乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その十一
白花の日に渡す白い花を男が男に渡すことも、よくあるらしい。竜二も特に気にしていないみたいだった。
男が男に渡す場合は、感謝の気持ちだとか、よろしくお願いしますというメッセージ性が強いのだろう。
竜二からもらったほうの白い花を鞄にしまう。ちなみに白い花には茎の方に学年ごとの色と番号が振ってあるので、自分の物がどれかわからなくならないようになっている。
「あれ? ゆうかくんまだ校門にいたの? あんなに必死に走っていくから、とっくに教室に行っちゃったのかと思ったよ」
ゆっくり歩いてきたらしい真央がようやく校門を抜け、優花の隣に立つ。
真央は既に教師から白い花を受け取っていて、くんくんと花の匂いを嗅いでいた。
「んーやっぱりこれって造花だよね?」
「そりゃあそうなんじゃないか?」
白いチューリップのような見た目の、この白い花。真央を真似て匂いを嗅いでみても特に何も匂いはしないが、見た目は本物の花のようだった。
ここまでの物を配る必要があるのか? と思ってしまうぐらいのクオリティだ。
「まあいいや、はいこれ! あげる!」
「えっ、あっ、ありがとう?」
真央から普通に白い花を贈られてしまった。
な、なんでだ?
初日の最初こそ真央は優花と一緒に過ごそうとしていたが、土日はタピオカの件をのぞいて、会っていない。
てっきり攻略対象から外されたと思っていたけど……。
もらったのは普通に嬉しいが、攻略されるわけにもいかない以上気持ちとしては複雑ではある。
「それじゃあ教室に行こう!」
そんな優花の心境を全く気にせず真央は教室へと優花を引っ張っていく。
「いや、待てよ? たしか灰島ゆうかに白い花を渡した場合のイベントCGは、放課後で二人で話してるシーンじゃなかったか?」
今もらった以上、もう放課後に真央と二人きりになるシーンはなくなるはずだ。
やはり優花が灰島ゆうかとして転生し、思うままに行動しているせいで、ゲームとのずれが生じているのだろう。他のキャラのルートはともかく、灰島ゆうかの攻略データに関しては、まるで役に立たなくなったかもしれない。
「ゆうかくん? どうしたの? ぶつぶつ言って?」
「いやっ、なんでもない」
はははと笑ってごまかし、まだ垂れてくる汗をぬぐう。少し全力で走りすぎたかもしれない。体内から水分が失われて、喉も乾いてきた。
「俺は自動販売機寄ってから行くから、先行っててくれ」
「えっ、うん! わかった!」
真央を先に行かせてから、初日に真央に教えてもらった自動販売機がある場所まで行く。
「さすがに今はスぺスぺは飲みたくないなあ……」
水にするか、スポーツドリンクにするか。
ただの水にお金を払うのもなあ……、でも、このスポーツドリンクは甘すぎるんだよなあ……。
どっちにするか少しだけ悩み、結局決めたのは……両方同時に押すことだった。
自動販売機でどっちを飲むか迷った時はとりあえず、二つとも押してみて出た方を飲む……そして出た方の飲み物が本当に飲みたかった飲み物! なんて言う人もいるらしい。
物は試し、やってみようとお金を入れ、両方のボタンに手を置くと、そこに爽やかな笑顔のまま走る翡翠がやってきた。
「おっ! 同士! こんなとこにいたのか!」
「同士と呼ぶのはやめてくれ……。それで? 翡翠はなんでこんなところにいるんだ?」
「いやあ……アイスクイーンがしつこくてなあ……」
ちらりと翡翠が見た方を、優花も見てみると、アイスクイーンこと凛香が、競歩っぽい感じで迫ってきていた。翡翠が校門で白い花を奪っていってから、まだ追いかけっこをしていたらしい。
二人の取り巻きがいなくなっているところを見ると、二人の足の速さに、誰もついてこれなかったのだろう。
「そこでなんだが……この白い花は同士が受け取ったら全部解決だろ? というわけで俺様の分も合わせて二本とも同士にやるぜ! それじゃあアイスクイーンによろしくな!」
白い花を優花がさげた鞄に突っ込み、びしっとポーズを決めて、笑って去っていく翡翠。あまりの事態に思考が停止する。
いや! ぼさっとしてる場合じゃない!
