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第二十四話㋓ オリバー王子とヘクター団長

 モデスティア国境会館に入ると、仁王立ちした王都騎士団副団長のエリオット・バイロンが立っていた。

 たしかスカーレットが模擬戦した人か……。

 と、エリオットの事を考えていると、エリオットがスカーレットに近づかれるとびくついている絵が頭に浮かぶ。

 仁王立ちして、憤怒の顔でこちらを見据えているが、足が若干震えているのが見て取れる。


「スカーレット様、なぜお見合い相手のフェリクス殿を襲ったのですかな?」


「あ~……」


 事実を話すにしても、誰にでも話していい事じゃない気がする。

 それにエリオットはスカーレットの事が苦手だと思うし……。


 俺が逡巡していると、後ろにいたカーマインが前に出てくる。

 それを見たエリオットが顔を引きつらせながら一歩下がる。

 カーマインも苦手なのか……。


「エリオット殿、アンジェリカ姫はどちらにいかれましたか?」


「……オリバー殿下がいる陣まで避難してもらいました。リオン殿も一緒です」


「ではここの責任者はエリオット殿が受け持っているのですか?」


「……はい」


 カーマインが少し考えてからエリオットに言う。


「我々は、殿下に事の経緯を説明する為に本陣に向かいますので、ここをお願いします」


「……わかりました」


 すごく不満そうな顔をしている。

 カーマインは全く気にせず笑顔でエリオットを見ている。

 

 空気が悪いので、直ぐに外に出るといつの間にかナタリーが馬車を準備していた。


「ありがとう、ナタリー」


 こちらをみてにっこり笑う。

 どうやら御者も出来るようだ。当然と言えば当然か。

 

 カーマインと一緒に馬車に乗り込み。

 モデスティア王国側の国境砦へと向かう。


「さきほどはありがとうございます」


「エリオット殿はスカーレットの事を毛嫌いしているから、話しても拗れるだけだからね」


「……カーマイン様も、ですよね?」


「ああ……少し色々とあってね」


 笑いながら答えてくれる……少しだけエリオットに同情する。


「あっ、そういえばオリバー殿下がここに来ているのですか?」


「実はね……このお見合いパーティーでアロガンシア王国が何かしてくるかもって事で、国境砦に王都騎士団と魔法士団を駐留させていたんだよ」


「え……」


 スカーレットには知らされていないのか、記憶にはない。

 

「さすがにもろ手を挙げて、アロガンシア王国は信じられないからね」


「確かに親善交流で国交断絶してもいいくらいの事をアロガンシア王国はしましたからね……」


「そうそう、あの騒ぎのお陰で、魔法学院の学長のシェリル女史が退職してザインに行っちゃったりと、マイナス面もあるからね」


「あ~でもフレイヤやフローラは喜んだでしょうね」


「まあ悪い事では無いけど、国益を考えると優秀な魔法使いが出奔しちゃったのは痛いよ」


「すみません……」


 謝る俺をみてカーマインがニヤニヤしている。

 この態度さえなければ良い人なんだが……。


 馬車が止まるので窓から外を見ると、国境砦ではない場所に止まっていた。

 

