第二十六話㋓㋜ 細剣と指輪
エカルラトゥが目覚めると、スカーレットの体に入れ替わっていた。
そんなエカルラトゥはナタリーに介抱されている。
「ありがとう、ナタリー。ちょっとスタールビーの爆発を甘く考えていた」
「あれは最終手段です、人に向けると塵も残りませんから、お気を付けください」
エカルラトゥが服を直しながら、地面に突き刺さっているレイピアを持ち上げる。
その光景を不思議そうな目でナタリーが見つめている。
「やはり、エカルラトゥ様の体なら何も起きないのですね」
「何故そんな事を聞くんだ?」
「お嬢様が気絶していた時に、近くに持ってこようとレイピアに手を近づけると、銀色の炎がレイピアを包み込むので、触るのをやめました」
「あ~なるほど、本当に俺達が【ほうおう】の化身だったんだな……」
エカルラトゥの言った言葉が理解出来ないのか、ナタリーが首を傾げる。
「正直、俺にも良くわからない、後でスカーレットに聞いてみよう」
「わかりました」
エカルラトゥはスカーレットの体を見たり、レイピアを掲げたり、試し振りをしながら呟く。
「やっぱり、この体が一番しっくりくる。自分の体じゃ無いのに……なんだろうこの高揚感」
「エカルラトゥ様は、なんだかんだ言いながら、お嬢様の事が好きなのですよ」
「……スカーレットが待っている気がする。先に行く」
「お気をつけて」
ナタリーが軽く会釈をしながら言う。
そんなナタリーに笑顔を向けて、合同会館の門へと向かう。
合同会館の門にスカーレットとエカルラトゥが同時に到着する。
両軍の一部の兵達が、この戦場から逃げようとしているのを、抑えようと必死になっているせいなのか、陣形は既に意味が無くなっている。
二つの軍は、混乱した状態で戦い所では無いようだ。
そんな二つの軍とは対照的に平和な合同会館前では、ヘクターとカーマインが話し合っている。
「二人の戦いのお陰で、戦いに怖気着いた兵や領主が逃げようとしてぐちゃぐちゃだ。どう責任を取る!」
「そう言われましても、あの二人が勝手にしたことであって……」
「お前なら止められただろ!」
「あれを見てそう言えるヘクター殿は、少し私を過大評価しすぎですよ」
「だがお前の弟子だろ!」
「弟子だった、が正しいですよ。攻撃魔法に関しては数段劣っていますから、止める事などとてもとても……」
ニヤニヤしながらカーマインが普段通りに言うが、その態度に苛つくヘクターが顔を真っ赤にしながらカーマインを睨んでいる。
「ちっ! 二人が戻ってきたようだな、おい! 二人とも、こっちに来い!」
ヘクターが、スカーレットとエカルラトゥに気付き、二人を呼ぶ。
「まだやる事があるから後にして欲しいのだけど」
野太い声で、スカーレットっぽい喋り方をするエカルラトゥに面食らい、言葉が出ないのか、ヘクターが口をぱくぱくさせている。
「エカルラトゥ? ……いや、ス、スカーレットなのか? いや、誰が誰とかどうでも良い、この責任をどうとるのだ!?」
「知らないわよ。もうモデスティア王国とかアロガンシア王国とかどうでもいいわ。ヴァーミリオン家全員を引き渡すって約束したんでしょ? 何を今更私に命令してくるのか、こっちが困惑するわよ」
「ぐっ! 聞こえていたのか……」
ヘクターが眉間に皺をよせながら言い淀む。
「だから私の行動に口を挟まないでくれる?」
「……」
顔を真っ赤にしながら、無言でスカーレットを睨むが、スカーレットは気にせずエカルラトゥに近づき話しかける。
「どこまで行けるか気になるんでしょ?」
「ああ、精神が入れ替わっている時にこそ、俺達は最高のパフォーマンスを発揮出来るのではないか、という疑問が浮かんでいる」