優花が白い花を翡翠から受け取ったところを、ばっちり凛香は見ていたのだ。
翡翠が優花の鞄に白い花を入れた瞬間、凛香の瞳が一度大きく見開かれ、すぐに鋭く研ぎ澄まされる。
翡翠が行ってしまうと、凛香が優花の前に立った。その瞳はかつてない程厳しい。
「まさかとは思いますけれど……あなたが、奥真さんにわたくしの白い花を持ってくるように言ったわけでは、ありませんわよね?」
奥真さん? ああ、翡翠のことか。
凛香は翡翠のことを奥真さんと呼んでいるらしい。
……まあそんなことは今はどうでもいいか。
「いやいや、そんなわけないじゃないですか……ははは」
別に持って来いとは言ってない、言ってないから……。
「怪しいですわね……」
ずいっと凛香が顔を近づけ、至近距離から優花の顔を睨め付ける。
近い! 顔が近い! そして、すごく良い匂いがする!
凛香からの圧を内心パニックになりながら、引きつった顔で耐えていると、凛香はとりあえず疑うのをやめたようで、一歩離れてくれた。
「……ところで、あなたは何をしてますの?」
蛇に睨まれた蛙状態から脱したことを喜ぶ間もなく、凛香に何をしているのか質問をされ、優花は逆に首を傾げた。
「何って……見てわかりません?」
「…………わかりませんわね」
いやいや、自動販売機の前に立ってるんだから、飲み物を買おうとしてる以外に無いでしょうと言おうとして、今の自分の体勢を思い出した。自動販売機の二つのボタンに手を置いたままだったのだ。
……なんだろう……すごく恥ずかしい。
よりにもよって凛香にこんな姿は見られたくはなかった。
ぽちっと両方のボタンを同時に押してみると、出てきたのはスポーツドリンクではなく水だった。出てしまった物は仕方がない。
水を自動販売機から取り出すと、
「あら、気が利きますわね。ちょうど喉が渇いていたところですわ」
当然のように凛香に奪われた。
凛香が走っていたのは、翡翠が白い花を奪っていったからで、そして翡翠がそんなことをしたのは優花が頼んだからなので、実質優花が凛香を走らせてしまったわけなので、水を取られても仕方がない……のかもしれない。
ちなみに昨日、花恋のために買った同人誌の代金は優花の財布から出ているため、本日の所持金は二百円。水が百二十円のため、自分のために二本目を買うことはできない。
おいしそうに水を飲む、凛香を物欲しそうな目でじとっと見ていると、凛香は半分くらいのところで水を飲むのをやめた。
「ふう……残りは差し上げますわ。ああ……飲んでも良いけれど、口はつけないでくださる?」
きっちり優花に釘を刺してから、凛香は行ってしまった。
「……あれ? 白い花のことはいいのか?」
凛香はあんなに必死に追っていたのに、肝心の白い花のことを忘れてしまったみたいだった。
まあ凛香さんは、うっかりなところもあるしなあ……。
そんなことを思いながら、優花は自然に水を飲み、飲み終わったペットボトルをゴミ箱に捨てた。
「あっ! あいつ! 凛香様が飲んだペットボトルに口をつけたわ! それに凛香様の白い花もあいつが持ってるみたい!」
「翡翠様のも持ってるみたいね……」
「制裁ね……制裁が必要よ……」
今のやり取りの一部始終を、翡翠の取り巻きと、凛香のファンが見ていたことに、優花はまったく気が付いていなかった。
 




