091 放浪編10 裁判
※この話はお互いの心情を表すために三人称で書きます。
帝国式の裁判は帝国本国の裁判官が自らの人格をコピーしたAIを派遣し、その権限によってジャッジを行う。
捜査や証拠集めが無く即裁判というのは問題だが、スピーディーな裁判が行えるのは魅力だ。
それに「不敬罪」という貴族による一方的な罪状でも、きちんと裁判が行われるのはまだ良心的だろう。
被告人には弁護人をつける権利があるが、僕には帝国にそんな知り合いはいない。
苦肉の策で法律も知識として持っているであろうサポートAIの有機端末である愛さんに弁護人を頼んだ。
裁判所はアノイ要塞行政府塔のごく小さな部屋だった。
室内奥の一段高くなった場所に裁判官AIが据え置かれていて、その向かって左に告訴人席、右に被告人席があった。
日本のような中央に被告人席があって晒し者になるような配置ではない。
これは裁判中に反訴が出来るという帝国の一風変わった裁判制度によるものだった。
お互いが相手の罪を指摘し合い裁判官AIがジャッジする。それが帝国式の裁判だった。
「これより裁判を始める。罪状は不敬罪」
裁判官AIが裁判の開始を宣言する。
「被告人八重樫晶羅騎士爵は告訴人ギルバート伯爵に不敬を働いた事実を認めるか?」
「いいえ。認めません」
晶羅は当然の如くそんな事実は認めない。
「告訴人ギルバート伯爵は被告人八重樫晶羅騎士爵が不敬を働いたことを認めるか?」
「はい。認めます」
ギルバート伯爵がニヤニヤしながら言う。
ギルバート伯爵にとって、不敬罪などという裁判は爵位の差でどうとでもなる簡単なものだった。
伯爵が不敬罪だと言えば騎士爵如きが覆せるものではないのだ。
(騎士爵風情が俺に裁判で勝とうなど身の程知らずが!)
ギルバート伯爵は晶羅を小馬鹿にしていた。
こんな裁判は始まる前から判決が決まっていたのだから。
これで終わる。ギルバート伯爵は晶羅の悔しがる姿を妄想し笑みを浮かべた。
「判決を言い渡す」
(え? もう判決が出るの? まだ何も証言したないのに?)
晶羅は驚く。
まだ何も証言していないのに判決が出るというのだ。
このままでは裁判に負けてしまう。
なんとか知恵を絞って反論しなけばならなかった。
「ちょっと待って、僕はギルバート伯爵を我が妻の誘拐未遂で告発します。
不敬と言われた言動は、それを回避するためのものです!」
「告発を受理します」
(危ねー。貴族が不敬罪だって言い出したら即不敬罪確定じゃんか。
こっちが爵位を持っていなかったら反訴も出来てなかったぞ)
晶羅が絞り出した反撃は誘拐未遂というインパクトも含めて有効だったようだ。
「被告人ギルバート伯爵は告訴人八重樫晶羅騎士爵の妻を誘拐しようとしたのか」
「いいえ。借金の回収のため身柄を拘束しただけです」
(クソガキが、何を言いやがる。
だが、こちらが他に準備をしてないとでも思ったのか?)
ギルバート伯爵には反論する材料が、あるお方から渡されていた。
「意義あり! その借金の回収がギルバート伯爵に委ねられたという証拠がありません」
(どうしてギルバート伯爵が綾姫の債権を持っていると言うんだ? おかしいだろ)
晶羅は、債権などない口から出まかせだと思っていた。
「それはここに」
(馬鹿め。これで終わりだ)
ギルバート伯爵が債権譲渡の書類を提出する。
「ギルバート伯爵に借金回収の権利があることを認めます」
それは綾姫がSFO行政府と取り交わした借金の債権譲渡書類だった。
プリンスが渡さなければそこにあるはずのない物だ。
(プリンスの野郎、やりやがったな。後で覚えていろよ。だが、どうする。どうする)
「返済条件」
弁護人の愛が晶羅の耳元でボソッと囁く。
(そうか! 返済条件が一方的に変更されているんだ。これを突くしかない)
「謝金の返済条件が改悪されています。
ある時払いの催促なし利息なしが条件だったはずです」
(どうだ。契約はお互い様だ。一方的に変更なんて出来やしない)
晶羅は、こんな不条理が許されるわけがないと追及する。
「そんなものは債権を持った者の気持ち次第だ」
(馬鹿め、そこは貴族権限でどうとでもなるのだよ)
しかし、貴族の論理では通用しなかった。
「金銭での返済は打診したはずだが?」
(借金なら金を返せば終わりだろ!)
