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乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい   その十

「どうしたのお兄ちゃん? なんだかげっそりしてるけど」

「いや……色々あってな……」


 翡翠と別れ、家に帰ってきたら既に夜になっていた。

 今の今までずっと、翡翠のBL談議に付き合わされていたのだ。


「だから! 俺様にとってこの本は教科書みたいなもんなんだって!」

「いや、教科書ではないだろ……」

「まあまあ聞けって! 例えばこの作品の王子はだな……」


 みたいな感じで、ずっと王子様系のBLについて聞かされていた。

 翡翠の王子様キャラは実はBL作品から来ていたという衝撃の真実すら、今はもうどうでもいい。精神的に疲れて、もうこのまま寝てしまいたかったが、明日は学校。お風呂に入っておく必要があった。


「ああ……花恋、これ……」


 花恋に差し出したのは、びっしりと色んな本が入った袋。


「あっ! お兄ちゃん買ってきてくれたんだ! ありがとう! ……っていっぱいあるけど?」

「ああ……それはお兄ちゃんの知り合いからもらったものだから……花恋にやるよ」

「……にははっ! BL本をくれる知り合いなんているわけないじゃん!」


 いや、昨日あなた友達がくれたやつとか言い訳してましたよねえ!


 なんてツッコミをする気力もなく、ははは……と力無く笑ってさっさとお風呂に入る。当然BL本をくれたのは翡翠だがそんなことを花恋に説明はしない。変な妄想をされても困る。

 精神的な疲労はすんなりとはとれず、結局お風呂に入っても、寝ても疲れたままで、学校にいくはめになった。


「おはよう! ゆうかくん! ……なんかすごく疲れてるね」

「真央か……おはよう……」


 昨日はBL本に振り回された一日だったが、もうこんな日がこないことを祈る。

 登校中に偶然会った真央と他愛のない話をしながら登校していると、ずいっと横から凛香がやってきた。


「ごきげんよう! 庶民のお二人! 今朝は良い朝ですわね! まるで太陽がわたくしを祝福してくれているようですわ」


 なんだろう。凛香のテンションがやけに高いし、真央への嫌味の度合いもすごく軽い。そして、歩いているということは、今日は車登校じゃないらしい。


「凛香さん! おはようございます!」

「……おはようございます」


 とりあえず挨拶だけ返すと、凛香は笑いながら先に行ってしまった。


「何だあれ?」

「さあ……」


 ……この時期に凛香が喜ぶようなこと? 中間考査はまだだし……。ゴールデンウィークはそろそろだが、特にイベントなんてなかったような……。

 転生してから既に四日目、段々薄れかけてきたマジハイの攻略データを思い出すと、一つのイベントに思い当たった。


「まさか……!」

「ゆうかくん? どうしたの?」


 精神的疲れが一気に吹き飛び、急に焦りだした優花を見て、真央が心配そうに見てくるが今は気にしていられない。


 しまった! 肝心のイベントを忘れてた!


「真央! 俺も先に行くから!」

「えっ! うっ、うん!」


 真央を置いて優花は一人、全力で走り続けた。凛香が通るだろうルートとは別の道をひた走る。

 走って走って、走って、限界を超えて走り続け、息も絶え絶えなんとか凛香より先に学校に着くことに成功した。


 そこでは、いつもの険しい顔をした警備員の横で、教師がチューリップに似た白い花の造花を配っていて、優花にも白い花が手渡された。

 

 ゲーム内でも登場する、白桜学院独自の行事の一つ『白花の日』。登校する際、校門でもらえる白い花を、その日の内に誰かに送るという行事だ。


 当然白い花を送るという行為は相手への敬意、敬愛、好意などプラスの感情を表す。

 ゲーム内ではこの白い花を贈った相手との親密度が一気に上昇し、CGまで手に入る重要イベントだ。


 凛香がやけにテンションが高かったのも、この白い花を真央に送り、仲良くなろうと画策しているからだろう。ゲーム内でも凛香は主人公に白い花を送ろうとするのだが……当然のごとく失敗する。