「お嬢様、ここに陣が敷かれています」


 扉を開けながらナタリーがここで止まった理由を言う。

 外に出てみると、天幕が数カ所に張られているのが見える。

 兵の数はかなり少ない、騎士団と数の少ない魔法士団と少数の兵だけみたいだ。


 カーマインが近くに居る騎士に、オリバーが居る天幕に案内させる。

 しばらく天幕の近くで待っていると、中から王都騎士団団長ヘクター・ボークラークが現れる。

 エリオットより若く、かなり美形の男だが、技量はエリオットより上なのがわかる。


 ヘクターが俺を懐疑的な目で観察してくる。


「君が、暴虐の赤と言われるエカルラトゥ・ルージュなのかね?」


「そうです」


 俺の返答を聞くが、目を細めながら言う。


「アンジェリカ姫に、エカルラトゥ殿がご自身がスカーレットだと言っていたらしいが……にわかに信じられんな、責任逃れでそんな事を言っているのじゃないのか?」


「だとしたら、私がエカルラトゥだと公言しないと意味が無いかと」


「そこだけが分からない……まあいい、私は武人だ。エカルラトゥだと言い張るなら、魔法無しで私に勝ってみろ」


 そう言いながら手を上げると、横に控えていた騎士が剣を投げてくる。

 その剣を受け取り、動きやすいようにスカートを膝くらいで斬り、袖も邪魔なので捥ぐ。


 ヘクターの眉がピクリと動き、見ている数人の騎士が驚く声を上げる。

 淑女がやる事じゃないのは知っているが、ドレスじゃ動き辛いから仕方が無い。

 準備が整い、闘気の炎を纏い剣を構えると、ヘクターがこちらの下から上に向けて舐めるように見ながら言う。


「ふむ、それが暴虐の赤と言われる炎……か!」


 喋っている途中で仕掛けてきたが、剣を構えた時点でこちらは準備が完了していたので剣でいなす。

 いなした流れで剣を斬り上げるが、こちらの剣の軌道が見えているのか最小限のバックステップで回避する。

 

 死に体になった俺に向けて、ヘクターも斬り上げてくるので、大きく後ろに下がる。

 直ぐには追撃してこずにしゃべり出す。

 

「思った以上に速い……な!」


 また言い終わる前にこちらに向けて突進しながら、突きを放ってくる。

 体を左側に潜り込ませながら、ヘクターの突きを、腕を上げ剣先を斜め右下に向けながら右側に受け流し、その流れで剣を回転させ、逆袈裟で斬りつける。

 だが、ヘクターの突きが途中で薙ぎ払いに変わり、こちらが変化させた逆袈裟の軌道から逃げるように動く。

 まるで時計回りに二人で回る様に動く。


「くぅっ!」


 逆袈裟斬りをしている最中に柄を自分の体に引き込みながら体も右回転させ、ヘクターの薙ぎ払いを柄で受け止める。

 一歩間違えば、柄を持っている手が斬られるが、こうなっては仕方が無い。

 柄で剣を受け止めた状態で、全力でヘクター側に押し込み、剣を動かせないようにしながら、弾き飛ばす。


「むぅ……この膂力……その華奢な体でこれほどとは……普通の闘気では無いと言う事か」


 ヘクターが後ろに大きく下がり、一度剣を降ろしこちらを分析してくる。

 当然闘気と専用身体強化魔法を併用している。

 自分の体なら闘気だけでもいいが、さすがにスカーレットの体では、闘気だけじゃ少しもの足りない。


 隙があるようでない、剣を降ろした状態のヘクターを前に、呼吸を整え、剣を構える。

 ヘクターもこちらに近づきながら、ゆっくりと剣を構えていく。


 ヘクターの剣先が止まる。そこはこちらの剣先とヘクター剣先が少し重なった瞬間にヘクターが動く。

 こちらの剣先を剣で押し下げ、その勢いのままこちらに踏み込み、剣を回転させて上段斬りに変化させる。

 それを半歩後ろに下がりながら剣を振り上げる勢いで弾き流し、ヘクターの剣の軌道を逸らした後に半歩踏み込み、ヘクターの頭にこちらの剣が当たる瞬間に止める。


「まさかスカーレットに剣で負けるとは……いや、まさしくエカルラトゥ殿というわけか……」


 ヘクターが剣を腰にある鞘に収めながら呟く。

 見学していた騎士が驚きながら呟いている。


「剣技のみで団長に勝つなんて……」


「さすがアロガンシア王国の剣技と異能だね」


 カーマインが目をギラギラさせながらこちらを見ている。

 さすがスカーレットの血が繋がっているだけはある、気になる事に興味津々だ。

 

「やはり本物みたいです。オリバー殿下」


 ヘクターが離れた場所にいる騎士に向けて声をかける。

 そちらに顔を向けると、鎧を着込んだオリバーがそこにいた。

 奥にある天幕にいるわけではなかったみたいだ。


「なら、貴女はスカーレットじゃなく、近衛騎士エカルラトゥ・ルージュ殿という事ですか……」


「はい……」


 片膝を突いて、オリバーに顔を向けると驚いているのが分かる。

 少し肩ぐるしい態度かもしれないが、アロガンシアでは普通だ。

 