晶羅には借金を返済できるだけの十分な資産があった。
それを嫁のために使うのは当然だという思いだった。
「私は返済より本人の身体での回収を望んだだけのことだ」
(そんなもの俺の一存でどうとでもなるのだよ!)
ギルバート伯爵が勝ち誇る。
「異議を却下します。貴族にはその権利があります」
(ちくしょう。貴族なら何をやっても良いって言うのか!
貴族が言えば法律も契約もねじ曲がる。帝国も腐っているということか。
あのプリンスも笑顔の裏では貴族として平気で嘘を並べ立てていたんだな)
これでもう終わりなのか、晶羅は打ちひしがれる思いだった。
「悔しい。僕にも地位と身分があれば……」
その時、愛が何かを言おうとするも自らの制限で言葉にすることが出来ないという様子を見せる。
「愛さん、何か言いいたいことがあるのか?」
「帝室機密に……関わる内容の……ため、お答え……出来ません」
(え? 帝室機密?
そういや、僕の身分による力は帝室機密だったな。
たかが騎士爵の力が帝室機密? そんなわけない。
ここに何か打開策があるんだ。
愛さんが自らの行動規範を破ってまで何かを伝えようとしたんだ)
晶羅は賭けに出た。
「ギルバート伯爵を八重樫晶羅に対する不敬罪で告発します」
(何をとち狂っているんだ? 爵位が下の者が不敬罪だと? バカを言うな)
ギルバート伯爵は晶羅の発言を小馬鹿にしていた。
もう終わりだと裁判官AIに詰め寄る。
「何を言ってるんだ!
騎士爵風情が伯爵に不敬罪を問うなど出来るものか!
そうだろ裁判官」
だが裁判官AIが固まってしまう。違うと言えないのだ。
その間に晶羅が愛に詰め寄る。
「愛さん。僕の隠された力とは何だ?」
(頼む。それだけが唯一の希望なんだ)
「そ、それは禁則事項になって……おり、お答え……出来ません……」
愛が苦しみながらお決まりの台詞を吐く。
「愛さん、このままだと僕は破滅だ。命令する! 僕の身分は騎士爵じゃないのか?」
(お願いだ。答えてくれ)
「帝室機密に関わる……内容のため、お答え……出来ません……」
「愛さん、プリンスも関わっている。絶対命令だ! 僕の本当の身分は!」
(僕の身分が高いなら厳しく命令すれば……)
「絶対命令受諾。晶羅様の身分は帝国第6皇子です」
愛が呪縛から解かれたかのように答える。
(はあ? なんだそれ? 皇子だって?)
晶羅はその証言に驚くが、これで勝ちを確信する。
「帝国第6皇子として問う。僕より伯爵の言葉を信じるのか?」
晶羅が帝国第6皇子として裁判官AIに詰め寄る。
「何をバカなことを。皇室に対する不敬罪も追加だ!」
(この期に及んで、何をバカなことを。こいつが皇子? バカも休み休み言え!)
ギルバート伯爵が吠え、裁判官AIがフリーズを解いて動き出す。
どうやら帝国への問い合わせが終了した、あるいは情報統制が解けたようだ。
「八重樫晶羅氏の身分が帝国第6皇子であることを確認しました。
ギルバート伯爵を不敬罪並びに皇子妃誘拐未遂で有罪とします」
(はぁ? ちょっと何言ってるんだ? 裁判官AIがぶっ壊れたのか?)
ギルバート伯爵は、その事実を認めることが出来なかった。
「ギルバート伯爵に虚偽の容疑で捕らえられた地球人も解放して欲しい。
彼らは僕の身内と臣下だ」
晶羅が畳み掛ける。
「ギルバート伯爵は解任。
帝国正規軍に地球人の解放命令を出します」
(本当に皇子だったのか! まさかあの!)
「そ、そんなバカな! 奴があの追加皇子だと!」
(終わった。皇子に対して不敬罪だなんて、俺の方が不敬になる……)
貴族の地位に胡坐をかいて好き放題やっていた者が、より上の地位の者によって断罪される。
身分で何でも左右できるという世界は問題だが、これはこれで仕方ないのだ。
伯爵が身分を振りかざして無謀なことをしなければ、こんなことにはなってないはずだった。
上に立つ人間が正しい行いをしなければ、更に上に立つ者からいつかしっぺ返しを受けるのだ。
(さて、地球人を売ったプリンスの野郎はどうしてくれようか。
奴もどうやら帝国皇子らしいからな)
晶羅は更なる障害であるプリンスとの対決を決意するのだった。




