「idun and zorn」
竜馬さんとは向き合えたのか――
※約3,400字です。
2018年5月25日 14時過ぎ
後鳥羽家 竜馬くんの部屋前
鳩村涼輔
部屋を出ると、菅野くんは神妙な面持ちで僕を見下ろし、
「ほんまごめん。俺、少し頑張りすぎやんな」
と、寂しそうな声色で言う。
こんな時にそっとフォロー出来たらと考えるけど、それよりも今伝えないと後悔する事があるんだ。
そう思い、僕は何度か首を横に振り、
『菅野くんには、いつも物凄く感謝しているんだ。だけど、何とかしたいって想いが時々溢れてしまうから怖いんだ』
と、自分が今感じた想いを菅野くんに伝えた。
でもちょっとストレート過ぎたかなと考え込む前に、菅野くんは僕が送った文面を切ない表情で見て、
「何とかしたい、か」
と、嚙み締めるように呟くと、
「分かった、気ぃ付ける」
打って変わっていつもの眩しい笑顔で言ってくれた。
その言葉に胸をなでおろした僕は、
『ありがとう。龍勢さんは大丈夫かな』
と、心配そうな顔の鳩のスタンプと一緒に送ると、
「大丈夫! と、言いたいところやけどなぁ」
菅野くんは心配そうに扉を見遣っていた。
数分前――
後鳥羽家 竜馬の部屋
龍勢淳
竜馬との思い出はいくつかあるんやけど、1番印象に残ってるのは利佳子ちゃんに会いに行った時やろなぁ。
利佳子ちゃんは他の用事で遅れてて、その間龍くんのお兄さんの紅夜さんから別館についての頼み事されてん。
そこまでは良かったんやけど、別館に住むお兄さんに襲われそうになってん。
そこを竜馬が助け出してくれて――思い出しただけでも怖いと感謝が混じるからもうええわ。
竜馬はあの時私が言うた言葉、覚えてるやろか。
でも今は思い出せへんかな。
こんなに私たちの為に、手荒れや爪が酷いことになるぐらい自分を追い込んだんやから。
竜馬は一向に出て行こうとせえへん私を見て、
「あんたも出てけ。同じだ」
と、さっきより落ち着いた言い方で言ってん。
てか鳩やんナイス判断やで。
龍くんから聞いてたのかもしれへんけど、アツくなるとオーラ読まんと突っ込む所あんねん。
基本ええ人なんやけどなぁ。
よし! ここは2人の分まできっちり私がケアせんと。
だって2人がそれぞれここまで繋いでくれたんやし、
「どーしたん! 竜馬らしくないやん」
と、あえて元気に声掛けてみてん。
せやけど竜馬からの返事は、私にも十分聞こえるくらいの舌打ちやってん。
めちゃくちゃ悲しいけど、ここで諦めたらあかん。
「ほんまごめん」
声の掛け方が良くなかったのかも思て謝ると、
「『相棒だから影響されたんだと思う、ごめん』」
突然竜馬はかなりバカにしたような言い方して、
「って、言うんだろ?」
急に刃投げたような、キツい声で言ってん。
これでさっきのバカにした言い方が、私の真似やって気付いてん。
「え」
って、ショックで漏れ出た言葉に対して、竜馬は矢継ぎ早にこう言ってん。
「殺し屋には何の恨みも無い。勝手にすればいい」
無機質な言葉たちと、
「勝手に裏に行ったんだ」
行方知れずの怒りと、
「なのに顔出ししないで表に出てきて、これなら勝てると思った作曲すらも――!!」
劣等と、
「たった1曲」
悔しさと、
「されど1曲。やっぱりあいつは才能の塊だった」
突きつけられた敗北。
その証拠なんか分からんけど、龍くんが作詞作曲した『Answer』はColoursの代表曲として、街中でも時々聞こえてきてん。
「見た目まで似ているあいつは完全な上位互換。だから、あいつ――クソ兄貴のバンドには無いヴァイオリンサウンドなら作れると思った!!」
唇を何度も噛み締め、肌との境目が無くなりそうな状況やっても、竜馬は龍くんを追い越したい思てる。
でもどこかで折り合いつけんと、辛いのはぶつけられる龍くんだけやなくて竜馬本人なんや。
自分もっと大事にせんとあかん!