「フェリクスを攻撃した経緯を説明します。フェリクス殿下の精神がアロガンシア王であるヴァロア・オルレアンだと会話中にわかりました」


「……信じがたいが、目の前に立証されているから、否定できないね」

 

 オリバーが苦笑いしながら言う。


「私に精神の入れ替わりがばれた事を知ると……母を貶める事を口にし……見え見えの煽りに踊ってしまいました……」


「経緯は分かったよ、言っている事が事実だとしても、戦争を起こすための虚偽だとしても、今の現状は何も変わらない。貴公には責任が生まれている」


「……はい、その通りです」


 色々と大変な思いをしながら掴んだ平和だが、俺の手で壊した責任は重いと思っている。

 今までも色々と救ってきた、という思いはあるが、誰も知らなければ何の意味もないし、言い訳なんて言える筈が無い。


「このままでは、アロガンシア王国にこちらを攻める大義名分を与えた間者としか見えない。それに親善交流の時から情報がアロガンシア王国に筒抜けだった事も問題だね」


「いえ、スカーレットは平和の為に……」


「そこは問題じゃない。親善交流はあれだけ色々あったから、スカーレットがアロガンシア王国の人間と通じていた事実が問題なんだよ。どう言いつくろっても間者だね」


「……」


 親善交流時に色々な事が起こったが、その中で情報交換していたとあれば、事件の関与も疑われるだろうし、何より信用が無くなる。

 スカーレットの事は知っていても、俺の事は知らない。

 しかも男と女だ、下品な事を考えれば、色々ある事ない事を口にするだろうし、何も良い事が無い。


「今は他の領主の兵を招集している。エカルラトゥ殿には関係は無いかもしれないが、ヴァーミリオン公にも兵を率いてくるように厳命してある。もし今回の汚名を返上したいのであれば、明日、前線にて戦うように厳命する」


「……わかりました……」


 俺が撒いた種だ、そうとしか言えない。


「アロガンシア王国も軍を招集しているらしいから、明日になれば対峙する事になると思う。本当に争うのかはその時次第だね。だから明日までは自由にしていいよ。準備もあるだろうしね」


 こちらの太ももあたりを見ながら言う。

 そういえばスカートでしかも膝下らへんで切ったのに、片膝ついたら色々と露出してしまっていたのか。

 これはまずいと急いで立つと、周りにいた騎士達が残念そうな声を上げる。


 見られたことをスカーレットにばれたら、ここにいる連中全員お仕置きされそうだ。 

 後ろにいたナタリーを見ると、冷たい目でこちらを見てくる。これは不可抗力だと全力で言いたい。

 ひとまずこの服装をどうにかしないと……。


「一度、国境会館に戻ります。スカーレットとも連絡を取りたいと思うので……」


「本物の、スカーレット……は、いま、どこに?」


 オリバーが急にどもりだした。

 そういえばスカーレットの記憶では、オリバーはスカーレットが苦手そうだった。 

 

「アロガンシア王国がどう動くのか知りたいと、逃げたヴァロア王を追っていきました」


「さすがスカーレットだな、軍が相手でもいつも通りの行動力……」


「……」


 ヘクターがスカーレットを称賛しているが、オリバーは少し震えている気がする。

 どんだけスカーレットの事が怖いのか……それはスカーレットの記憶にある。

 

