第二十一話㋓ ザインへの帰り道
「俺達だけ一日遅れでザインへ帰還か……」
「まあいいじゃないですか、スカーレット様の両親とカーマイン様にまた会えましたし」
それを良い事だと言い切るのはアリアだけだ。
俺からすると、真綿で首を締められるようなものだった。
本当にスカーレットは大丈夫なのか、と小声で聞かれ、「大丈夫です」としか答えようが無い。
今回の俺の事件は、ギデオンが俺の出生と立ち位置が邪魔になったゆえの暴走と言う事になった。
だからと言って、親善交流の場で俺を毒殺するのは、モデスティア王国への敵対行動とも言えるはずだったのだが、モデスティア王国は何も言わなかった。
その理由は後にフレイヤから聞いた。
どうやらスカーレットのお陰で、ギデオンが廃嫡されたらしい。
今回の首謀者が捕らえられたことは、モデスティア王家にも報告したらしく、それを加味して今回の事件はアロガンシア王国内での揉め事として処理された。
変に拗れなくて良かったと思う。そもそもは俺の油断が原因とも言える、もし関係が拗れていたらと思うと後悔しか残らなかっただろう。
「モデスティア王家の懐が広くて助かった」
「そうですね、スカーレット様がアロガンシア王国で第二王子ギデオン様と揉めた件を話すべきなのか、とかなり迷いましたが、報告して良かったと思います」
俺の呟きにフレイヤが答える。
今はモデスティア王国から、馬車に乗ってザインへと行く途中だ。
フィル達は先にザインへと向かったが、俺は体調の関係で一日遅れで向かっている。
フレイヤも俺と同じタイミングで出立したが、一人だと寂しいと言う事で、こちらの馬車に乗りこんでいる。
俺を看病する過程で、アリアとフレイヤが仲良くなったのが原因だ。
なんだかんだで、今回の親善交流をまともに交流していたのは、侍女役として参加していたアリアだと思う。
俺もこの国に来るまでは、交流したり、魔法技術を吸収するぞ、という意気込みがあったのだがモデスティア王国の魔法の凄さを目の当たりにして尻込みしてしまった。
そもそも理解を超えすぎて訳がわからなかった。
「そういえばエカルラトゥ様は、またスカーレット様と会えませんね」
アリアがそんな事を言う。
本来なら、親善交流が無事終わった事を祝して、ザインでささやかな交流のパーティーが開かれる予定だったが、今回の毒事件のせいで中止になったからだ。
それに俺自身が毒に侵され、二日遅れで着くのも理由の一つだろう。
「会ってはいないが、スカーレットの事は知っているから……」
「強がりにしか聞こえませんよね、フレイヤ様」
「そうですね……あっ! スカーレット様が出発したタイミングから考えると、もうすぐ馬車とすれ違うと思いますよ」
フローラと記憶の共有から逆算したらしく、そんな事を言う。
それを聞いたアリアが少しそわそわしだす。
「では、馬車を止めてお会いになります?」
「そこまでする事じゃないんじゃないか? それに……」
少し恥ずかしい、という言葉を飲み込んでしまう。
「それに?」
俺が言葉を濁した部分を、アリアがニヤニヤしながら続きを促してくる。
「それに……他の親善大使達の馬車が近くに居た場合、また揉め事かと警戒されるだろう?」
「……そうですね」
アリアが残念そうに賛同する。
咄嗟に出てきた理由だったが、的を射ていたみたいだ。
今回の親善交流は、徹頭徹尾、アロガンシア王国側の動きが目に余るものだった。
全てを知っているのは、俺とスカーレットだけで、次点で聖女フレイヤとフローラだ。
そんな国を背負っている俺達が、トラブルメーカーであるスカーレットに接触したとなれば、警戒されない訳が無い。
リオンあたりが見たら、すっ飛んでくること間違いない。
「結局、今回もスカーレットとは縁が無かったという訳か……」
「今後は商人達の取引が活発になると思いますから、そこからいい関係になると信じましょう」
アリアがちから強く言う。
そうかもしれないが、スカーレットも妙齢の女性だ、いい加減縁談も舞い込んでくるだろう。
時間が立てばたつほど、会いたくても会えない状況になっている可能性は高い。
「どうやら今、モデスティア王国の親善大使達とすれ違っているみたいですよ」
フローラが窓の外を見ながら言う。
それを聞いたアリアも一緒に窓の外を見る。
「エカルラトゥ様は見ないのですか?」
