083 放浪編2 難民
アノイ要塞に来てから20日が経つ。
ここではSFOプレイヤーとしての活動は無期限休止となった。
超ハブ次元跳躍門を失った帝国は、地球とのやり取りをすること自体が不可能になったからだ。
このため僕らは契約満了で地球に帰ることも出来ず、新たなSFOプレイヤーが参加することも無くなった。
当然、配信もなくなったので、僕たちブラッシュリップスやシューティングドリームのアイドル活動も自粛となっている。
ステーションで行われていたクックマシンによる最低限の食料供給も止まり、帝国からの支援による食料配給が人力で行われている。
お金さえあれば贅沢な食事も可能だったのに、食料選択の自由が無くなり、供給を全て帝国に握られてしまったのは嫌な予感しかしない。
僕たちは難民キャンプに封じ込まれた難民と同じような扱いを受けていた。
そんな帝国の支援で生きる毎日だったのだが、地球人区画にある変化が起きた。
活動的な人達が自治組織を作ったらしい。
勝手にやってくれと放って置いたら、本当に勝手な事を決めて動いていた。
勝手に地球人代表になって、勝手に食料配給を牛耳っていた。
それは傍迷惑な行為でしかなかった。
帝国によるシステマチックな配給に、ワンクッション余計な手が入ったおかげで、最近配給が毎回遅れている。
彼らはNPOを自称しているらしい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◆
『ピンポーン♪』
僕達が事務所にて今後の対策を検討していると、突然事務所のインターフォンが鳴らされた。
「はい、何でしょうか?」
沙也加さんがインターフォンのカメラ映像を覗き込み返事をする。
『自治会の者ですが、折り入ってご相談があって伺いました』
「はい? どうぞ」
沙也加さんが自称自治会員他を事務所に入れてしまう。
「ちょっと、何をするんですかぁ!」
沙也加さんの悲鳴が聞こえる。
何事かと社長室のドアを開けると、30後半の男がズカズカと社長室に押し入って来た。
インターフォンの画像に映っていた人当たりの良かった人はダミーだったらしい。
その男は癖のあるいかにも活動家的なちょっと目の逝っている感じの人物だった。
「自治会長の佐藤だ。
避難生活で皆疲れているのは知っているな?
ここは芸能事務所だと聞いている。
難民のために芸能人の君達に慰問をさせてやろうと思ってやって来た」
なんだか上から目線で嫌な感じの人だ。
しかも芸能人のアクセントに蔑みを感じる。
「それは仕事の有料依頼ということでよろしいのでしょうか?」
社長が有料を強調して尋ねる。
社長もこの男の胡散臭さに辟易しているようだ。
「はぁ? 難民のみんなのためにボランティアに決まってるだろ。
祭りのステージで何曲か歌うだけでいいんだよ」
佐藤と名乗った男は苛立たし気に無料で当たり前だと言わんばかりに吐き捨てた。
歌うだけって、アイドルはそれでギャラもらってるんだよ?
「私達はプロです。
金銭の発生しない仕事は責任を持てませんし、いたしません。
そもそも突然社長室まで乗り込む等、失礼な相手とは取引しかねます」
社長が正論で断りを入れる。
こんな奴には一分一秒でも付き合っていられないという態度だ。
「おい! 我々難民代表に対してふざけるなよ!」
「出た! 難民様々だ!」
僕は思わす声を上げてしまった。
難民様々とは難民という立場を手に入れたことで、自分達は偉いと思い込み何でも要求が通ると、常軌を逸した要求をするようになる困った人達のことだ。
難民だからと何でも強請って、あまつさえ他者の権利を踏みにじって来るのだ。
他の真っ当な方々の迷惑になる恥さらしな連中だ。
「私どもも同じ難民なのですが?
そのようなお話ならお引き取りください」
神澤社長が威圧のスキルを使う。
え? 社長、そんなこと出来るの?
「くっ……。覚えてろよ!」
自称自治会長はテンプレの捨て台詞を吐いて手下と共に去って行った。
「なんだったのあれ?」
「さあな。少なくとも関わってはいけない連中だ」
僕たちだって頼み方によっては協力したかもしれないのにね。
その後すぐに、僕達の所への配給が止まった。
大方、あの自称自治会長の嫌がらせだろう。
まさか、あの食料備蓄が今頃役に立つとは思わなかった。
「さて社長、売られた喧嘩は買うんでしょ?」
「当たり前だ!