 子供の頃にエルドレッドがスカーレットを連れて、登城した時に中庭でオリバーと出会った。

 そのまま一緒に遊ぶ事になり、オリバーがスカーレットをからかった時にオリバーを燃やしたからだ。

 気になる子だからそんな事をしたんじゃないかと思うが、報復としてはやりすぎだ。

 大人でもトラウマになるのだ、子供ならなおさらだ。


 良く考えると、精神が入れ替わっている事を確認してから、俺の前に現れたのはトラウマが原因なのだろうか……。


「では失礼します」


 オリバーとヘクターに軽く会釈をして馬車へと戻る。


「私は後でそちらに向かうよ。ここでちょっとやる事があるから」


「わかりました、俺達は先に行っています」


 カーマインはここに残るみたいだ。

 ナタリーは御者台に乗り、俺は馬車に乗り込む。

 一緒に御者台に乗りたいが、見た感じ狭いので止めた。


 国境会館に着き、屋敷に入ると、ロビーにエリオットがいる。

 こちらに気付き、素早くこちらに近づき唾を吐きそうな勢いで言う。


「何故自由に動いている!?」


「明日まで戦う準備の為に自由に動いていいと言われています」


「むぅ……しかしその恰好は……」


 悔しそうな顔をしながら、こちらを舐めるように見てくる、男ってアホだな……。


「少々色々ありまして……早く着替えたいので、部屋に戻ります」


「……」


 無言でこちらを睨んでくるので、溜息を吐きながら自分の部屋に戻る。

 ナタリーが服を選んでいる最中に、苦言を言ってくる。


「エカルラトゥ様は、もう少し着ている服の事を考えて行動するべきでしたね」


「誰も指摘しないから何も無いと思っていたんだ……」


「当然です。だいたいの方はアピールだと思い、愛でるものです」


「たしかに……」


 スリットの入ったスカート履いたり、胸を強調した服を着たり、所作でアピールしている女性は多い。

 淑女としてどうかと思うが、社交界にもアピールの激しい女性はちょこちょこいる。


 普通の服に着替え、ナタリーの淹れてくれた紅茶で心を落ち着かせる。


「俺は……スカーレットにどう詫びればいいんだ……」


 落ち着いたお陰で、スカーレットに対して罪悪感が沸き上がってくる。

 体を動かしていた方がまだましだった。


「エカルラトゥ様、あまり気になさっても仕方がありませんよ……」


 ナタリーが慰めの言葉を口にしてくれる。


「だとしてもだ……感情で動くのは駄目だと戒めたつもりだったがこのありさまだ……」


「人の心は、自分自身でも操れないものです。私も同じように感情を制御出来ない事はありますよ」


「……ありがとう、ナタリー」


 弱音を吐いても起きた事実は無くならない。

 スカーレットに誠意を見せるしか無い。


 しばらくどう行動するか考えていると、カーマインが部屋に尋ねてくる。


「国境会館は、今から私が仕切る事になったよ。エリオット殿だといろいろやっかいだろうしね」


「では、魔法士団がここを防衛するのですか?」


「そういうことになったよ。エリオット殿も喜んでくれたみたいだしね。あとヴァーミリオン家の従者に、スカーレットと合同会館で待ち合わせるように言伝を頼んだから、今から行こうか」


 本当に喜んでいたのだろうか……。

 ここは前線と言ってもいいから、後方に行けるならその方が安全だが、騎士としては微妙な所だ。




 カーマインとナタリーと共に合同会館に向かう。

 会場に入りあたりを見回すが、出た時と何も変わっていない。

 しばらく待っていると、ヴァロアが空けた穴からスカーレットとアリアとヴァーミリオン家の執事キースが入ってくる。


 スカーレットがこちらに近づいた時に意を決して土下座をする。

 

「ちょっ! 私の体で何してんのよ!」


「せずにいられないんだ! すまない……」


 スカーレットに体を抱き起される。

 軽々抱えられ少しだけ悲しくなるが、そんな事よりスカーレットへの罪悪感の方が強い。


「なんでこんな事に?」


 俺の落ち込みようを気にしたのか、スカーレットがナタリーに尋ねる。


「オリバー殿下はスカーレット様とエカルラトゥ様の精神が入れ替わっていた話をアンジェリカ様から聞いたのか、スカーレット様をアロガンシア王国の間者と認定されました」


「……概ね間違っていないけど、アロガンシア王国に与してたわけじゃなく、エカルラトゥと穏健派に与してたのは確かね」


 スカーレットが内容を気にもせず肯定する。

 だが、問題はこの後だ、ナタリーに話させるわけにはいかないと口を開く。


「もし汚名を返上したいのであれば、先陣を切って戦えと……」


 何とか声を出せたが、スカーレットの声だからなのか、悲壮感が込められているのが自分でも良くわかる。


「それも親善交流時にリオン達に、私が啖呵きった言葉だから、別に何とも思わないわね」


 スカーレットにそう言われ、親善交流時にリオンに啖呵をきっている映像が頭に浮かぶ。

 既に一度、責任を取ると公言していたのか……。

 