「いや、馬車を見ても意味ないだろ……」
「え~でもこう感じるものがあるじゃないですか、それにヴァーミリオン家の馬車ですよ?」
「見ても意味無い……あれ……」
アリアの言う通りに何かを感じる。
なんだろう、毒で倒れていた時の感覚と同じように、心が温かくなってくる。
もしかしたら俺は、スカーレットに救われたのだろうか……。
キャンベル家の時には魔力を受け渡せたのだ、何かしらあったような気がする。
俺は馬車の中で立ち上がると、アリアとフレイヤが見ている窓の外を後ろから眺める。
ヴァーミリオン家の紋章の入った馬車が近づいてきたのか、アリアとフローラがはしゃぎだす。
すれ違う瞬間に、スカーレットとナタリーがこちらを見ているのが見え、俺と目が合った。
「向こうも分かっていたみたいです」
アリアがこちらを見ながら言う。
どうしたいのだろうか、最近のアリアの行動が読めない。
スカーレットの事が好きだと言っていたはずなんだが、少し思考が変わったのだろうか。
「……そうだな」
「不思議な関係ですね……」
フレイヤがそんな事を呟く。
確かに俺達に接点が無い、国も違えば性別も違う、なのに精神の入れ替わりなんて事が起きている。
そうだ、入れ替わりや俺の異能について、ニクス教の旧教典を読んでみては、とカーマインに言われていた事を忘れていた。
「フレイヤに頼みがあるのだが……」
「なんでしょう?」
「ニクス教の旧教典を読ませてもらえないだろうか」
「それなんですけど……すでにスカーレット様が読んでいらっしゃいますよ」
「あ~、そうか……俺の記憶からカーマインとの会話を見たのか……」
「一部が古代文字で書かれているらしいので、読むのは難しいですよ。それに誓約しないと読めませんから少しリスクもありますし……」
「……いや、スカーレットが読んだのであれば、俺が読む必要は無いかもしれない」
「そうだと私達も助かります。手続きが色々と大変なので……」
どうやらスカーレットに見せる為の手続きが大変だったみたいだ。
アリアが俺達の会話を聞きながら、目をキラキラさせたり、がっかりしたりしていた。読んでみたかったのかもしれない。
ザインへと到着し、前回と同じ部屋に案内される。
部屋の中でアリアと一緒に、ヴァーミリオン家の高級紅茶でまったりしていると、部屋にフィルが訪ねてきた。
フィルは神妙な面持ちで口を開く。
「リウトガルド団長の事は……知っているのか?」
「ああ……」
「では、団長に会いに行かないか?」
フィルは少しだけ苦しそうな顔をしている。
何かあるのかもしれない。
「分かった。アリアも行くだろう?」
「はい、当然です」
アリアもこのまま合わずに別れるのは納得できていないのか、微妙な顔をしながら答える。
ザインへと向かう道中にアリアには、アロガンシア王国の最終日に起きた事を、フレイヤから聞かされていた。
すでに親善交流も終わり、聖女が二人いる事実が明るみになるので、誓約範囲外になったらしい。
いまいちよく分からないが、フレイヤが良いと言うのだから間違いない。
フィルに連れられて、神殿へと向かうと、白い装束を着込んだリウトガルド団長が、聖女フィーの像に向けて祈りを捧げていた。
「団長」
「……フィルか、それとエカルラトゥとアリアもか……」
フィルの呼ぶ声に反応して、祈りをやめてこちらを向く。
その顔には、西の塔で見た時のような迷いは無いように思える。
「申し訳ありません! 俺が……俺がギデオンに報告したばかりに!」
フィルがリウトガルドに突然土下座をしながら言う。
もしかしたら俺達にも頭を下げているのかもしれない。
「フィル……良いんだ、頭を上げてくれ、俺が巻いた種なんだ。お前が報告しなくてもいずれ見つかっていただろう。それにお前もギデオンに脅されていたのだろう?」
そう言いながら、フィルを立ち上がらせる。
どうやらザインの情報を売っていたのは、フィルだったみたいだ。
立ち上がったフィルは、少し震えていた。
「ここまで自分の子供に真摯に向き合わなかった。これは俺への罰なんだ。今はそう思っている」
リウトガルドはアリアに向き直る。
「アリア、すまなかった……俺はお前に自分の娘を重ねて見ていた……自分の血を分けた子供を見ずにだ……こんな俺に人を攻める権利などない」
「私は別に……でもこのままでよろしいのですか?」