配給を止めるなんてアホな行為は帝国の仕業ではない。
それはわかっているが、ここはからめ手で行く。
アノイ要塞の行政府に乗り込むぞ!」
神澤社長がキレていた。
行政府へ向かう社長に僕も嬉々として同行した。
◇ ◇ ◇ ◆ ◇
「我々への配給が横領されているようだ。
ここ一週間食料を止められている。
横領しているのは行政府の担当者なのか、はたまた別の誰かなのかを伺いに来た。
トップと会わせてもらおう」
アノイ行政府塔に着くと神澤社長は行政府のトップとの面会を要求した。
「少々お待ちください!」
イヌミミの受付嬢が大慌てで上司に連絡を入れる。
「代表がお会いするそうです。
案内が来ますので少々お待ちください」
受付嬢さんは神澤社長の剣幕を恐れてイヌミミを伏せていた。
案内が来るまで針のむしろだろう。
この受付嬢さんが悪いんじゃないから、ちょっと可哀想だ。
しばらく待つと軍服の兵士が現れた。
え? いきなり拘束か?
神澤社長と僕は身構えた。
だが彼は武器も何も持っておらず、そのまま代表執務室まで案内してくれた。
兵士が代表執務室のドアをノックする。
「入れ!」
だみ声に近いしゃがれた声が入室を促す。
「面会者二名をお連れしました」
「うむ、ご苦労」
兵士は直立不動で報告すると踵を返して去って行った。
目の前の執務机には軍服の高級将校が座っていた。
彼が立ち上がり握手を求めて来る。
「このアノイ要塞司令のコマンダー・サンダースだ。
何があったか教えてくれ」
コマンダー・サンダースはブルドッグ系の犬型宇宙人だった。
惜しい! 中佐じゃなく大佐ならばw
「とりあえず、そこへ座れ」
僕と社長は応接セットのソファーを勧められた。
「今回お伺いしたのは我々への配給が止まった理由を知りたいがためです」
「地球人への配給が止まっているのか?」
「おそらく全員ではなく一部の人間、我々だけだと思われます」
「自治会か」
コマンダー・サンダースにも心当たりがあるようだ。
「私たちと利害がぶつかった途端でしたから、おそらく……」
「うーーん。胡散臭いとは思っていたのだが、やはりか」
サンダースが眉をしかめる。
ちょっと表情が怖い。
「そもそも、私どもは自治会への所属を承認しておりません。
彼らを代表だとも認めていません」
「なんだと? それは本当か?
つまり申請書類に虚偽があったということだな。
本当なら許されぬ行為だ」
コマンダー・サンダースが供述調書を作成する。
社長と僕に内容確認を求めサインを要求する。
内容は自治会への所属を表明していないこと、佐藤氏の代表就任を認めた覚えがないこと、それに間違いがないというものだった。
神澤社長をチラリと見ると頷き返してくれた。
サインしても良いという合図だろう。
神澤社長、続けて僕と供述調書にサインをする。
「ふむ、間違いないな」
コマンダー・サンダースが、佐藤が提出した申請書類を仮装スクリーンにいつのまにか表示していた。
それは僕たち地球人が佐藤の代表就任を認めたという同意書類の数々だった。
コマンダー・サンダースは、その中から社長と僕のサインを抽出し、目の前の供述調書のサインと見比べていた。
サインは別人。これにより明らかな虚偽文書であると確定したわけだ。
「申し訳なかった。
地球人のサインは我々には見慣れぬもので、真偽の判定が疎かになっていたようだ」
コマンダー・サンダースは深々と頭を下げた。
だが、その目にはメラメラと燃え上がる怒りの炎が宿っていた。
当然そのターゲットは自治会だ。
あれよあれよとう間に、憲兵が集められ自治会に家宅捜索が入った。
自治会長達中心人物10人は捕縛され余罪が調べられていった。
佐藤は地球人全員の同意書類を偽造、勝手に地球人代表になっていた。
他にも自分達の手間賃として配給物を抜いていたらしい。
非営利組織が手間賃? やらなくて良かった仕事で?
彼らのような偽物が、どれだけ本物の方達の活動を妨害するのか考えて欲しいものだ。
志の低い奴らが安易にNPOを詐称しないでもらいたい。
これを知った人達が怒り地球人区画は勢力が二分された。
地球人の総数は2560人。そのうち2303人が離脱した。
というか所属していたことすら知らなかったので元に戻ったようなものだ。
佐藤と行動を共にすることにしたのは257人。
不思議なことにまだ自治会に所属したい人がいるようだ。もしかして優遇され甘い汁を吸っていた?