「……怒っていないのか? 俺が原因で戦争が始まりかけていて、しかもスカーレットが先陣を切らないと国に戻れないんだぞ?」


「一度覚悟していた事だし、驚きはしたけど怒りはしないかな」


 スカーレットが何事も無いような顔で告げてくる。


「だから言ったじゃないですか……そんなに悲観しないでくださいと……」


 ナタリーが溜息を吐き、俺の肩に手を置きながらやさしく語りかけてくる。


「いや、だって……こんな事……俺を慰めようとしているだけかと……」


 罪悪感で心が苦しかったが、蓋を開けてみるとスカーレットは全然気にしていない。

 入れ替わりの件が、周りにばれた場合に起きる事を覚悟していたスカーレットと、軽く考えていた俺の違いだ。


 俺は国を捨てる覚悟はしていたが、スカーレットに捨てさせる覚悟はしていなかった。

 スカーレットは俺に国を捨てさせる覚悟をしていたのかもしれない……そう考えると不甲斐ない自分自身を殴りたくなる。 


「それでこれからどうするんだい?」


 俺が考え込んでいるのを見て、カーマインとスカーレットが話し合いを再開する。


「モデスティアの国境会館は人が残っているの?」


「魔法士団が防備を固めているよ。当然国より私に仕えている者だけでだがね。あと料理人や使用人も残っている。あそこはセーフティセクションがあるから下手に逃げ回るよりかは安全だからね」


「それなら良いわね……キース、父様も兵を引いてきているのよね?」


 スカーレットがキースに向き直る。

 

「はい、遺憾ながらスカーレット様の件で前線に布陣させられる事になっています」


「なら好都合ね……私が戦う所を見る為に、国境会館の横に布陣しなさい、と伝えて……父さまでも、オリバー殿下どちらでもいいわよ」


「よろしいのですか?」


「ええ、派手に戦ってやるわ」


 スカーレットとキースが少し見つめあった後、キースはナタリーに向き直り肩を掴む。


「ナタリー、スカーレット様の事を頼んだぞ」


「はい、お父様」


 キースはナタリーの父親だったのか……確かに思い浮かべると分かるが、一番に出てくる情報は執事長だったから深く考えなかった。

 そんな事より、スカーレットが派手に戦うつもりみたいだ。


「アロガンシアの軍と戦うのか?」


「少し違うわね……明日になったら教えてあげるから取りあえず、お互いの国境会館に帰りましょうか。モデスティア王国軍は今夜攻めてこないだろうけど、アロガンシア王国軍は兵の招集が終わり次第攻めてくると思うのよね。

