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明日は自分の力で…  作者: よしあき煎餅
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01_始まり


カリッ、カリッ


コトンッ



作業台に工具を置く音が響く。隼人はやとのほかには誰もいない。耳が痛くなるような静けさが部屋全体を満たしている。


舞台袖の作業場が隼人の定位置だ。舞台の幕が上がれば出番待ちの役者たちがひしめき合い、緊張と興奮の混ざり合った空間へと変貌する。しかし今は誰もいない…隼人を除いては。


「はあぁ…ふうぅぅぅ」


まるで言葉を発しているかのように大きな息を吐き、顔を上げると掛時計が見えた。長い針と短い針が寄り添うように重なり「1」の数字を指している。


「ふうぅぅぅ」


また、大きく息をつく。


「もうこんな時間かぁ」


作業に集中して時間を忘れていた。冷めきった珈琲を一口飲んで一息つくと作業を再開した。

役者を目指して『劇団未来』の門をたたいたのは高校を卒業してすぐだ。もうすぐ3年になる。将来の不安など考えもしなかった。


自分とは違う誰かに成れる演劇に興味を持ったのが始まりだった。あがり症だった事を忘れて高校の演劇部に入部したが、初舞台は台詞を忘れて頭が真っ白になった。悲劇の舞台が喜劇に変わるという僕の忘れてしまいたい黒歴史だ。真っ白なのに黒歴史だなんて、それこそ悲劇だ…。でも、壊した舞台セットの修理作業で転機が訪れたのだから忘れられない。


「ここをこうして、あとはこれをっこっちに取り付ければっと」


長かった作業がもうすぐ終わる。徹夜の日々も、しばらくは…。

「これで明日の通し稽古に使える。」


現在いまの僕へと繋がっている黒歴史。その中で白く輝く小さな出会い。




ーーー



「お前、作業早いなぁ…しかも筋がいい」


2つ上の先輩から感嘆の言葉が漏れる。


彼は舞台セット製作を一手に任されている職人のような人だ。『美術さん』などと呼ぶ人もいる。むっとした顔をするが本人はまんざらでもないようだった。


彼の手を借りて壊れた舞台セットは元通りになった。その後、彼の跡を引き継いだことはいうまでもない。



ーーー



作業台の上を片付けると、隼人ははやる気持ちを抑えながら衣装を身につけていく。主演の役者に合わせて作ったので隼人には少し大きい。小柄な体格がコンプレックスだったが、小回りが利いて良いこともある。

右手には鈍く光る籠手、左手には丸い盾を装着した。兜を作業台の上に転がして、サンダルのような具足を履く。


「はは、『馬子にも衣装』とはこのことか。」


鏡をのぞき込みながらポーズを決める。


次の舞台は中世のヨーロッパを模した演目で、ひとりの兵士の悲しい物語だ。『強く生きろ』というメッセージを見せたいようだが、悲しいのは苦手だ。だから中盤以降は内容をあまり覚えていない。中盤に活躍する小道具には少々手間と時間をかけた。いつもなら基材に色を付けるくらいだが、薄い金属の板をたたいて曲げリベットで基材に組み付けた。舞台の殺陣でぶつけてもびくともしない。盾も縁に模様を刻み込み、表面を磨き上げた。覗き込めばぼんやりと自分の顔が映る。


「ちょっと重たいけど存在感は抜群でしょ。」


チャリン、チャリン


腰にぶら下げた巾着には金貨が数枚入っている。盾や籠手と同じく金属の板を加工して金メッキのスプレーを何重にも塗ってある。舞台の照明をつけて中央まで歩いていく。


「隊長、この景色を守るため僕らは闘っているのですね」


舞台の上で台本を片手になりきってみる。僕の役は…今回は裏方だけだ。トレーニングは皆と同じようにこなしている。いつか自分にもチャンスはやってくる。今はまだまだ『秘密兵器』だ。


深夜の興奮と舞台を独り占めした高揚感で気分よく袖の階段を下りた。…はずだった。慣れない格好で階段を踏み外して派手に転んだ。見えない誰かに投げ飛ばされたように一回転して、背中と腰を強かに打ちつけた。天井の明かりが見えたかと思うと、白いものがひらひら落ちてきて辺りは暗闇に包まれた。



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