「じゃあ試してみたいわよね?」
「いいのか?」
「貴方も聞いてたでしょ、オリバーがヴァーミリオン家を捨てた事を……」
「ああ……」
「それに、ザインなら確実に受け入れてくれるから、何も問題はないわ」
「それは絶対だろうな……」
二人が喋りながら、両軍の中央へと再度向かう。
前回とは違い、焼け野原になった、かつて平原だった場所に二人が再度対峙する。
大騒ぎしていた両軍が、戦場のど真ん中に再び二人が現れた事に驚いたのか、静かになる。
そんな中、再び剣を抜き、前回とは違ってお互いが剣技のみで戦いだす。
エカルラトゥはスカーレットの体で、レイピアを使い、襲い来る剛剣を綺麗に受け流し、スカーレットの隙を付きながら最小限の突きを放ち反撃する。
スカーレットはエカルラトゥの体で長剣を使い、剛剣をエカルラトゥに向けて、一刀一刀力を込めながら振り抜き、エカルラトゥの突きを最小限の動きで避けながら攻撃する。
お互いがどこに攻撃が来るのかが分かるかのように、拮抗した状況はどちらにも傾かずに、何も変わらない。
剣の舞かと見紛うかのような剣舞に、見ている者達は圧倒される。
やがて二人の確認が終わったのか、二人が同時に後ろに下がり魔法での攻撃に移行する。
ほぼ同時に同じような魔法攻撃をするので、二人の真ん中では爆発が連鎖的に発生する。
炎の竜巻や緋色の雷が周囲に発生し、いたるところで爆発音が鳴り響く、それはまるで地獄絵図でも見ているかのようだ。
やがて魔法での応酬をやめたのか静かになっていく。
二人が剣を構え、またもや剣と剣で語り合う。
そのさなかにエカルラトゥが声をかける。
「終わったらザインに行く気なのか?」
「その予定だけど……」
「じゃあ、その予定を変えないか」
「どう変えるの? アロガンシアを潰して、モデスティアに許してもらう? それともその逆?」
「いや、ここに丁度良い建物があるだろ? だからここに二人で国を作らないか?」
「……本気? まさか貴方がそんな事を言うなんて……でも悪くは無いわね」
「そもそもスカーレットは公爵で、俺も王家の血筋だ公爵の条件は整っている。ならば大公を名乗ってもいいんじゃないか?」
「じゃあ、どこぞの国に捨てられたヴァーミリオン家の名を付けてくれるなら、その考えに賛同するわ」
剣と剣を交えながら、のんきに会話をする。
スカーレットがエカルラトゥの提案に賛同した瞬間、お互いの剣が音を立てて空中に跳ねる。
二振りの剣がお互いの上空に静止すると、銀色の剣が段々と緋色に変わっていく。
剣が緋色に染まりきると同時に、細剣と長剣が空中でぶつかり合う。
眩い光が周囲に放たれ、光が収まると、そこには緋色の鳥が現れ、でかい声で鳴く。
「キュゥゥ~」
緋色の鳥が二人の周囲を飛び回り、やがてエカルラトゥの体であるスカーレットの肩に留まる。
「これが【鳳凰】なのかな……まさか私が作った剣がこんな事になるなんて……」
「でも【鳳凰】は鳳が雄で、凰が雌じゃないのか?」
エカルラトゥの言葉が分かったのか、【鳳凰】が一鳴きする。
「キュー」
緋色の鳥が、少し小さな金色と銀色の鳥に別れ、お互いの肩に留まる。
銀色はスカーレットの体へ、金色はエカルラトゥの体にいる。
「そういう事か……」
エカルラトゥがそう言いながら、銀色の鳥を撫でている。
スカーレットは肩にいる金色の鳥を捕まえ、いろんな角度から見ている。
「キュ、キュ~」
金色の鳥がちょっと辛いのか、悲しそうに鳴くが、スカーレットは気にせず金色の鳥の羽を伸ばしたりしている。
弄りまわしていると、金色の鳥が元の長剣に戻る。
「戻る事も出来るのね……ごめんね、もう触らないから」
