乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その百八
「同士? どうかしたか?」
「……いや、何でもない」
……落ち着け、まだ凛香さんが失踪すると決まったわけじゃない。
大きく深呼吸して、一度冷静になる。
竜二の時だってぎりぎりで助けることができた。今回はまだ時間的余裕がある、今のうちに何か手を打っておけば、凛香の失踪を防げるはずだ。
……とはいえ、何をすれば良いんだ?
そもそも翡翠ルートで凛香が失踪するのは、主人公への敗北感からだろう。となると今回の場合は翡翠を攻略した優花への敗北感ということになるはずだが……。
凛香さんが、俺に敗北感なんて感じるのかな?
ゲームの主人公と優花では性別が異なる。この後の展開がゲーム通りに進んだとして、凛香が優花相手に敗北感を感じることはないのではないだろうか?
ええと、つまり、何もしなくても大丈夫……なのか? いや、それは楽観的すぎるか……。
誰かに相談したいところだが、事情が事情なだけに、相談できる相手は限られる。
楓は……まあだめか、敵視されてるし……となるとあとは三日月先生くらいしかいないけど……。
この世界がゲームを元にした世界だと知っているのは、優花の他には現状楓と昴。楓が協力をしてくれるはずもないので、昴に相談するしかないが、連絡先を知らない。
学校に行けば会えるか? いや、普通はいないよなあ……。
優花が答えを出せないでいるうちに、翡翠はもう一度優花に礼を言って帰ってしまった。翡翠としては元々今日はもっと遊ぶつもりだったようなのだが、優花の一言で決心が決まったので帰ることにしたらしい。
優花は去っていく翡翠の背中を、何をするのが正解なのか、答えが見えない焦燥感を感じながら見送るしかなかった。
『……はあ、奥間先輩と虚空院の姉御のお見合いっすか』
「ああ、そうなんだ……って竜二、なんかやる気無さそうだな?」
『はあ、まあ……兄貴が何を心配してるのかがよくわかってないっすからね……』
「だからだな……」
結局詳しい事情は伏せたまま相談した相手は竜二。たまたま翡翠と別れた後竜二から電話が来たので、そのまま相談をすることにしていた。
もう一度翡翠と凛香がお見合いをすることを伝えると、電話の向こうで竜二が頭を掻いた音がした。
『ええと……結局のところ兄貴はこのお見合いを成功させたいんすか、それとも失敗させたいんすか?』
竜二の今更な質問に、優花は首をひねる。
成績優秀な竜二は当然ながら理解力も高いので、一度説明したことはすぐに理解できたはずなのだが、どうしてまだそこが疑問なのかがわからない。
「成功させたいってさっき言っただろ?」
『……本当に?』
本当にって……ああ、そういうことか。
以前から竜二は優花が凛香を異性として好きだと思い込んでいたため、今回翡翠と凛香のお見合いを優花が成功させたいという目的に対してすんなりと受け入れることができなかったのだろう。
「本当にだ。俺は凛香さんに幸せになって欲しい、それ以外は……どうでも良いことだ」
今一度自分に言い聞かせるように宣言すると、竜二はようやく納得してくれたようだった。
『そう割り切れるもんでもないと思うっすけど……わかったっす、おれにできることなら協力するっすよ兄貴』
「ありがとう、竜二! 早速なんだが……」
竜二へ相談する内容は、翡翠と凛香のお見合いを成功させる方法について。凛香が失踪しないようにするためには、そもそもお見合いを成功させれば良いはずだからだ。
「たぶんだけど、普通にお見合いをした場合は、お見合いは失敗すると思うんだ」
ゲームからの情報であることは伏せ、あくまで優花の予想として竜二に伝えると、竜二は『まあそうっすよね』と特に違和感を感じた様子は無く、普通に納得していた。
『奥間先輩と虚空院の姉御は仲悪そうっすからね……』
「まあ……な……」
竜二の言う通り、そういえば翡翠と凛香の二人が仲良く話している姿は見たことがないかもしれない。
『普通にお見合いしたら普通に失敗するっすよ』
「そうだよなあ……」
今更ながら翡翠と凛香のお見合いを成功させるなんて無理じゃないかと思い始めていると、竜二がふうとため息をついた音が聞こえてきた。
『……ただまあ……方法が無いわけじゃないと思うっすよ?』
「……どういうことだ?」
『つまりっすね……』
*****
竜二に授けられた秘策を翡翠に電話で伝授した翌朝、優花の携帯に凛香から電話がかかってきた。普段はあまり電話はかけてこないので、凛香からの電話は地味に珍しかったりする。
「はい……凛香さん? どうかしました?」
『…………』
呼びかけてみても何故か返事が無い。
凛香の息づかいは電話越しに聞こえているので間違い電話では無いと思うのだが、何故か凛香は黙ったまま。
スマホを耳に当てて、聞こえてくる音に集中してみると凛香の息づかいが少し荒く、何となくだが泣いているような気がした。
「……凛香さん? ええと……もしかして泣いてます?」
『泣いてませんわ! 誰が泣いてなどいるものですか!』
「あっ、はい。すいません……」
どうやら怒っていて息が荒かっただけらしい、泣いていると思ったのは気のせいだったようだ。
「……それで凛香さん? 電話なんてどうしたんですか?」
十中八九お見合いの件だろうが、まだ優花が知っているのはおかしいので知らないふりをするしかない。昨日の時点で翡翠はお見合いの相手を知らなかった。二人のお見合いの話はあくまでマジハイのゲーム中での話で、この世界ではまだ優花の知るはずのないことだ。。
ああ、後で竜二には口止めしとかないとな……。
もしも優花が二人のお見合いについて竜二に相談したことが、誰かにばれれば、優花が相談した時間がおかしいことに気が付いてしまうかもしれない。
『………………先ほど……お父様とお母様から、今日お見合いをすると言われましたの』
長い沈黙の後、凛香の口から出たのはやはりお見合いの話だった。
「…………そう……ですか」
わかっていたはずのことなのだが、やはり凛香の口から『お見合い』という単語が出るとやはりショックで、たったの一言すら返すのに時間がかかってしまった。『そう割り切れるもんでもないと思うっすけど……』という昨日竜二から言われた言葉を思い出してしまったが、ぶんぶんと首を横に振る。




