乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その一
「あなたには負けましたわ、ごきげんよう……」
腰まで伸びた長く豪奢な金色の髪の毛をした少女の背中が画面内に現れる。
『それを最後に凛香さんの姿を見た人はいない……』
最後のメッセージに丸ボタンを押すとエンディング。スタッフロールが始まり、今までのゲームプレイででてきた、イベントCGが流れていく。最後にウェディングドレスを着た少女が、青い髪をしたイケメンに抱かれている絵が表示され『Fin』の文字が表示された。
「…………結局無かったか」
ゲーム機を放り投げ、ぐてっと疲れた体を椅子に預ける。
「嘘情報かー……はあ……」
深いため息をつきながら、椅子から立ち上がると、お腹が鳴った。そう言えば今日はまだ何も食べていない。いや、正確には昨日も食べてなかったか。ネットでとある情報を見かけて、その真偽を確かめるために、週末の二連休を利用して、ぶっ続けでゲームをしていたので仕方がない。
「意識したら急に腹減ってきたなあ……コンビニでも行くか……」
時刻は既に十二時。あまり外に出たくない時間だが、家には何も食べる物がないので、何か食べるならコンビニに行くしかない。
部屋着から外用の服に着替えると外に出る。既に四月になるというのに、外は寒くて体が震えてくる。
もっと厚着をしてくるべきだったかもしれないなと、寝不足の頭でぼんやり考えながら歩いていると、道路の真ん中で、なんだかきょろきょろしている挙動不審な人物がいた。長い髪の毛は腰まであって、暗くて顔はよくわからないが少女っぽかった。
急に迷子になった人のような、その少女のせわしなさをみかねて、声を掛けることにする。
「あの……何か困りごとですか?」
しばしばする目をこすりながら声を掛けると、その少女はびっくりしていた。急に話しかけられるとは思っていなかったのかもしれない。
「えっ? ええ、まあ……。その……困っていますわ」
……困っていますわ?
漫画とかに出てくるお嬢様みたいな話し方だなと思うと同時に、なんだか聞いたことのある声な気もする。まあそんな話し方をする知り合いはいないので、気のせいだろう。
「……俺で良ければ力になりますけど?」
欠伸をこらえながらそれだけ言うと、少女はためらいがちにぺこりと少しだけ頭を下げた。
「ええっと……ありがとう」
「それで? 迷子か何かですか? この辺なら大体教えられますけど」
「そのですね……」
少女がためらいがちに何かを言いかけた時だった。
ブーーーーー!
車のクラクションが盛大に鳴った。見れば少女の背後から、すごいスピードでトラックが迫ってきている。明らかに制限速度を大幅にオーバーしたスピードで走るそのトラックを、もう躱せないと悟った瞬間、少女を道路の横に突き飛ばした。
少女の可愛らしい「きゃっ」という小さい悲鳴が聞こえたあと、すぐに凄まじい衝撃を受けて吹き飛ばされる。ごろごろと道路を転がりながら、自分がトラックに轢かれたことを認識すると、全身を想像を絶する痛みが襲った。
痛みだけで死んでしまいそうだった。いや、本当に死ぬのかもしれない。
ごほっ、ごほっと血が混じる咳を吐きながら次第に体から力が抜けて、意識が薄れていく。
「大丈夫ですの! 救急車! 救急車を!」
薄れゆく意識の中で、慌てて駆け寄ってきた少女の声を聞いて、一つ気が付いたことがあった。
その少女の声は、丸二日かけてプレイしていた、いわゆる乙女ゲームの『マジで恋するハイスクール』通称マジハイに出てくる、悪役令嬢ポジションのキャラ『虚空院凛香』の声にそっくりだったのだ。
「あー……凛香さんの声か……」
最後にそれだけ言うと、意識が暗闇に飲まれた。
*****
「はっ!」
目が覚めると、見えたのは見知らぬ天井。周囲を見回して見ると、そこはやっぱり見覚えのない部屋だった。
「……どこだここ?」
自分の部屋ではないが、何故だか妙に落ち着く適度に散らかった部屋。部屋の隅にある本棚には、自分の部屋と同じように漫画や小説、ゲームなどが適当に刺さっていた。