だから明日になるまで動かない様に、ちょっと色々と仕掛けをしたいから」


「……わかった」


 スカーレットには何か考えがあるようだが、何もかもまかせっきりなのが辛い。

 だからと言って俺に考えがあるわけでもない。


 今、俺が考えられる解決方法はフェリクスを元に戻し、王を糾弾する方法だ。

 そうするとアロガンシア軍と戦うしか選択肢は無い。


「あまり深く考えないでよね、私の体なんだからちゃんと食事もするのよ?」


 考え込んでいるのを心配したのか、スカーレットがそんな事を言ってくる。


「お嬢様、私が責任をもって食べさせます」


「ありがとう、ナタリー」


「そんな子供扱いしないでくれよ……」


 なんだかすごい悲しい気分になってくる。

 そんな俺の首元を見て思い出したのか胸元を指差しながら言う。


「そうだ、首飾りにスタールビー取り付けているから、二個貰うわね」


 自分の胸元を見ると、着替えたのに首飾りをしたままだ。

 ナタリーが何かあった時用にそのままにしていたみたいだ。

 スタールビーを取り外し、スカーレットに渡すと、アリアに向き直る。


「アリアは仕掛けをみたいでしょ?」


「はい!」


「じゃあ行くわ、また明日ね」


 スカーレットは今の状況を何も悲観していないかのように、わくわくした顔で手を振ってくるので手を振り返す。

 そのまま穴から会場を出ていく。


 取りあえず国境会館の部屋に戻り、再度頭を整理する為に紅茶を飲む。

 いつも紅茶を飲んで心を落ち着かせているな、とどうでも良い事が浮かぶ。


「エカルラトゥ様、実は……こんな事もあろうかと、お嬢様が用意していた物があるのです」


 ナタリーがそう言いながら、侍女部屋に向かい、しばらくすると二振りの剣を持ってくる。

 一つは長剣でもう一つは細剣、レイピアのようだ。


「それは?」


「これはお嬢様が親善交流から帰ってくると、ヴァーミリオン家の馴染みの鍛冶屋の方と一緒に作られた。エンチャントされた剣です」


「エンチャットした剣か……スカーレットにはいらないように思えるが……」


「これはミスリルを、お嬢様の魔力の火を使って打った剣です。この長剣はエカルラトゥ様に差し上げるつもりで作ったそうですよ」


 剣を見ながら思い浮かべると、確かにスカーレットが鍛冶屋の男と一緒に試行錯誤している映像が頭に浮かぶ。

 ナタリーが長剣を差し伸べてくるので受け取ると、ほのかに魔力を感じる。

 剣の鍔の部分にサファイア……よく見ると奥に輝きが見える。


「スターサファイアか……」


「はい、エカルラトゥ様は火の次に水に親和性があると、お嬢様が仰っていたので」


「そっちのレイピアはまた違うのか?」


「こちらはスターエメラルドです。お嬢様は風ですね」


「いったいこの剣だけでいくらかかったんだ……」


 そう言いながら二振りの剣を持つと、剣が仄かに光り出す。

 レイピアは銀色に、長剣は金色に薄く光っている。


「これってどういこと? そいう機能がついているとか?」


「私にもわかりません……使用感を試している時も、光ることはしませんでしたが……」


 ナタリーに言われて、二振りの剣について考えてみるが、試行錯誤して作った事と、レイピアの使用感を試しているスカーレットしか思い浮かばない。

 かなり時間も手間もかかった剣だ。


 試しにレイピアを鞘から抜き、スカーレットの体に身を任せ魔力を通すと、薄っすらと白い炎が剣を包む。

 レイピアを鞘に戻すと消える。

 長剣に持ち替え、同じように魔力を通すと、こんどは薄っすらと黄色い炎が剣を包見込む。


 それを見ているナタリーが困惑しながらレイピアを持ち、鞘から抜く。


「私では光りませんね……やはりエカルラトゥ様に反応しているのでしょうか……」


「同じような体質が原因なのかもしれない。スカーレットの魔力を使って、魔力と親和性の高いミスリルを加工したのだ、何か関係があるかも」


 あーだこーだと話してみたが、意味がないので止めた。

 それよりも使ってみたいという気持ちが勝る。


 バルコニーに出て、スカーレット用のレイピアを抜いて魔力を通す。

 白い炎が淡く剣を包み込む、かなり綺麗だ。

 風魔法も普通に使えるスカーレットにこれは必要なのだろうか……。


 レイピアを魔力の流れに身を任せながら突きを放つと、火が渦を巻きながら突き進んでいく。

 魔法を使用する為に必要な手順を無視して、感覚的に使えるみたいだ。 


「これ……危なくないか?」


「……そうですね、でも、剣や魔法も危険には変わりませんから、同じような物ですよ」


「使う人次第か……」


 なおさら危ない気がするが、口には出せない。

 取りあえずこれを使うのは止めよう、何が出来るかを考えると怖い。


 部屋に戻り、スカーレットが何と戦うのかを考える。

 アロガンシア軍とは少し違うと言っていたが、どういう意味なんだろう。

 色々と考え込んでいると、いつの間にか食事の準備がされており、ナタリーがこちらを見ている。


「大丈夫だよ。もう落ち込むのは止めたから……」


 ナタリーが何も言わずに微笑んでくれる。

 結局俺は、二人に救われてばかりなんだな、と自嘲しながら食事をする。


 スカーレットが何を考えているのかは分からないが、この二人が無事であれば俺は何だって出来る気がする。

タイミング良く精神が入れ替わる俺~近衛騎士エカルラトゥ編~


第二十四話㋓ オリバー王子とヘクター団長 終了です

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