第八話㋓ 木魔法のキャンベル家
朝起きると体の接地面がやわらかい事に疑問を持つ。
たしか天幕で寝袋に入って寝てたはずだが、どういうことだろう。
と、起き上がると、なにやら良い匂いが鼻孔をくすぐる。
もしかして、もしかしてこれは……と思い自分の体を見る。
女の体だ、数日しか見て無いが間違いなくスカーレット嬢の体。
移り替わるのは本当に久しぶりだ。
相変わらずかわいらしい寝間着だ。紅蓮の魔女という二つ名に似つかわしくはない。
しばらく感動していると、ナタリーが部屋に入ってくる。
「おはようございますお嬢様」
五カ月ぶりのナタリー、めっちゃ眩しく見える。
ナタリーの首元には俺が上げたネックレスが輝いている。
普段使ってくれているんだと、若干目元が熱くなる。
「どうされました?」
見つめ続ける俺に疑問を持ったみたいだ。
俺はベッドを降り、すすっとナタリーに近づくと抱き着いてしまう。
どう思われても良い、今が幸せならいいんじゃないかと色々と吹っ切った。
「え? クローディア様の行為が移ってしまったのですか?」
突然抱きつかれればそりゃびっくりするよね。でもクローディアか。
そういえばスカーレットの親友の名前だったな。
そう考えると、クローディアの故郷に一緒に来た記憶が頭に浮かぶ。
ナタリー成分を堪能したので、いったん離れて疑問に答える。
「俺だ、エカルラトゥだ」
「え? 本当ですか?」
今回は期間が開きすぎたのか直ぐ信じてくれないようだ。
まあスカーレットの侍女だもんな、変な悪戯とかやりそうだし。
「ああ、何故かまた入れ替わったようだ」
「お元気そうでなによりです」
ナタリーが満面の笑みでねぎらってくれる。
いつものナタリーだ。いつも通りかわいい。
「元気なんだがな、ナタリーとスカーレットに会えないのは辛いものがある」
「そうですか、私も、お嬢様もどうにか会えないかと思っていましたよ」
スカーレット嬢からもそう思われていたのか、まあ記憶を見ているからどうしても親近感が沸くんだよな。
しかも同じように友人が一人しかいない、まあスカーレット嬢はナタリーがいるけど。
そういえばクローディアの故郷か……キャンベル領と言えば俺の体がいるのはナミュール領だ。
国境を挟んで隣、直線距離ならかなり近い距離にいるだろう。
キャンベル領は、アロガンシア王国からの評価は自然要塞だ。
キャンベル領にいる貴族などは、ほぼ全員が木魔法か水魔法が使える。
使わない場所は木々が立ち、森がある。移動は街道しかなく、そこまで広くなく行軍しにくい。
ただ動かないので目標にはしない、無視すればいい領地ともいえる。
「今の俺の体は、アロガンシア王国のナミュール領にいる」
「え? かなり近いですが……エカルラトゥ様は近衛騎士でしたよね?」
そこ聞いちゃうか……まあ左遷? とか思っちゃうよね。
「ちょっと第二王子派の貴族領で賊討伐を指示されてね、近衛騎士のままだがここまで来てしまった」
「そうですか、色々あると思いますが頑張ってください」
かわいい感じで応援された、うん、帰ったら頑張ろう。
「ああ、平和を維持していつか会おう」
「はい」
ナタリーと笑いながら話す。
さて、移り替わったと言う事は何かしらあるのだろうか。
今までの事を考えると、なにか理由があるのかもしれない。
スカーレットもクローディアに、ただ会いに来たわけではないだろう。
そう思いながら考えると頭に浮かぶ、木魔法を覚えるためみたいだ。
掘り下げていくと、理由が俺の母の形見である鏡台を直す為に覚えようとしているらしい。
若干涙腺が震える。まさかここまで考えてくれているとは思ってもいなかった。
「まさか鏡台のためにここに来たのか……」
「お嬢様が気になさってましたから」
「そうか、こんな風に思われている事を知ると、嬉しいものだな」
「そうですね、誰かのためにやっている事を、その当事者が知るとやはり嬉しくなるものです」
「ふふ、俺はやっぱり女々しいか……実はあんなことを言っておいて鏡台はまだ取ってある、いつか会えたら直しに来てほしいと伝えてくれるか」