そう長剣に呼びかけると、金色の鳥に戻りスカーレットの肩に留まる。
「スカーレット様……それが【ほうおう】なのですか」
スカーレットがその声の主に気付き、超速の速さで顔を向けると、馬に乗り微妙な所を守っている白い鎧を着たフレイヤとフローラがいた。
「何故こんな場所に二人がいるの?」
「私達もそう思うのですが、フィー様から啓示がありまして……この日この時間この場所に指輪を持って来るように、と……」
「良く聖遺物を持ち出せたわね」
「元老院の一部が、私達に下された啓示を信じずに、批判したのですが、白い光に包まれまして……」
「それってもしかして……」
フレイヤの言葉で何か思いついたのか、エカルラトゥの方を見ながら考え込む。
やがて思いついたのかエカルラトゥを呼ぶ。
「ちょっと闘気の炎だしてみなさい」
「分かった」
そう言いながらエカルラトゥが闘気の炎を出すと白い炎がエカルラトゥの体を包む。
「ああ、まさにこれですね……ではエカルラトゥ様にこれを」
フレイヤが聖女フィーの指輪をエカルラトゥに渡す。
「なぜこれを俺に?」
「そう言うお告げなのです、何故と聞かれても逆に私が聞きたいです」
フレイヤがむくれながらエカルラトゥに言う。
まあいいかという顔で、指輪を受け取り何も気にせず指輪をはめる。
その行動に驚いたフレイヤとフローラが声を上げる。
「きゃー、なんで普通に指輪をはめるんですか! それ、聖女しかはめられなくて、指輪をはめる事が出来たら聖女認定されるんですよ!」
二人の護衛役のニクス教徒が、指輪をはめたスカーレットの体のエカルラトゥに向けて膝を地に付け、祈りを捧げだす。
指輪をはめたエカルラトゥの体に纏っていた白い炎が銀色の炎に変わり、肩に乗っていた銀色の鳥が鳴くと、アロガンシア王国軍へと凄い速さで飛んでいく。
金色の鳥も後に続き、アロガンシア王国軍が阿鼻叫喚に包まれる。
金色の光と、銀色の光がフェリクスの体であるヴァロアに纏わりついているのが遠くから見える。
「あれって何をしているのかな?」
「きっと指輪の片割れを二羽が取りに行ったんでしょ……多分」
スカーレットとエカルラトゥがのんきに会話していると、合同会館前に居た人達が集まってくる。
アリアがものすごいスピードでスカーレットの体に突撃して抱き着き、いの一番に聞く。
「スカーレット様、あの金色と銀色の鳥は何なんですか?」
「あれね、私が作った二振りの剣よ。何故ああなったかは神のみぞ知るって感じ」
「はえ~あれ剣だったんですか」
「それはどういうことだね。もしかしてあれが旧教典に書かれていた【鳳凰】かね!?」
アリアよりカーマインの方が食いつきがいいのか、凄い形相でスカーレットに聞く。
「そうみたい、一羽にもなるみたいよ」
そうスカーレットが言うと、アロガンシア軍の頭上を飛んでいた金色と銀色の光が重なり緋色の鳥に変わる。
アロガンシア軍はさらに叫び声があがる。
「本当みたいだね……あれが【鳳凰】か……一柱をこの目で見られるとは……では七柱が存在する可能性は限りなく有るわけか……」
カーマインがぶつぶつと自分の中で考え込んでいるのか、思考して帰ってこない。
「カーマイン様の言う通り、ニクス教が昔に崇めていた一柱がここに顕現したわけですね……」
聖女の二人の護衛役がの一人が呟く。
護衛役はフードで顔を隠していたが、その中にシェリルとリウトガルドもいるようだ。
それに気が付いたスカーレットとエカルラトゥが互いを見つめあいながら笑う。
やがてヴァロアから指輪を奪ってきたのか、緋色の鳥がスカーレットの肩に留まる。
その嘴には指輪を咥えていた。
「少しだけ違うわね……欠損しているみたい」
