第五話㋓ ナタリーとお風呂に入る
起きると見た事のある天蓋が見える。
どうやらスカーレット嬢の体にきたらしい。
正直に言うとスカーレット嬢には土下座したいくらいだ。
今の俺の状況はひどすぎる、水は無い、体は拭けない、食料も少ない、外にも出られない。
しばらく罪悪感に苛まれていると、扉がノックされナタリーが入ってくる。
「おはようございますお嬢様」
今日もナタリーはかわいく、俺の目には一層輝いて見える。
昨日までは、軟禁部屋に閉じ込められ、自分の愚かさゆえに軟禁期間が延長された。
自分自身に腹も立ったが、ナタリーを見るとそんな事がちっぽけに感じる。
スカーレット嬢への罪悪感が何処かへ吹き飛んでいく。
いつも通り着替え、朝食を取ると闘気を使う為の鍛錬をする予定になっているのだが……俺は鍛錬せずとも使える。
どうやらスカーレット嬢は、俺が使う闘気の炎を使える様になりたいようだ。
だからと言って、使う訳にはいかない、ナタリーに違和感を与えてしまう。
この体で出来ると言う事は、いつか出来るのだろう、あの能力が精神に起因していなければだが。
汗を流し鍛錬が終わると、ついつい、そうついついナタリーを誘ってしまう。
「ナタリー、一緒にお風呂に入らない?」
しばらくナタリーは考えているのか動きが止まり、答える。
「目隠しされるのであれば、一緒に入るのもやぶさかではないですよエカルラトゥ様」
笑顔で良くわからない条件を言われるが、了承を得てガッツポーズをナタリーに見えない場所でする。
意気揚々とお風呂へと歩き出そうとするが、何か違和感がある。
あれ? 今、俺の名前言ったよね、とナタリーを二度見する。
「……なんで知ってるの?」
恐る恐る聞いてみると、スカーレット嬢が全部話てくれたと教えてくれた。
冷静になってみると、ナタリーと入れ替わりの話しをしている記憶が脳内に浮かんでくる。
またしても俺の行動は慎重ではなかったらしい。
だが、当然の処置だよなと思う、二度あれば三度目もあると考えるのは当たり前か。
もっと慎重に行動すれば、ばれない様に立ち回れたかもしれないが、これで良かったのかもしれない。
一緒にお風呂に入れるのだ、目隠しなどあろうがなかろうが関係ない。
「ではいくぞ」
何もかも振り切った俺に怖い物は無い。
ナタリーの手を引っ張りながらお風呂へと向かう。
お風呂に着くと他の侍女が服を脱がしてくれる、ナタリーは脱がない、こちらを伺っている。
まあ当然か、だがスカーレット嬢の裸を見られるのは良いのだろうか……。
もしかしたらこれは試練なのか? 見る様な自制の出来ない男なのか試されているのだろうか。
ナタリー以外の侍女が外へと出ると、ナタリーが近づいてきて目隠しをされる。
茫然と立っていると、衣擦れの音が聞こえる、見えない。
なにやらいけない気分になる、想像したくなるが、そこは我慢しようそうしよう。
ナタリーがきっと裸になったのだろう、俺の手を握りお風呂へ導いてくる、そのまま手を引かれ湯船に入る。
「取ってもいいですよ」
何を? とは聞かない、素早く目隠しを取ると、近くにナタリーがいる。
肝心な所はお湯と湯気で見えないが、至福の時間なのは確かだろう。
「良かったのか?」
「ええ、お嬢様とは色々と話しあいました、おおよその行動は想定して何処まで許せるか決めております」
そう言うとにっこりと笑う。
なるほど、だからと言ってガン見するわけにはいかない。
俺の株が下がる……もう下がってる気がしないでもないが、許されているのだ全力で答えよう。
「ふふふ……」
自然に笑みがこぼれる。
「どうされました? エカルラトゥ様」
「いやな、これほど満たされたのは母と一緒に暮らしていた時以来だと思ってな」
「そう言っていただけると、思い切ったかいがあります」
ナタリーは答えながら笑う。
恥ずかしいのかもしれない、見た目はスカーレット嬢だが、中身はさえない男だ。
色々な事を諦めて静かに自己研鑽をしながらただ生きてきた男だ。
周りから恐れられ、友人なんて一人しかいない。
女性など、怖がらずに話してくれるのはアリアくらいだ。
「そういえば、スカーレット嬢に聞きたいことがあったのだが、代わりにナタリーに聞いてもいいか?」
「私が知っている事であれば……」
「俺の部屋の鏡台を壊した理由だな」
「ん~自分の顔だとわからずに鏡を魔法で壊したと聞きましたがそれでしょうか」
ナタリーが思い出すように唸りながら答える。
「たぶんそれだ、そう言う事か……」
「鏡台は何か特別な物なのでしょうか」
「そうだな、母の形見の一つだったんだ、だがもういいんだ母との思い出はまだある」
「そうですか……」