「わかりました」
ナタリーが笑顔で答える。
二人で微笑みあっていると、部屋の扉が急に開く。
若干びっくりしながら、扉の方をみるとそこにはクローディアが立っていた。
「ちょっと~スカーレットちゃんも、ナタリーちゃんも朝食に来ないなんてどうしちゃったの?」
そういえば朝食の時間をすっかり忘れていた。
あとはクローディアの事も、とクローディアの事を記憶から引き出す。
かなりの木魔法と水魔法をハイレベルで使いこなせるみたいだ。他は無いかと探っていく。
ああ、これは見ちゃダメな映像が多いな、前回はちらっと記憶を引き出しただけだから分からなかったが、こいつは男から見ると痴女だ、男よりも女の方が好きなのだろうか……。
ナタリーのあられもない姿が思い浮かび、顔が熱くなるのを感じる、他人だったら喜んで見たんだがな。
「いまから行こうと思ってた」
クローディアはやばい気配がビンビンする、死に物狂いで違和感を消さないと何してくるかわからない。
まあ、中身が違うとかは絶対思わないだろうが、何故何故どうして攻撃されそうで怖い。
食堂に行くためにナタリーが着替えを手伝ってくれる。
「すまんな、ナタリー」
少々恥ずかしい気持ちが込み上げる。
でもそれも良いんじゃないかという、心の奥底にある声も聞こえる。
「いえ、仕方ありませんよ」
そう言いながら素早く着替えを手伝ってくれる。
久しぶりに履くスカートだが、スカーレットの体なら抵抗無く着れるようになったのか、なんとも思わない。
俺は大丈夫なのだろうか、今後普通に男として生きていけるのだろうか、という疑問が湧いてくるが、現状どうしようもない。
さすがに貴族令嬢がズボンて……運動時ならいいがさすがに無理だろう。
もやもやしながらナタリーと食堂に向かい、クローディアに絡まれないようにそそくさと食事をする。
「じゃあクローディアから借りた魔導書読みながら木魔法の練習するんで邪魔しない……でね」
「わかってるよ~わたしも父さまと母さまとの語らいがあるから、またあとでね」
そう言ってクローディアが食堂を出ていく。
俺もナタリーと一緒に客間へと戻ると、机には魔導書がどっしりと置いてある。
相変わらず魔法の事を考えると、無理だ、わからんし頭痛い。
とりあえず読めて理解できる奴から読み進めていくか。
そもそも何故ここにいるのか、入れ替わったのかわからないし、もし何か意味があるならスカーレットのやろうとしている事を、俺もやればいいだけだ。
「ナタリー、初級が使うような魔導書が無いか探して分けてくれるか?」
魔導書を取りぺらぺらと流し読みしながらナタリーに言う。
「わかりました、エカルラトゥ様も木魔法を取得されるのですか?」
「そうだな、俺が覚えても大したことは出来ないだろうが、移り替わりに意味があるならやれる事を全力でやるさ」
「では私も全力でお答えします」
ナタリーが拳を作り気合を入れている。
俺も気合をいれて頑張って見るか、とナタリーが分けた初級らへんの魔導書を読み進める。
そこから必要な事を書きだしていく。
その日の夕方に、分かる本を全て読み終わり初級用の魔法のやり方を纏めた紙を左手に持ち、枝を右手に持って魔法が発動しないかと試行錯誤する。
魔力を使って木の精霊と対話すれば、答えてくれるらしいが、なんとなく枝から魔力の巡りのようなものが読み取れるのだが上手くはいかない。
悩みながらも、実践しているといつの間にかクローディアがこちらを観察していた。
「なんかあと少しって感じがするんだけど、上手くいってないね、スカーレットちゃんこんなに魔力操作下手だっけ?」
体はスカーレットなので、魔力操作は自然と出来ているはずだが、やはり違和感があるのだろう、ハイレベル同志にしかわからないレベルで。
そんなところから綻びを拾って来るのかと驚く。
だがあまり移り替わりの事を言うのはどうかと思うし、ナタリーをチラッと伺うが何も言わない。
「ちょっと木魔法に関しては駄目みたい」