「そんな比べる必要あるん? 竜馬は竜馬でええんとちゃうん?」
私が思う最大限の優しい声で接すると、
「簡単に言いやがって。淳なら分かってくれると思ってたけど、もういい」
竜馬は転がっていた缶を拾い上げ、私に向けて力いっぱい投げつけてん。
せやけど、私には当たらなかってん。
そもそもぶつけられてもええ思てたから、避けてなんかない。
結果缶は竜馬の足元に落ちててん。
ほんで竜馬は音頼りに目で追って、大きく溜息吐いてん。
「途中まで作った曲と同じ。ヴァイオリン以外を音にしようと投げても、クソ兄貴に弾かれ足元に落ちた」
竜馬はドスッと音立てて椅子に座ると、
「菅野さんにさっき手で弾かれたのと同じ」
消え入りそうな声で、そっと呟いた。
やっぱり今の竜馬は、あの時私が言うた言葉――
・・・
「力は誇示する為にあるんとちゃうくて、人を護る為に使うもんなんちゃうかな」
・・・
――思い出されへんか。
竜斗が私たち護る為に動いてくれたように、竜馬も力の使い方に気ぃ付けてほしい。
傷つくのは、結局自分なんやから。
「私が偉そうなこと言われへんねんけど、メンバーが全員決まったら、皆で演奏してる姿想像しながら作ったらええんとちゃうかな?」
と、なるべく明るく言うと、竜馬はしばらく押し黙ってしまってん。
ずっと黙ったままやとしても、私は一歩も退かへん。
竜馬なりの答えや考え、ちゃんと聞いて尊重したいから。
やがて5分くらい経つと、
「あのさ」
申し訳なさそうな顔して声掛けてきてくれてん。
「?」
私が軽く首傾げると、
「可哀想って顔しないのは何で?」
半分呆れたような顔して竜馬が訊いてきてん。
でもそんな質問されてもこっちが訊きたいし、
「何で可哀想って思うん?」
って、あっけらかんと返すと、
「何それ。まぁいいや」
竜馬は眉潜めながらも、ふふっと柔らかく微笑んでん。
よかった。
笑う気力もあらへんとかやったら、どないしよ思ててん。
ちょっとだけ安心したわ~。
「あぁそうだ。2人に伝えといてよ」
って、竜馬が笑いながら言うてん、「ん?」って、返事したら、
「曲作れると思うけど、最悪ヴァイオリンのパートだけ」
なんて諦めたような言い方で言うてん、かなり驚いたから「そうなん!?」って、少し大きい声で言うてしまってん。
それに対して竜馬は、すっごく呆れた表情で、
「あぁ、分かってたけどそんなに驚くかぁ。それなら編曲が出来るベーシスト呼んできてよ、じゃあ」
って、サラッと言ってん。
編曲も何のことか分からへんけど、
「う、うん! わ~っ分かった!」
って、取り繕ってみると、
「はいはい。編曲出来ないよね? むしろ編曲が何の事か分からないよね?」
竜馬は早口でしかも食い気味に言うてきてん、私は大人しく白旗掲げてん。
「とはいっても、善処するから。じゃあまた連絡する」
って、竜馬はふぅと息吐いて言ってん。私と話したことで、少し落ち着きが戻ってきたんかな。
「はーい。忙しいのにありがと~」
私はあまり重くならへんように軽くお礼言うと、部屋を後にしてん。
部屋を出た後――
後鳥羽家 竜馬の部屋前
鳩村涼輔
龍勢さんが部屋から出てきた時は、かなり緊張した。
殴られた痕があったらどうしようとか、余計な事考えてばかりで。
でも実際の龍勢さんは笑顔で出てきたし、竜馬くんからの伝言も預かれたし、話が出来たみたいで良かった。
「ありがとう。ほんま助かったわ~。な~?」
菅野くんは僕の肩を軽くポンと叩いて言ってくれた。
僕は何度も頷いて、感謝の気持ちを龍勢さんに伝えた。
「竜斗はもうちょい竜馬のこと考えなあかんで」
龍勢さんは菅野くんに小突いて言ってるから、やっぱり裾野くんの事で何かあったのかもしれない。
「分かった分かったって!」
菅野くんはあんまり深刻に捉えてなさそうだけど、結構大きな問題だったんじゃないかな。
これはその内竜馬くんが話したくなったら、向き合おうかな。
その時の為に心の準備だけはしっかりしておかないと。
「ほんなら、今日は一旦帰ろか」
と、菅野くんが僕と龍勢さんを順に見て言うと、来る時に案内してくれた橋本さんが通りかかったのだった。
ここまでの読了、ありがとうございます。
作者の趙雲です。
次回投稿日は、3月18日(土) or 3月19日(日)です。
それでは良い1週間を!!
作者 趙雲