そう言いながらスカーレットが指輪をはめると、金色の光が指輪を包み、欠損部分が修復されていく。
「もう何でもありね……」
呆れながら指輪を見つめていると、修復が完了したのか金色の光が無くなる。
しばらく指輪を見つめていたスカーレットが、何かを納得したのか頷く。
「どうやら指輪を他人にはめてあげると、その人と精神が入れ替わるみたい」
その言葉にエカルラトゥが何かに気付き、声を漏らす。
「ヴァロアがスカーレットの指に、その指輪を自らの手ではめようとしてた時に、俺がヴァロアを攻撃したんだ」
「結局ヴァロアがやろうとした事を、タイミング良くエカルラトゥが阻止したから、こんな状況になったって訳ね。じゃあ結果論だけどエカルラトゥに非は全くないわね」
スカーレットの言葉を聞いたエカルラトゥが、少しだけ笑い、覚悟したような顔で口を開く。
「……じゃあ俺はアロガンシアに宣言しに行く」
「じゃあ私はモデスティアに宣言するわね、でもお互い体を元にもどしましょうか。その方が他の人達も分かりやすいでしょ」
「でもどうすれば入れ替わる? また気絶すればいけるのか?」
「馬鹿ね、指輪をお互いにはめればいいのよ」
指輪を指から抜き、お互いに歩み寄り指輪を交換して、お互いの指に指輪をはめようとすると、ナタリーが言う。
「まるで結婚式みたいですね」
「私も思いました」
「そうですね……見ているとドキドキしますね」
「はい……新郎新婦が、指輪を交換する時みたいです。勿論その後は……」
アリアがナタリーの言葉を肯定し、追撃するようにフレイヤが恥ずかしそうに言い、さらにフローラが顔を真っ赤にしながら言う。
しどろもどろになりながらスカーレットが口を開く。
「まあ……一概に間違ってはいない……と言えなくもない……」
「うん……そうだ、国の名前はヴァーミリオン公国で良いよな?」
「ちょ! なんであんたはそんなに冷静なの?」
「色々あったが、落ち着く所に落ち着いたと思っているが……」
エカルラトゥの言葉に、その場にいる全員が驚愕して動きが止まる。
女性達が集まり、相談した後にアリアが聞き返してくる。
「ヴァーミリオン公国って何ですか?」
その他の女性達は、何も言わずに固唾をのんで待っている。
どうやらアリアを代表にして質疑応答をするみたいだ。
「私が、というかヴァーミリオン家がモデスティア王国に捨てられたから、じゃあ私達で国を作ろうってエカルラトゥが……」
もじもじしながら、頬を赤くしてスカーレットが言うが、姿はエカルラトゥなので、それが気持ち悪かったのかジェレミーが若干引いている。
女性達はそんな事を気にせずに、二人の話を聞いている。
「血筋的には問題ないだろ? それにスカーレットは民には愛されている。開拓や開墾、治水までやっていたんだ。ついてくる民は絶対にいる、と俺は思っている」
アリアが女性達の所に戻り話し合いが始まる。ジェレミーが少しだけ近づき、会話の内容を聞いている。
やがて意見がまとまったのか、再びアリアが尋ねてくる。
「どこに国を興すのですか?」
「ここだな、おあつらえ向きに屋敷も建っているし、ここは国境のど真ん中で、両国とも欲しくて牽制しあっていた場所だ。そんな地域なら貰ってもいいだろ」
「でも、両国が許さないんじゃ……」
「だから今から、奪い取る宣言をしにいくのよ」
そう言いながら、スカーレットとエカルラトゥが指輪をお互いにはめあう。
すると光に包まれ、しばらくすると光が収まっていく。
「あ~、入れ替わったみたいね」
スカーレットが発声練習をした後に、自分の体と指輪を見て頷く。
エカルラトゥも腕を回したりして、体をほぐし、自分の体なのを実感している。