当然僕達は反自治会派だ。
配給も彼らの手から取り戻すと行政府がスムーズに対応してくれた。
あいつらが関わらないだけで仕事が捗っている。
僕達はとりあえずの普通の生活と強力なコネを得た。
佐藤ら10人は微罪のため執行猶予付きで釈放。
責任ある立場への就任が禁止された。
257人の何にも関われない自称自治組織だけが残った。
◇ ◇ ◇ ◆ ◆
後日、神澤社長となぜか僕が行政府に呼ばれていた。
行政府の建物に着くと、軍服の兵士が現れ代表執務室に連れていかれた。
どうやら代表執務室には兵士の案内がないと来れないようだ。
アノイ要塞司令コマンダー・サンダースの代表執務室に通される。
「よく来てくれた。さあ掛けてくれ」
いつものだみ声でコマンダー・サンダースが着席を勧める。
「今日来てもらったのは他でもない。
地球人難民のこれからのことを相談したいと思ってな」
コマンダー・サンダースの言葉に僕も神澤社長も首をかしげる。
「私は地球人の代表でもなんでもない、一介のビジネスマンにすぎませんが?」
「僕もただの無職(アイドル休業中)だぞ」
「ハハハ、またまた」
何を誤解しているんだろうか?
コマンダー・サンダースが切り出す。
「難民として支援を受け続けるだけの生活も、そろそろ飽きて来ただろう?
今後は超ハブ次元跳躍門奪還を目標に敵と戦っていかなければならない。
そのためにも、そろそろ装備の充実や自由になる金を得るために戦いに出る気はないかね?」
「強制か?」
神澤社長の目が光る。
「いや、任意だ。
難民としての生活で満足ならば、それでもいい。
ただリアル・プレイ希望者が居れば支援するつもりだ」
コマンダー・サンダースがSFO専門用語を使ったことに驚く。
リアル・プレイとは敵勢力との直接戦闘を意味する。
逆に仮想空間で行われる模擬戦をヴァーチャル・プレイと言う。
「それなら皆に聞いてみよう。
その前に、この星系のことをレクチャーしてくれる人材を派遣して欲しい。
返事はその後だ」
「そうだな。闇雲に戦えと言うより現状を知ってもらった方が近道かもしれないな。
わかった。人を派遣しよう」
「なら女性でお願いします!」
僕のナイスアシストに神澤社長は密かに親指を立ててくれた。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
SFOプレイヤーには2種類の人がいる。
仮想空間での艦隊戦ゲーム、所謂模擬戦を楽しむヴァーチャル・プレイヤーと、実戦で戦いお金を稼ぎたいリアル・プレイヤーだ。
前者の戦場は仮想空間で行うので怪我や生死に影響はない。
今までブラッシュリップスがやって来たライブ活動がそうだ。
後者の戦場はリアル空間で文字通りの命がけの戦場だ。
僕も最初は何気なく戦場に出てしまっていたが、現実感もなくゲームの延長という感覚だった。
だがそこには確実に死の現実が潜んでいる。
他星系への遠征や、操られて幻覚を見せられた時は、死を身近に感じたものだ。
難民になってから、さらにそこを強く認識することになった。
今回は、アノイ行政府からリアル・プレイヤーに対して、お仕事をしないかというお誘いがあったということだ。
神澤社長は地球人居住区に情報を回し、興味のある人をアノイ行政府の大会議室に集めていた。
集まったのは2303人中1500人ほど。自称自治会? 知らんがな。
興味がある個人、とりあえず情報が欲しかった人、人でごった返すと空気を読んで艦隊の代表1人で来た人などなど。
「お集まりいただき感謝します。
今回はアノイ行政府より依頼のあった仕事の件の説明と、アノイ要塞を取り巻く現状のレクチャーを目的として集まっていただきました。
講師はアノイ行政府から派遣された……お名前なんでしたっけ?」
「私はアノイ行政府より派遣されたサポートAIの有機端末です。
名前はありません」
「それは困ったな。
うーん、AIだから愛さんでいいかな?