「いいんだ、俺はここで子供を放置した罪を償うつもりだ。例え自分に子供が居ると知るのが遅かったとしてもだ……むしろお前達に迷惑をかけてしまうな」
「そんなの良いです……全てギデオン……いえ、アロガンシア王国の在り方の問題です」
「そうか……そうだな……」
リウトガルドが悲しそうな顔で返事をする。
やはり半生を過ごしてきた国を貶められると、それはそれで悲しいようだ。
「エカルラトゥ……お前には色々と泣かされたが……」
「なんで俺だけ説教なんですか!」
しんみりしていた雰囲気が、いきなり説教空間に変わった。
「自覚無いのか? 最近は良く動ていくれていたとは思うが、以前のお前は酷かったぞ」
「すみません……」
そう言われるとそうだな、最終的に俺の不始末はリウトガルドとジェレミーが被っていた気がする。
今考えると恥ずかしいな……。
「だが、今回お前が助けてくれたような気もしている。紅蓮の魔女のあの雰囲気、お前に……いやそんな分けないな……」
リウトガルドがそんな事を言う。
フィルは意味が分からなそうだが、アリアは感づいているのかニマニマしながら俺を見ている。
最後は笑顔で別れられそうだ。俺が最後で良かったのかもしれない。
「俺はここでお前らが幸せになる様に祈っている。俺には出来なかったが、頑張って良い国に導いてほしい」
「「「はい!」」」
リウトガルドとの別れを終わらせて、アリアと共に部屋に戻る。
自殺未遂をしていたと聞いたが、どうやら大丈夫そうで安心した。
身動きが取れ無くなれば、誰かの為なら死すら厭わないその考えには賛同出来るが、せめて抗って死にたいと俺は思う。
だがそれは、俺に家族が居ないから、身を捨てる事が出来るだけかもしれない。
誰かを守る、という事は想像以上に難しいのだろう。
部屋に戻ると、相変わらず高級紅茶を飲みながら思索にふける。
ヴァーミリオン家の紅茶は、かなりの量を頂いたので、今は気にせず飲もうとアリアと決めた。
必要になれば、商人でも雇って、ヴァーミリオン領が普通に売っている紅茶なら買えそうだからだ。
そんな中、アリアがぼそりと俺に話しかけてくる。
「エカルラトゥ様、帰ったらどう動きます?」
抽象的な質問だが、聞きたい事はなんとなく分かる。
リウトガルドとの会話で、アロガンシア王国を良い国へと変えるにはどう動けばいいのか、と考えているのだと思う。
「そうだな……アンジェリカ姫との縁談の事を、もう一度考えたいと思う」
あの時は、話の流れで否定したが、流れで決める事じゃなかったと思う。
もし俺が婿としてアンジェリカ姫と一緒になったとして、どう動けるのか考え直してから答えを出すべきだ。
「そうなりますよね……今の私達じゃ国の体制を変える力はありません……でもエカルラトゥ様はスカーレット様と一緒になって欲しいです」
驚くほどの直球をアリアから投げられた気分だ。
その可能性は考えたことはあったが、ナタリーに告白した俺が、どの口でスカーレットを口説けというのだろうか。
考え込んでいる俺にアリアが続けて聞いてくる。
「スカーレット様の事は嫌いなのですか?」
「嫌いじゃないが、俺にはスカーレットの記憶を知ってしまっている。どうしても家族の様に捉えてしまうんだ」
喋った事すらないスカーレットに対して何を言っているのだ、と思うだろうが、どうしてもその思考が消えない。
スカーレットは俺自身でもあるように思えてしまう時がある。
「精神が入れ替わったからとはいえ、お互いにこれほど理解しあっている存在は居ないと思いますけど」
「そうかもしれないな……全てひっくるめて国に戻るまで考えぬくしかないか……」
「私も色々と考えますけど、スカーレット様を悲しませるような方向には進まないでくださいね」
「わかったが……しかし、アリアは俺とスカーレットが……その……一緒になっても良いと思っているのか?」
「スカーレット様の事は好きですが、私の好意よりスカーレット様の幸せが一番です。それに女性同士ですから、会いたい時に会えますし……」
そう言いながら、アリアが頬を赤く染める。
あまり深く考えない方が良い気がする。
アリアが言う変な事は棚に上げて、会話している内に、夜は更けていく。
タイミング良く精神が入れ替わる俺~近衛騎士エカルラトゥ編~
第二十一話㋓ ザインへの帰り道 終了です
次の章で最後になります。