「ふ~んそっか~でもそろそろ夕飯だよ、もう行く?」
「わかった、根を詰めても仕方ないしね」
「じゃあ先に言ってるね」
そう言いながらクローディアが部屋の外に走って出ていく、伯爵令嬢が走るってどうだろう。
しかしあまり貴族令嬢って感じではないな~と思いながらクローディアが出ていくまで眺めていると、ナタリーが忠告してくる。
「エカルラトゥ様、忘れていましたがクローディア様に正体を教えるのはお嬢様と一度相談してからの方がよろしいかと」
ナタリーがそう言うとは、なにか含むところがあるのだろうか。
「かならずおもちゃにされます」
マジでか……ナタリーがそこまで言うのか、でもキャンベル領に来る前にお風呂でそれはそれはあれな事をされてるわけだし、仕方が無いのかもしれない。
ナタリーとスカーレットとクローディアが絡み合う映像がふっと浮かび顔が熱くなる。
「あ、エカルラトゥ様その記憶は封じてくださいませ」
あの時の記憶を見ていると察したナタリーが思い出すなと慌てながら言う。
「わかってる、俺もさすがに、こう辛いものがある」
正直刺激が強すぎて直視出来ない、というか思い出すのに何故か抵抗がある。
もしかしたらスカーレットの意思が関与しているのだろうか。
「……クローディア様はほんとあれなので……お気を付けください」
顔を真っ赤にしてナタリーがそんな事を言う。
俺も気を付けないと、この体で変な事されたら別の扉開いてしまうだろうし。
しかしスカーレットの体がかなり引き締まっていた。
記憶を見る限りじゃ結構頑張っているみたいだし、俺も頑張らないとな。
夕食を取って、部屋へと戻る、お風呂は入らない、そもそも毎日入る人はもいれば二日に一回の人もいる。
それに今は危険だ、触らぬ神に祟りなしだ慎重に行動しよう。
クローディアは今日は両親達と過ごしているのか、こちらには来ない様だ。
助かったと思いながら、まだ時間はある為、木魔法が使えないか試行錯誤する。
駄目なのか? これでもか? と心で考えながら魔力を操作して手に持っている枝を刺激する。
すると枝を持っている手と枝が緑色に淡くひかり、枝が少し伸びる。
「おお、使えた!」
「おめでとうございます……この魔法だけはお嬢様を超えましたね」
ナタリーが何とも言えない顔で答える。
「まさかスカーレットより早く使えるようになれるとは……」
自分でも使えた事にびっくりする。
そりゃスカーレット嬢が使える魔法ならそこまでびっくりはしない、それだけ魔力操作の努力はしていた。
「そうですね……私も驚きを禁じ得ないです。お嬢様は興味ある事に集中するので、それ以外はどうでも良いとおっしゃる方ですから……木魔法はどうでも良い分類に入っていたのでしょうがそれでも……」
確かにやりたい事しかやってないような気もするな、分かる範囲の記憶を探るとだけど……。
それでも、俺の方が早く使えるのは正直に言うと解せないのも確かだ。
「しかし、スカーレットが使えないってのは、なにか原因があるんじゃないのか? 魔力操作が駄目って事はないんだろうし」
「お嬢様が木の精霊との対話や会話? の意味が分からないと仰ってました」
「確かに木の精霊と会話はしていないが、そんな感じで魔力操作してたら出来たしな……クローディアの方がわかると思うが……」
「クローディア様は感覚派なので、教えるのが……その……」
「ああ、下手だったな……」
そう言われるとスカーレットがクローディアに聞いてる時の記憶が頭に浮かぶ。
「まあ、俺が考えても分からないものはわからないな……」
スカーレットが木魔法が使えない理由は、もう本人しかわからないだろう。
ふふっ、しかしまさか俺の方が早く使える様になるとは夢にも思わなかった。
何度か試して、使える事を再確認すると眠くなった為、二人で眠る事になった。
当然ベッドは別だが、ナタリーと隣同士だ。こんな事で至福に感じる俺は幸せ者だ。
タイミング良く精神が入れ替わる俺~近衛騎士エカルラトゥ編~
第八話㋓ 木魔法のキャンベル家 終了です