04_たより
陽の光が窓から差し込み新しい朝の訪れを告げている。遠くから軽やかな足音が近づいてくる。
「ハヤトさん?」
「・・え?あ、は、はい。三神隼人です。」
不意に呼ばれて慌ててしまった。こっぱずかしくなって布団で顔を隠してみる。
「ふふふ。」
看護師さんらしい女性がにこやかに微笑んだ。
「意識ははっきりしているようで良かったわ。体は?痛みはありませんか?」
「はい。大丈夫です。よく眠ったようで、とても気分は良いです。」
「それはよかったわ。丸一日眠っていたから、少し気になっていたんだけど…良さそうね。」
「えっ?」
「あら、知らなかったのね。」
そう言って数枚の書類を脇の机に置きながら、
「詳しくはこの書類に書いてあるので読んでくだ・さ・・いね。…随分ひどい状態だったのね。」
看護師さんは苦笑いを見せて書類を見返した。少し笑顔を取り戻し、
「それから、おめでとうございます。『入隊試験』合格ですって。」
「・・・『入隊試験』?それって僕がここで横になっている原因になったあれですか。」
「そうよ。立派な働きを見せないとね。なんたってもう直ぐ・・」
「フィルミエル、いませんか。」
離れたところから誰かを呼ぶ声がする。
「はーい、すぐいきます。」
かわいらしい声で応えてから、こちらに向き直り、
「師長さんが呼んでるから。またね。」
「あ、はい。」
フィルミエルは小走りで去っていった。
何か言い掛けたようで気になったが、呼び止めることはできなかっった。
隼人は天井を見ながら呟いた。
「可愛い看護師さんだったなぁ。」
頬が緩んでしまうのが自分でもわかった。身体を起こしながら、脇机におかれた書類に手を伸ばした。
それは和紙のようにしっかりとしたこしと質感で、触るほどに心地よかった。見たことがない文字で『入隊許可および診断書』と書いてあった。
見たことがない文字のはずなのに内容が頭の中に浮かんでくる。耳元で同時通訳の声が聞こえているかのように。その不思議な体験よりも驚いたのは診断書の内容だ。
「左上腕部断裂、肋骨複雑骨折、肺胞破裂、意識混濁・・・」
「はは、なにこれ」
すぐさま、自身の腹部のあたりを触ってみた。傷はおろか包帯、ギプスなど一切ない。痛みはないが胸の周りに違和感を感じた。先ほどの看護師の話によれば、怪我をしてから一日しか経過していない。そんなのこと起こるはずもない。
「これは、何かの間違いだ。きっとそうだ。」
無理やり自分にそう言い聞かせた。そう思わないと受け入れがたいことはほかにも山ほどある。
「ふぅー」
一つ呼吸を整えてから、もう一通の紙を手にとり内容を確認する。そこには『入隊希望届』と書かれていた。なかほどあたりに『ミカミハヤト』と署名がある。先ほどの診断書と同じ文字だ。もちろん書いた覚えはないが、なぜか読める。そして自身の筆跡のような気がしてきた。
頭の中がパニックに襲われている。名前の下には志望動機が書いてあり、
『これまでの自分を捨てて、新しい自分になりたい』
と、書いてあった。
「・・・」
この一文には覚えがある。僕が劇団未来に入るときに面談で話した言葉だ。
ーーー
「君はなぜ、この劇団に入りたいのかな?」
隼人の前には劇団未来の団長が座っている。
劇団未来の入団に試験はない。いろんな人間がいてこそ様々な舞台が、人間模様が見せられる。団長の面接は舞台への情熱や人柄を確認するそうだ。
「高校で演劇部に所属していました。舞台の雰囲気が好きなんです。」
「なぜ舞台演劇に関わろうと思ったの?」
「それは…その…ひ、卑怯で…弱虫で…でも強がって…嫌いなんです。自分のことが嫌いなんです。だから、これまでの自分を捨てて、新しい自分に生まれ変わりたいんです。自分じゃない誰かを演じればその人になれると思ったんです。だから…。」
話を聞きおえ団長は少し間をおいてから、静かに話し始めた。
「舞台には、シナリオがある。演目に登場する人物の人生の一部を切り取ったものだ。でも舞台の上で語られない、過去は存在しているんだ。思い出したくないことや、嫌なこともあっただろう。でもそれをなかったことにすれば、今のその人…いや、今の君は存在しないんだよ。過去を悔やんだり反省することは大事なことだ。でも、なかったことにはできないし、してはいけないと思うよ。それら全部ひっくるめて今の君がここにいる。そしてそれらがあるから『未来』へ踏み出せるんだよ。」
団長の話は舞台で見せるような熱のこもったものだった。何かを演じているのかと思うほどに。でも、その言葉は団長自身に熱弁していたのだとわかったのはしばらく後のことだった。
ーーー
ずいぶんと昔のことに思える。
「団長元気かな…みんなは。」
不思議なことばかりだ。ここはどこだろう。自分がいたところとは別な場所のようだが…。考えを巡らせていると、膝の上に置いた『入隊希望届』のシワの寄った辺りに何か文字が書いてある。
「性別、男…出身地、ジャポニ…」
「!!」
ここに僕が、いや『ミカミハヤト』がちゃんと存在している。自分ではないけど、自分だ。妙なことだが…。考えがまとまらない。
「ハヤトさん。お食事お持ちしましたよ。」
隼人が顔を上げるとにこやかに笑う女性がお盆を持って立っていた。艶のある栗色の髪を後ろに束ねて、白い前掛けを付けている。整った顔に見取れてしまう。食堂で働く品のあるおばさまという感じだ。どうやら朝食を運んできてくれたようだ。温かそうなクリーム色したスープとパンが乗っている。ベットの脇机にお盆を置きながら、
「スープは熱いから気をつけてね。足りなかったら食堂までいらっしゃい。たくさん食べて元気をつけないとね。」
女性は左右に広げた両腕を曲げて元気をアピールするようなポーズでこちらを見ている。顔がちょっと赤いような…。
「…はいっ」
「やっと笑ったわね。暗い顔してたら『幸運』も逃げていくわよ。」
そう言って来たときと同じように静かに去っていった。後ろ姿も気品を漂わせている。
「ぐぅぅ~」
隼人のお腹から品のない音が聞こえてきた