 凛香が真央に白い花を渡して颯爽と去っていくと、主人公の前にはすぐに凛香の取り巻き……と言うよりはファンのような女子達がやってきて、


『凛香様があなたのような庶民に白い花を送るなんて何かの間違いよ!』

『そうよ! 凛香様から奪ったのでしょう! 返しなさい!』


 なんて言って、真央に送られた凛香の白い花は奪い取られてしまう。

 その後は、主人公が白い花を奪われたのを知らない凛香が、悪気なく言う『わたくしのサプライズは喜んでいただけました?』なんてセリフを言うこともあって、主人公は全部含めて、自分をからかっていたんだと勘違いしてしまうのだ。

 そこからはどんどん勘違いが重なり、いずれ凛香はバットエンドへとたどり着く。


 つまり……ここを何とかしないと……!


 凛香が手にする白い花をどうにかするのが一番手っ取り早いが、優花があまり露骨にやりすぎると、今後の活動に支障が出る可能性がある。そうなった場合、凛香を救うことができなくなることもありうる。


 だったら、白い花を全部だめにすれば……いや、無理か。

 白い花を配る教師の近くには、隙が無さそうな警備員。何かしようとしたら取り押さえられてしまうだろう。


 いったいどうすれば……!


 もうすぐ凛香が来てしまう。

 凛香が白い花を受け取ってしまったら、もうどうしようもない。

 何か! 何かないか!


 必死に思考を回し、視界に入る全てを何か利用できないかと確認すると、ちょうど登校してきたイケメンBL好き王子翡翠がいた。


「翡翠!」

「おっ! おはよう同士! 俺様が貸してやったあの本どうだった? 良かっただろ?」

「えっ、あー……昨日は早く寝たからまだ読んでないんだ……ってそんなことより!」


 がっと翡翠の肩を掴むと、翡翠を取り囲んでいた女子から悲鳴が上がった。翡翠が暴力でも振られそうになっていると思ったのだろうか? ……まあ今はどうでもいい。


「昨日の借りを返してもらうぞ」

「か、借り?」

「理由は聞くな! とりあえずあの白い花! あれを凛香さんの手に渡らないようにしてくれ!」

「お、おう! わかった!」


 ちょうどその時、凛香が学校に登校してきた。

 凛香が、教師から白い花を受け取ろうとした瞬間、すっと横から翡翠がその花を奪った。


「アイスクイーンあんたの白い花はこの俺様がいただくぜ?」

「あ、あなた一体何を!」


 突然のことに、アイスクイーンと呼ばれたことに対する怒りすら見せず驚き戸惑う凛香に、翡翠は輝く全力のイケメン笑顔を見せて、白い花を持ったまま手を振り行ってしまう。


「ふっ、それじゃあな!」

「お待ちなさい! わたくしはあなたなんかに、その花を贈る気は!」


 翡翠とその取り巻き、そして凛香が去っていくのを見届けて、優花は汗をぬぐった。

 翡翠が受け取ったことで、真央が凛香の白い花を受け取って、それを奪われるというイベントもなくなったはずだ。


「ふう……危なかった……」


 翡翠の説得ぐらいしかやってないけど、やり切った男の顔になっていると、ちょうどそこに竜二が登校してきた。


「兄貴? 朝っぱらからどうしたんすか? すっげえ汗かいてますけど?」

「ん? ああ、竜二か。ちょっとな……凛香さんのために走ってたところだ」

「虚空院の姉御のために走ってた? ……よくわかりませんが。兄貴は顔に似合わず男っすよね」

「顔に似合わずは余計だ」


 わしゃわしゃと竜二の髪をいじると、竜二は「兄貴! 髪の毛はやめてください! セットに時間かかるんすよ!」と言って泣きごとを言い始めたのでやめてやった。


「それより、兄貴これどうぞっす」

「へっ?」


 竜二から手渡されたのは白い花だった。


「兄貴、これからもよろしくお願いしますっす!」

「おっ、おう。よろしくな」


 ぺこりと頭を下げて、一年生の教室に向かう竜二を優花は二本の白い花を持ちながら見送った。

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