第2話 女騎士さんは癒し
今日も一日の業務を乗り切ってクタクタになった体を引きずり、ソファーに背中から倒れこむ。
この歳になると朝目が覚めて、まばたきを一回したら一日が終わってる……そう錯覚するほどに時間の流れを早く感じる。と言うか、時間の感覚がわからなくなってくる。
寝て起きたら二週間が経っていたときは心底驚いたものだ。
なので、私が目当てでこの列車に乗ったのに結局会えなかった……なんてことはしょっちゅうあるらしい。
「私のどこがいいんだか」
見た目が若くても中身がエルフすら軽く凌駕するくらいの年寄りだ。そんな私にそこまでの魅力があるとは思えない。
例えば、子供のときに親からこの列車と私のことを子守唄のように聞いて、高齢者になってから老後の旅行でこの列車に乗った人がいるとしよう。その間、私の容姿は一切の衰えなく生きているのだ……私がその人だとするなら、そのような存在は憧れどころか恐怖の対象でしかないと思うのだが。
(いけない……思考がネガティブになってる)
こんなときには心の健康を保つための特効薬。すなわち、
「癒しが必要だ」
◇■◇■
やってきたのは客車である。ただし変装しているため、よほど間近で覗き込まれない限り正体がばれることはないだろう。
私はこの列車内ならどこにでも転移でき、そして列車内のあらゆることを手に取るように把握できる。
え、職権乱用?
ふふ、ここでは私がルールだ! 私が「白」と言えば、例えば「黒」でも「白」になるのだ!
車窓から見える空は、もう星が輝く漆黒の夜空だ。この暗闇に乗じて私は自らの手で癒しを獲る。
(おっ、ちょうど良いタイミングで)
この列車には、当然だがトイレが設置されている。しっかりと男女で分けた個室のトイレがね。
私が女性ということもあって、女性用の方が若干広い構造になっている。
そして、今私がいる車両の女性用トイレにちょうど反応があった。私はその女性が用をたすのを待ってからこの個室に転移した。
「きゃっ!?」
いきなり現れた私に驚いて、可愛い悲鳴を上げながらしりもちをついたのは、見た目から察するに17才くらいの少女だった。
長い金髪を後ろで一つに束ねた凛々しい顔立ちは、まるで女騎士のようでもあった。
「っ、貴様! 何者だ!」
「おっと」
腰に装備した剣で抜刀斬りを繰り出してくる少女。って、本当に女騎士だったのかい、と、心の中で突っ込みを入れる。
その間に目前まで迫ってきている剣を指先で挟み、粉々に砕く。
「なっ?! 剣が!」
よほど剣に自信があったようだ。確かに、この私にクッキーを砕くくらいの手応えを与える剣だ。そこそこは良い剣だったのだろう。
剣を粉砕されて生まれた一瞬の隙を突いて足を蹴り払い、姿勢を崩す。
「きゃ!」
本日2回目の可愛い悲鳴がカムバック。そして再びしりもちをついてしまった少女にデジャブを感じながら壁ドン。
至近距離で見つめ会うと、少女の空色の瞳が大きく見開かれる。
「こんばんは、哀れな女騎士さん」
にっこりと口元に笑みを浮かべながら、変装用のキャスケットを脱帽する。
「っ!?」
私の技『見つめ会う』が発動! なんと女騎士さんは頬を赤らめ目を反らしてしまった! 効果はバツグンだ!
「こっち向いて」
「んっ……」
昔読んだ『ショウジョマンガ』を思いだしながら、左手で女騎士さんの顎をクイッとして、半ば強制的に向かい合わせる。
「私の名前はアリアネス。呼びにくいなら、アリスでもアリアでも好きに呼んで」
強襲しておいてあれだが、やはりこのような場では自分から先に名乗るのが礼儀だと思う。
「アリア、ネス……っ?!」
私の名前を呟いたと思ったら、次には驚愕した表情……百面相のごとくコロコロ変わる表情が、見ている側としてはたいへん楽しい。
ついイタズラしたくなり、右手で目隠しをしてついばむようにキスをしたら肩がビクンと跳ねた。目隠しをしていた右手を離すと顔を真っ赤に染め上げ、両目はトロンと垂れている。完結に言えばエロい。
「ここじゃ何ですから、私の部屋に行きませんか?」
しかし女騎士さんはうっとりとした表情でボーッとしている。沈黙を肯定と判断した私は、彼女と私室に転移した。
その夜は一睡もしなかったとだけ言っておこう。乱れる彼女はそれはもう……。