「犯した罪の告白-4-」
その4。
藍竜組の創設までの沿革。
そこで犯した大罪とは?
※約3,700字です。
1989年4月3日 夜
中学2年生。
誰もが通る暗黒の歴史の巣窟の年。
残念ながら俺は特にこれといって無かったと思うぞ……。
1つあるとすれば、この頃ちょうど反抗期だった。
父親にさえ暴言とは言わずとも、反抗することがあった。
だが今日は弟の誕生日。
素直にお祝いでもして、密かに買った桜紋章の入った忍術道具一式を渡そう。
そう思い、学校から真っすぐ帰ってきた俺にぶつけられた両親の言葉は――
「何で殺し屋の訓練をしていたことを、黙っていたんだ!!」
……え?
どうしてそれを……。
戸惑う俺を他所に父親は俺の頬を叩いた。
生まれて初めて……眉を潜め本気で心配をして叱っている父親の顔を見た。
「藤堂役員と御子息が、殺し屋に向いていない隊員が居るという話をしていてね……。司については……ある程度経験させたら社会に戻そうといった話をしていた」
父親はそこまで俺を叩いてしまったことを恥じながら言い、ついでとばかりに指を立てる。
「片桐組に行ったのなら分かると思うけど、お父さんたちは殺し屋だ。相棒は届け出をしていない女性のみの殺し屋組織所属だ。……ここが一緒になればいいが、そんなことはいい。今すぐ辞めなさい」
母親は父親の発言を聞き、「喋り過ぎだ」と、腹を立てたが、それを無視した父親は剣先を俺の眉間に突き立てた。
……初めてではないか? 母親のことを無視する父親を見るのも。
そのうえ、命まで握ってくるのも。
「何すんだよっ……」
だからこそ、俺も強く言おうとしても言えなかった。
父親はエースではないが、総長が代わり制度が変わるまでは居続けたというから、かなり強い筈……しかしそれよりも極めつけに弟がリビングの扉から覗いていたことで、俺は居た堪れなくなり、
「ごめんなさい」
と、自分でも驚くほど掠れた声で言ったのだ。
すると父親はすぐに納刀し、
「よくできました」
と、ぐりぐりと頭を撫でまわした。
その手は大きく、肉刺だらけだったが、温かくて優しい手だった。
その夜……弟の部屋のベッドに2人で座り、いつものように喋らせていたのだが、弟は不意に話を切り俺の手を取った。
「お兄ちゃん、痛そうな手だね」
そう言われ、弟の一回り小さい手に掌を見せつけられると、俺の手も肉刺だらけであると気づかされた。
「あ……いつの間に」
と、俺が潰れそうな肉刺を撫でていると、弟は心底嬉しそうに左右に体を揺らし、
「それ見て、お父さんとお母さんが気づいたんだよ! 槍の部活なんて無いって。お兄ちゃん、おっき~い槍振り回しているの?」
と、アニメで観たのか、槍を大きく振り回すジェスチャーをする。
流石に本物の殺し屋の目は欺けない、か。
たしかに、現役時代は随分と重い槍を使っていたか。
だからペン立ても槍型にしたうえに、入隊試験でも槍を使わせる。
基本、槍の動きが出来れば……剣も使える。
これはあくまでも俺の考えだから気にするな。
あと拳の隊員のときも使わせるが、あれは……武器を持つ感覚を味あわせ、武器携帯の相手との戦闘を想像させるためだ。
「うん、暁よりも大きい槍だ。あとこれ、お兄ちゃんからの誕生日プレゼントだぞ~」
俺は背中に隠していた桜和紙の包みを差し出すと、弟は大きな目を輝かせそれを抱きしめた。
その中には、しばらくの間使ってくれることになる忍者装束も入っている。
思い出すだけでも……感慨深いものがある。
「ありがとう!」
弟は今でも手先が器用で、プレゼントの包みを開ける際に破いてしまう大惨事にはなったことがない。
「……あっ!」
小さな手で一生懸命開けた中身。
忍者道具一式を見た弟は、まだ小さな装束を取り出し、早速着てみせてくれた。
「じゃーん!」
紺色のそれに裾のみに刺繍された桃色の桜の装束は、弟の身体に丁度良く、何度も回転しては俺に笑顔を振りまいた。
……傷だらけの顔で。
「いや~似合っているな!」
俺はそこには触れず、大好きな弟が喜ぶ様を眠くなるまで見ていた。
それを言ってしまえば、彼はまた引き戻されてしまう。
……とは言っても、弟によれば母親の暴力は俺の家出の一件以来収まったらしい。
それは絶対、弟が至って健康な暮らしぶりをしているからだ。
幼児のうちに罹った方が良い病気は全て治療済みであるし、風邪は引いたことがない。
それで母親も諦めたのかもしれない。
そうだな、何よりも前向きに生きる弟の邪魔になっていたことに気付いたのかもしれない……。
今では年老いた母親に、俺はどうしても訊くことが出来ない幾つかの疑問の1つ、やもしれぬ。
これから比べればどうでもいい話だが、高校1年にもなると親にも組織にも黙って煙草を嗜むようになったか。
ん? どうだったか……18歳で吸った気もするが、記憶が定かではない。