LOVEの愛ね」
「社長、それ安直」
社長のドヤ顔に思わず突っ込みを入れてしまった。
「登録しました。これより固有名をアイと認識します」
「あ、登録しちゃったみたいだ……」
まず愛さんより仕事の件が話された。
「アノイ行政府では、SFOのRPと同様に敵勢力と戦っていただける艦船を募集しております。
条件はSFOと全く同じです。
一定の物資支援があり、回収物の権利、税金等の取り決めもSFOと同じです。
それにより現在制限されている商業区への出入りも自由になります。
収益で存分に経済活動を行ってください」
「おおーっ」
「なお、参加しないからと言って見捨てることはありません。
参加不参加の隔て無く全員そのまま難民として支援させていただきます」
酒を制限されていた荒くれ者たちから歓声があがる。
商業区にある飲み屋に繰り出したいのだろう。
彼らはステーションでRPを生業としていた傭兵さんたちだ。
僕もRPで面識があってお世話になっている。
所謂バリバリのバトルジャンキーだな。
彼らは率先して参加するだろう。
愛さんが続ける。
「模擬戦中心でご存知無い方もおられるかもしれないので説明いたします。
緊急転送という救済手段があり、艦が致命的な損傷を受けるとプレイヤーの身は転送で保護されます。
100%安全ではありませんが、直接CICに損傷を受けなければほぼ100%助かります。
我々帝国はプレイヤーの方の命を再優先に考えております」
この仕組みはRPに出たことの無い人たちは知らないかもしれないね。
「次に、この惑星アノイの位置付けをご説明いたします。
帝国中心部より離れた辺境の惑星で、ステーションのあったビギニ星系と同様の所謂最前線です。
ハブ次元転移門を介してビギニ星系から1回の転移で来れる周辺星系になります。
これは物理的な隣ではありません。ハブ次元転移門間は、物理距離では到達出来ないような星系が結ばれているのです。
ちなみにハブ下の通常次元跳躍門は物理移動可能――といっても光年距離ですが――となっています。
なぜこのような事になっているかというと、ハブ次元跳躍門には繋がり易い固有の場所があるとだけ覚えておいてください」
「今、ビギニ星系、いや地球とのアクセスはどうなっているんだ?」
傭兵のおっちゃんが質問する。
「プリンス様が上げられた情報ですので、これは未確認情報扱いです。
超ハブ次元跳躍門へは繋がっているので偵察艦が強行偵察を試みましたが、全て撃沈されているそうです。
おそらくビギニ星系は敵の手に落ちたと思われるとのことです。
つまり、その先の地球へは帰還不能ということです。
帝国は超ハブ次元跳躍門奪還作戦を計画しています。
しかし時間がかかってしまいます。
あなた方地球人はそれまで専用艦を育て戦力を増強し蓄え奪還作戦に備えてください」
「超ハブ次元跳躍門の先の地球の人達はどのように扱われるんだ?」
若い艦隊リーダーが質問する。
僕も思った。侵略軍だとしたら地球も侵略されかねない。
「われわれ帝国も敵勢力の目的意図を正確に把握しているわけではありません。
しかし、超ハブ次元跳躍門は何故か地球への兵器の類の転移を認めておりません。
地球への侵略には超ハブ次元跳躍門を制御する技術的問題が壁になってくれています」
「時間の問題ではあるんだな?」
「敵勢力にそのような技術がないとは言い切れません」
「くっ! 俺は戦うぞ!」
おそらく地球に家族を残しているんだろう。そりゃ心配になって当然だ。
聞かないではいられないのも理解できる。
だけどそれで焦って戦場に出るというのもいかがなものか。
「戦闘の頻度はどのぐらいだ?
敵が攻めてきて迎撃するというパターンで良いのか?」
傭兵さんの1人が質問する。
もしもの話より現実的な話にすり替えてくれた。
気の利く人だ。
「敵勢力の攻撃頻度や艦隊規模はビギニ星系よりは少ないと思います。
また近隣星系で襲われている所へ援護に向かうという任務もあります。
援護は任意のクエスト扱いになりますので、参加不参加はご自身でお決めください」
「つまり次元跳躍に時間のかからない戦場がいくつかあるということだな」
傭兵のおっちゃんが納得顔で頷く。
彼らは稼ぎたいから戦場が多い方がいいのだろう。
「戦場に出るのは地球人とアノイ人か?」
「アノイ人という人種は存在しません。少数の調査団と帝国領よりアノイに駐留している軍隊がいるだけです。
駐留軍はその出身領地により3軍に分かれます。
カプリース領より猫族軍、グラウル領より犬族軍、その他小領地混成軍の3軍です。
彼らはケモミミと尻尾を持つ所謂獣人と呼ばれる方々です」
「3軍は協調的なのか?」
「犬族軍と猫族軍は仲が悪いです。
巻き込まれないように注意してください」
しまった。僕らブラッシュリップスの関係者は犬族だ。
コマンダー・サンダースとコネを作ったおかげで犬族派閥確定だ。
ああ、猫族が面倒くさくありませんように。
猫族のミーナは良い人だったから、派閥の論理だけで争いたくはないな。
「一応、説明すべき所は説明出来たと思いますが、ご質問はありますか?」
愛さんが僕達を見回し質問を促す。
今のところ質問は無いようだ。
「それでは、私は、神澤プロモーションに常駐しますので、ご質問のある方はお気軽にお越しください」
「え? 事務所に?」
「はい」
何故か愛さんが事務所に住み着いた。