ベッドから起きると、まだぼんやりとした頭で、寝る前のことを思い出すことにした。
「ええと……たしかマジハイを丸二日かけてやり直して……それから……」
それから……コンビニに行こうとして、途中でなんだか困ってそうな少女に会って……事情を聞こうとしたらトラックが来て………………轢かれたんだっけ? 自分の体を見下すが、包帯もしていないし、怪我も無く、痛みも無い。トラックに轢かれた直後は凄まじい痛みを感じていたので、怪我がないはずはない……んだけど。
首を傾げながらとりあえず、パジャマのような服のまま部屋の外に出る。この見知らぬ家の中に誰かいれば、何かわかるかもしれない。部屋から出て廊下を曲がるとそこは洗面所。洗面所の鏡を見ると、そこには怪我一つない、いつも通りの女っぽくて嫌いな自分の顔があった。
「別に普通だな……」
怪我をして、近くの家に寝かされていたのかもと思ったが、それなら怪我がないのはおかしい。
事情を知っている人に話を聞きたいと思っていると、洗面所に白い制服を着た、八重歯が特徴的な可愛らしい少女が入ってきた。
「あ、お兄ちゃん! おはよう」
「……お兄ちゃん?」
自分に妹はいないし、お兄ちゃんと呼んでくれる年下の知り合いもいない。……年上の男は、全員お兄ちゃんと呼ぶタイプの子なのかもしれない。
「どうしたのお兄ちゃん? 何か悪いものでも食べた?」
「いや、あのーすみません。ここってどこですかね? というか俺はなんでこんなところに?」
「お兄ちゃん……」
少女は沈黙し、うつむくと一歩近づいてきた。
な、なんだ? 聞いちゃいけないことだったのか?
内心びくびくしていると、少女はこらえきれなかったように吹き出した。
「…………にははっ! 何それ! 記憶喪失ごっこ? ここはわたし達兄妹の家じゃん! やだなーもう! わたし先にご飯食べてるよ!」
独特の笑い方で笑いながら、自称妹の少女が洗面所を出ていってしまった。
「わたし達の……家?」
何言ってんだこいつと思いつつも、冷や汗がたらりと垂れてきた。
「いやいや……どういうことだ?」
落ち着け……一回整理しよう。トラックに轢かれたと思ったら、そこは見知らぬ家で、何故だかそこにいた女の子に兄のような扱いを受けている……。なんだそれ? イミガワカラナイ。
「ふう……」
とりあえず冷静になろうと、元居た部屋に戻り、ドアをしめてベッドに座る。
「まずは……」
とりあえず当たり前のことを確認するべきだろう。
「俺の名前は不藤優花。女っぽい名前と、女っぽい顔、そして平凡すぎる自分が嫌いな高校二年生!」
びしっと親指を自分に向けて、学校の自己紹介に必ずやると決めているポーズをやると、そっと部屋の扉が開いた。
「……お兄ちゃん」
「おおう!」
どうやらさっきの少女が様子を見にきていたらしい。少女は部屋に入ってくると、優花のおでこに手を当てた。
「熱でもあるのお兄ちゃん?」
本気で心配をされているのがわかる声音だった。どうやら本当に少女は優花のことを兄だと思っているらしい。
「いや、ないと思うけど……」
「うん。熱は無いね……じゃあいつもの病気か。あんまりわたしを心配させないでね?」
困ったように笑うと、少女は優花のおでこから手を離した。
「……いつもの病気って?」
「お兄ちゃんは今でもたまに、アニメとかドラマの人の真似するでしょ?」
「……いや、しないけど」
……まあ風呂で一人でするのはノーカウントだよね?
「昨日だって、テレビで見た特撮ヒーローの変身シーン真似してたし」
「……いや、してないけど」
…………まあ誰もいない部屋で一人やるのはノーカウントだし。というか昨日はやってない。
「お兄ちゃんは灰島ゆうか。わたしは灰島花恋。今日は高校に登校する日。オーケー?」
「お、オーケー」
いや、本当は全然オーケーではないんだけど……。
くすっと笑うと、暫定妹の花恋は部屋を出ていってしまった。
「灰島ゆうか……灰島……灰島?」
灰島ゆうかという名前に聞き覚え、いや、見覚えがあった。
「灰島ゆうかって、マジハイに出てくる地味な男キャラじゃん」