月先生は仕事があるんじゃないですか? 何かしてましたよね?」
昴に見られているだけで、何でもかんでも見透かされそうな気がして、あんまり話したくはなかった。
「ああ、これならちょうど終わったところですから。生徒と話をするのも教師の大事な仕事ですしね」
結局、昴としばらく二人で話すことになったのだが、誘導尋問のように昴の質問に答えていくと、いつの間にかこの世界に転生してきたことまでしゃべってしまっていた。
「異世界に転生……ですか……」
さすがの昴も、驚いているようで、細い目がいつもより少しだけ大きくなっていた。
「ええと……このことはあんまり人には言わないでもらえますか? 変なやつだと思われたくないですし」
「ええ、わかりました。誰にも言いませんよ」
安心させるように笑う昴にとりあえず一安心する。
「それで、話の続きなんですけど、俺はこの世界に転生したからには、幸せにしたい……というよりは幸せになってほしい人がいるんです。その人はこのままいくと、たぶん不幸になってしまうんで……」
「虚空院くんのことですか?」
「……」
……なんでわかったんだ?
「まあ見ていればわかりますよ。誰が誰を好きかなんてね」
くすっと笑う昴に優花は羞恥心で顔が赤くなった。
くそう! やっぱり話しなんてするんじゃなかった!
好きか嫌いかで言えば好きだが、それは別にキャラクターとして好きなわけで、別に異性として意識しているとかそういうのじゃないと言おうとした優花だったが、昴が顎に手を当てて、真剣に考えていたため、言うのをやめた。
「それじゃあ不藤君の目的は、虚空院君を不幸な運命から救うこと……」
何かアドバイスをもらえるのかと思ったら、昴の言葉にはまだ続きがあった。
「そして、元の世界に戻ること……ということですか」
元の世界に……戻る……。
その希望が、ないわけではない。帰りたいという気持ちはもちろんある。あっちの世界には家族や少ないが友人だっているのだ。
ただ……一度死んでいると思われる以上、もう戻るのは無理なんだろうとあきらめている自分もいた。
向こうの世界で、優花がどういう扱いになっているかわからないが、普通に考えれば交通事故の被害者になっているはず。
仮に優花がこの体で、元の世界に戻ったところで、自分を自分だと証明する手段がない。
二度と会えないだろう人達の顔を思い出し、優花は思わず泣きそうになった。
「……こういう話を知っていますか?」
そんな優花の心境を察してか、昴は急に話を変えてきた。
「……なんですか?」
「この学院に伝わる伝説……『白桜伝説』を」
「……白桜伝説」
それってたしか……。
「年に一度、わずかな時間だけ咲く白い桜を最初に見つけた者は」
「あらゆる願いが叶えられる……ですよね?」
「おや、知っていましたか」
学院の名前の由来にもなっている白い桜。その白い桜が現れるのは、主人公が隠しキャラの昴も含めた全員を同時に攻略した状態でのみ。
白い桜の力によって、全員と結婚するというあり得ない奇跡が起こるのが、マジハイの『真・エンディング』なのだ。