そのことで1度、父親にまた怒られたことは覚えている。
未成年なのに吸ってはならない、と。
ちなみに、きっかけは覚えていないな。
裾野のように浮気を隠す為ではないぞ、少なくとも。
他は後醍醐傑か。あの人は香り付けの一種と言っていた筈。
それなのに、すまないが……。
次に話すのは、組の設立に向けてのことだな。
俺は高校生になった頃、そろそろ将来の殺し屋像について考えることにした。
だがこのまま大槍で活躍したとて、待っているのは片桐兄弟による高圧的な支配、男性の富豪の嗜み……。
それは現在の片桐組でもそうだが、輪姦といった性行為ですら嗜みという風潮がある。
そんな殺し屋組織で、本当に後世まで残る自信があるのだろうか。
もっと男女平等、学校教育の徹底、家柄の自由、守秘義務の共有、自由な発想を発表しやすい環境づくり、接しやすい経営層の在り方……。
ありとあらゆる理想像をノートにまとめ、高校3年の時に両親と弟に見せてみると……両親はなるべく支援すると言い、弟は全てを理解してはいなかったが、最後に書かれた”副総長は弟の青龍暁とする”という文言に驚き慄いた。
「……っ!!」
弟は両親の前では喋らない為、ジェスチャーで耳を貸すように言うので傾けると、
「人、殺したことないのに……」
と、脂汗を掻きながら言ったのだ。先程すべてを理解していないと言ったが、ここまで書くと間違いのような気もする。
副総長がどんな仕事をするかはもうこの時には決めていたのだが、副リーダーというイメージなら全員の前に立つと思ったのだろう。
「大丈夫。暁は今まで通り、忍者で桜が好きで……隊員の前には1年に1回だけ出てもらえればいいから。土地が決まったら、桜を沢山植えよう」
と、彼の耳元で囁くと、弟は嬉しそうに……桜を初めて見た時のように穏やかに微笑んだ。
そうして募集を始めた藍竜組であったが……土地は両親に託していたこともあり、人員募集のみを考えれば良かったというのに、殺し屋業界のラジオの存在を知らなかったのだ。
それを見かねた両親からラジオのことを教えてもらい、家柄を気にしないことや男女平等の殺し屋組織を作ると宣言すると、外部講師も隊員も集まっていき……現在の藍竜組の土台となった。
それから……そうだな。
情報屋とエンジニアの募集も始めた頃、来る筈もない男が入隊希望の列に並んでいたのだ。
だがあれは間違いない。
何よりも、弟の言っていた土星のペンダントが首元に光っていたのだ。
俺は逸る気持ちを抑え、高校生になりたての彼の肩を叩いた。
「……月光?」
肩を叩かれ振り向く男の子は、たしかに月光……だと思う。
だがおかしい。
惨殺体になった筈の彼が、どうしてこうもピンピンした状態で俺の目の前に立っている……?
「おっお~藍竜さん。……いっぺん死んだ俺で良ければ、雇ってくれませんか?」
だが月光は当時と同じ口調、低くなった声で言い、鼻の下を左人差し指で擦った。
「……何故君は」
俺が俯き、つま先からつむじまで視線を這わせて言うと、
「どうでしょう~? とりあえず、ピンピンしていますから」
と、笑顔ではぐらかされてしまう。
う~ん……2人きりになれれば、追及しやすいのだが。
「試験が終わった後、喫茶店に行かないか?」
と、軽い気持ちで誘ってみたのだが、首を捻って考えこむと、
「いえ。ちょっと用事が……ごめんなさい」
と、あっさりと断られてしまった。
そうして藍竜組は数年の月日を経て……1995年8月10日、俺が20歳になったその日に設立された。
俺はここで食い下がれば良かったのだろうか?
意地でも彼が死んだのか、死んでいないのか……訊き出せば良かったのか。
……今では分からない。
何せ大崎月光は藍竜組を辞退し、片桐組のエンジニアになっているのだ。
そのうえ、黒河月道の毒弾の開発者でもあり、第二の相棒と呼ばれるほどの天才ぶりを発揮している。
しかしマジシャンとして表舞台に立つのは辞め、細々と片桐組内でやっているという噂は聞いた。
あのとき俺が止めていれば、もしかしたらマジシャンとして彼を活躍させてあげられたかもしれない。
片桐は実力ある者しか見ないから、本当の個性を殺す。
……俺としたことが、今までとは比べ物にならないほどの大罪を犯したものだ。
あぁそうだ……この前鳩村からとんでもない情報を聞いた。
大崎月光は、凄腕の医者によって助けられたという説もある、と――
作者です。
副総長が暁さんなのは、最初から決めていたんでしょうね。
隊員と関わらなくてもいいポストを用意してまで来て欲しかった。
殺さなくてもいいから。
……彼こそ弟思いな気がします。私でしょうか?
次回の投稿日は最近毎日投稿していたこともあり、金土日は空けます。
なので、9月25日(月)か26日(火)のどちらかに致します。
それでは良い週末を。
作者 趙雲