「じゃあ、ちょっと行ってくるわね」
「俺も行ってくる」
そう二人が言いながら、スカーレットはモデスティア軍へ向かい、エカルラトゥはアロガンシア軍へと向かう。
いつの間にか別れた金色の鳥と銀色の鳥がそれぞれの肩に留まったまま向かって行く。
エカルラトゥが、アロガンシア軍の騒いでいる場所に近づくと、フェリクスがトリスタンと話している所だった。
「私と父上の精神が入れ替わり、おれは父上の部屋で拘束されていたのだ!」
「落ち着いてくださいフェリクス様!」
トリスタンがフェリクスを落ち着かせようとしているが、興奮しているフェリクスの叫びが周りの騎士や領主達に聞こえ、話し合っているのが見える。
なんとかフェリクスの声を塞ごうと、トリスタンが頑張っているが、何にせよフェリクスは鍛えているので、トリスタンを寄せ付けない。
「あ~って事は、トリスタンはヴァロアとフェリクスの精神が入れ替わっている事を知ってたわけか。しかもヴァロアは元の体へ戻って、フェリクス」
「さっきの鳥といい……私の邪魔をするのは誰だ!」
トリスタンが妙な事を言う人物に声を荒げながら向き直る。
エカルラトゥと目が合い、停止したトリスタンに向けてエカルラトゥが口を開く。
「逆賊扱いされているエカルラトゥだ!」
「こんな時にお前か! 皆、こいつを取り押さえろ!」
「キュ~」
トリスタンが指示した瞬間に、エカルラトゥの肩に留まっていた金色の鳥が鳴き、金色の炎がエカルラトゥを中心に、地面に広がっていく。
「なんだこれは! あっ、熱い!なんなんだ、おいエカルラトゥ! ぎゃぁぁー!」
トリスタンがぱたりと倒れる。
エカルラトゥを取り押さえようとした騎士や兵達も銀色の炎に焼かれて倒れる。
「あ~、この炎は俺達に敵意を持つ者を焼くらしい。いままでの闘気の炎とは違い、俺に何も敵意を持っていなければ熱くもないらしいが……」
エカルラトゥの説明を聞いた兵や騎士達が、動くのをやめる。
それを眺めていたフェリクスがエカルラトゥに聞く。
「何故こんな事になっているんだ? 入れ替わっている間、私の体で父上が行動した記憶が分からないのだ」
「少しだけ憶測になりますが、よろしいですか?」
「ああ、他の者に聞いても要領を得ないし、トリスタンは私の口を塞ごうと躍起だった。お前なら他の者よりもまともな事を聞かせてくれるだろうしな」
「どうやらヴァロア王は、ヴァーミリオン家のセリーナ様に横恋慕していたらしいです」
「知っている。入れ替わると記憶を見る事が出来る。父上がかなりセリーナという方に執着していたのは知っている」
「それが原因で、セリーナ様とスカーレットを手に入れようと、色々と画策した結果、こんな事になったんじゃないかと……今回の戦の落としどころが、ヴァーミリオン家を全員引き渡すという条件から見ても、それが当たりだと思っています」
「父上は欲しい女性を、強引に自分の物にしてきたが、唯一物に出来なかったのが、セリーナという方なのだが……一人の女性を手に入れるだけの事で、両国に歪を作り、モデスティア王国に攻め入ろうとした経緯を私は知っている。今回もそうだと言うのだな?」
「そうです。現にスカーレットと精神を入れ替わろうと、指輪をスカーレットの指にはめようとしていました」
「そうか……わたしも親善交流の会食前に父上と会ったのだが、その時に父上に指輪をはめてもらい、気が付くと精神が入れ替わっていたのだ。父上の記憶によると、親善交流の二日目あたりに指輪が金色に光り出し、不信に思った父上がその指輪をはめると、その効果がなんとなく分かったようだった」
「なるほど……もしかしたら入れ替わったスカーレットの体と精神に反応したのかも……」
