08_知りたいこと
「まて!!」
石像の方から声が聞こえる。
「えっ。」
「イタズラして悪かったな。だからその『アコロン』をくれ。わしの好物なんだ。」
「えっええええ!と、鳥がしゃべったああああ。」
隼人は驚きのあまり再び尻餅をついた。
「はっはははぁ。長いこと生きてれば人の言葉くらい使えるようになるさ。不思議なことじゃない。」
「でも…そんなこと・・・。」
「デモもへちまも後で話してやるから、ささはよよこせ!早くしないとおぬしの頭を間違って食ってしまうぞ。」
「は、はい。」
隼人は慌てて皿の中に残りの『アコロン』を入れた。
びゅー、びゅー
またあの風だ。でも今回は規模が小さい。
身構えたが、隼人の体には風がおそってこない。石像のくちばしと皿の間に小さな竜巻のようなものが見える。風が目に見えるほどに集まり渦を形成している。驚いている隼人の目の前で『アコロン』が石像に吸い込まれた。
「えぇぇ、なにそれ。つむじ風みたい。」
「なんじゃ。おぬしこんな子供だましに驚きおって。」
「えっ、だって風がびゅーって、お菓子がスポーンって…。」
「はっははは。愉快な奴じゃのぉ。」
石像は豪快に笑って見せた。
「だって、こんなことあり得ないもの。鳥と会話してるし、風が不自然にふいたり…。」
「なぜあり得ないと決めつける。世界はおぬしが知っていることが全てではないだけじゃ。」
「じゃ、教えてください。あなたは何者なんですか。もうここにきてから訳が分からない事ばかり…。」
隼人はうつむき地面を見つめている。
「はっははは。わしは『リタカベ』と呼ばれておる、今はな。」
「今は?」
隼人が顔をあげると、リタカベはコクリと頷いたように見えた。
「そう、長いこと生きておるからいろんな呼び名があった。昔は、むかしは……何だったかな。いちいち覚えてないわい。」
「…」
「そ、それはそうとお主はなぜここに来たのじゃ。アコロンを持っているということは、迷い込んだ訳ではあるまい。」
リタカベは少しばつが悪そうにしながら話題を変えた。
「ああ、えっと、エレーヌさんがここにいけば何かがわかるだろうって。記憶が…いろんな話を聞けば何か思い出すだろうって。」
「エレーヌ?おお、あの娘っこか。あの娘が作るアコロンは一度食べたら忘れられん味じゃ。もうないのか?」
「もうありません。売り切れです。」
隼人はアコロンの入っていた袋を逆さまにしてみせた。
「残念じゃ。もっと味わって食べればよかったのぉ。まあよい。それで、なにが知りたい?」
「知りたいことは…自分が誰なのか知りたいんです。」
リタカベは怪訝な顔を向けた。
「おかしなことを言うやつじゃな。自分のことは自分がよく知っておろうに。」
「それがなにも思い出せないんです。」
「何もかもか。ならば名前は?」
「三神隼人です。」
「年齢は?」
「21才です。」
「まだまだヒヨッコじゃな。故郷は?」
「ひ、ヒヨッコって。生まれは、にほ…ジャパニです。」
「なんじゃ、全部覚えておるじゃないか。後はなにが思い出せないんじゃ?」
リタカベは困った様子だ。隼人も困ったことになった。
少しの沈黙が流れ、耐えきれなくなった隼人は、気になっていたことを訪ねてみた。
「そ、そういえばさっきの小さなつむじ風は何なんだったんですか。」
「あれはウィルじゃ。さっきも不思議そうに見ていたが、もしかして初めてか?」
「はい、もちろんです。僕のいたせか…故郷ではみたことありません。」
「おかしいのぉ。ここラセーヌ王国とその近辺では、ウィル(・・・)は広く知られておるんじゃが。おぬしの年齢で知らんとは…もしやおぬし…」
リタカベの眼光が鋭く隼人を捉えた。隼人は胸を打つ音が強く、そして速くなっていくのを感じていた。