しんみりとしてしまったが、至福の時間を過ごし部屋に戻る。
身体は全てナタリーが洗ってくれた、うん、気持ちよかったが何やらいけない感じがして逆に疲れた。
ナタリー成分を補充したのだ、後は自分の事について考えよう。
俺だと言う事がばれているなら、闘気の炎の制御の練習が出来る、後は俺が盛られた毒の情報だ。
まずは生死にかかわる毒の情報をと思い、スカーレット嬢の記憶を思い出す。
竜種の劇毒か、解毒魔法が記載された古書は書庫にあるようだ。
トラビスはどうやってこんな珍しい毒を手に入れたのだろう、まあ考えても仕方が無い。
古書の内容の情報を記憶から引っ張ろうとすると、情報量が多すぎて何が何だかわからない。
スカーレット嬢の頭の回転の速さについていけないのだろう。
しかし良くこんな解毒魔法を知っていたな、スカーレット嬢には頭が上がらないな。
書庫から古書を取り出し、机で読む。
古代語だが、何故か読める。さすがスカーレット嬢。
だが読んだところで、この魔法を自分の体で使えるかと言われると使えない。
スカーレット嬢の体だと、もちろん使える。
じゃあどうすればいいのだと、頭を抱えて悩んでいると、ナタリーが紅茶を持ってきてくれる。
「どうなされたのですかエカルラトゥ様」
一瞬自分の名前を呼ばれるのは良いな、とよそ事を考えてしまう。
なんとか自分を落ち着かせて、答える。
「ああ、毒殺されそうでな、解毒魔法をと思ったのだが、俺自身の体で使えるレベルの魔法じゃなくてね、そもそも今の所魔法を使えないしな……」
「何故毒と分かっている物を摂取するのですか?」
ナタリーが首を傾げながら疑問を投げかけてくる。
まあ普通そうだよな、何故毒と知ってるものを食べるのだろう、と疑問に思うよな。
「毒の入った水を使用しないと、軟禁を延長すると脅されているんだ」
簡単に今の状況を説明する。
ナタリーは暫く考えてから言う。
「では簡単では無いですが、水を生み出す魔法を取得すればいいのでは?」
首を傾げながらナタリーが言う。
そんな手もあったかと感心していると、ナタリーが続けてくる。
「でも今はお嬢様がエカルラトゥ様の体に入ってらっしゃるなら、心配は無いのかもしれませんよ?」
なるほど、と思うがこのまま何もしないと言う事も出来ない。
「とりあえず、少しで良いから水の魔法を取得するか……でも練習は出来ないから魔法書を見て覚えるしかないか」
スカーレット嬢は魔法をだいたいなんでも使える、炎の魔法が主体だが色々と出来るようだ。
なのでこの体で使える様に鍛錬する意味が無い、というか自然に使える。
「頑張ってください」
ナタリーが応援してくれる。ほっこりする。
幸せとはこんなに簡単な事だったのだろうかと、逆に不安にもなる。
まあそれはさておき、初級の水魔法を覚えよう。
この体なら、魔法は使いたい放題、記憶を引っ張り放題だが、自分の体に戻ればあまり関連の無い記憶は靄の中だ。
なんとなくは覚えているが、詳細までは思い出せない、凡人はみなそんなものだろう。
きちんと身体と記憶に覚えこませるしかないだろう。
水の初級魔法を纏めた情報を、紙に何度も書いたり、頭の中で反芻させたりして覚えこむ。
合間に闘気の炎が何故制御できるかを、実践しながら気づいたことを紙に書いていく。
スカーレット嬢には必要ないかもしれないが、せめてもの罪滅ぼしだ。
夜になっても書き取りしていると、ナタリーが声を掛けてくる。
「エカルラトゥ様、もうお眠りになられては?」
「そうしたいのも山々だが、スカーレット嬢の体だと、水魔法の内容を自分自身が覚えているのか、覚えていないのかがわからないんだ」
項垂れながら答えてしまう。
「普段の記憶方法にしたがっていれば大丈夫なのではないですか?」
「そうだな、覚えてはいると思うのだが……不安でな」
急に視界が暗くなり、甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
「きっと大丈夫ですよ、もうお眠りください、お嬢様の体でもあるのですから」
ナタリーがそう言いながら、俺の頭を抱きしめてくれる、顔にナタリーの胸の感触がする。
そうだな、駄目なら駄目で仕方が無い、今まで魔法をないがしろにしてきた自分への罰だ。
戻ったらちゃんと魔法の勉強もしようと決意する。
「わかったよナタリー、もう寝るよ」
俺の答えを聞いたナタリーは、俺のから離れると軽く会釈して出行く。
ナタリーに心の中でお礼をしながら見送り、天蓋のある豪華なベッドへ向かい横になると目を瞑る。
タイミング良く精神が入れ替わる俺~近衛騎士エカルラトゥ編~
第五話㋓ ナタリーとお風呂に入る 終了です