そう言いながらエカルラトゥは指にはめている指輪を見る。
「そう、その指輪だ」
「これはニクス教に伝わる聖遺物の片割れです。そして俺の母の形見でもあります」
「そうだったな……所でエカルラトゥ、お前の肩に留まっている金色の鳥は何なんだ? 先ほどから気にはなっていたのだが……」
「この金色の鳥は、ニクス教に古くから伝わると言う、【鳳凰】の【ほう】です」
近くで聞いていた、エカルラトゥの言葉の意味が分かる者が金色の鳥に向けて祈りを捧げだす。
その光景を見ながら、神妙な顔で二人が見つめあう。
周囲では、エカルラトゥに敵意を向けた者が、叫び声を上げながら倒れる音が度々聞こえる。
「フェリクス兄上、俺とスカーレットはこの地に国を興します」
エカルラトゥとフェリクスの会話を聞いていた騎士や領主達が驚き騒ぎ出すが、肩に留まっている銀色の鳥が一鳴きすると、大人しくなる。
それでもエカルラトゥに近寄ろうとする者がいたが、直ぐに足元にある銀色の炎の火力が上がり、その者が焼かれ、次々と倒れていく。
そんな光景をフェリクスが眺めながら答える。
「そうか……大変だろうが、お前のやりたいようにやるが良い。私はアロガンシア王国の中に居ながら、国を捨て、心を閉ざしていた男だ。父上……いやあの鬼畜の記憶を見る事によって、私の頭の中にかかっていた霧は晴れてしまったがな……私の婚約者は……その鬼畜の手にかかっていたのだ!」
「それは一体どういう事ですか?」
「私の婚約者が盗賊に襲われたという話は嘘で……父上の手の者の仕業だったのだ……これから城に戻り、今度こそ本当の敵を討ち取ってみせる」
「それではアロガンシア王国が分裂します!」
「まだブリジットがいる。それに穏健派はまともな御仁が多い。他力本願だが、こうでもしないと私は生きていけないのだ!」
そう言い放つフェリクスに、エカルラトゥは何も言えない。
「ここに駐留している軍は撤退させる。モデスティア側でも同じ事を言っているのだろう?」
エカルラトゥとフェリクスが、モデスティア側を見ると、銀色の炎が煌めいているのが、遠くからでも分かる。
エカルラトゥは苦笑いを浮かべながら、フェリクスに向き直る。
「一つ聞いておこう。その国の名はもう決まっているのか?」
「ヴァーミリオン公国です。モデスティア王国がヴァーミリオン家を捨てましたので……」
「そうか……何処も色々とあるのだな……では、皆の者撤収するぞ!」
集まっていた領主達の中から、撤収の言葉に異議を唱える声が聞こえる。
「ヴァロア王の命令では……」
「言っておくが、父上の所業は色々な所まで手が及んでいる。この中でも被害を受けていた者が居る事を私は知っている。父上は女狂いだ。一人の女性の為に平気で戦争をするような男に、お前たちは従うつもりか?」
「……」
フェリクスの言葉を理解したのか、騎士や領主達が自分の兵がいる場所に戻り撤退を始める。
それを見ながら、フェリクスが呟く。
「モデスティア王国との争いが、王が一人の女性を奪取する為に行っていた、という事実はアロガンシア王国を苦しめるな……」
「そうかもしれない……」
「お前も達者でな。もう会う事も無いかもしれないが、な」
「出奔する気ですか?」
「……ああ、こんな記憶を抱えて、アロガンシア王国には住めない」
「なら、俺達と一緒に……」
最後まで言い切る前に、フェリクスが言う。
「気持ちだけ受け取っておく。ではさらばだ、弟よ」
フェリクスは馬にまたがり、撤退していくアロガンシア軍の後を追う。
そんなフェリクスが見えなくなるまで、エカルラトゥは見つめていた。
次が最終話になります、投稿は明日の予定です。




