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「趙雲の気まぐれ短編集」  作者: 趙雲
藍竜さんの独白
3/69

「犯した罪の告白-3-」

3つ目のお話。


今度は彼自身に罪を犯したようです。

今では偉人と化した人物との出会いも。


※約5,000字です。

1988年3月某日 深夜



 俺と弟の部屋は別だ。

だからこそ、事態の発見が遅れたのだろう。

……弟が今までの話に登場する際、忍者装束以外着ていなかったと思うが、それは俺のせいだ。

俺が……もっと早く危機に気付いていれば。

毎日部屋に行って、存分に話させていたのに。

どうしてあいつも言わなかったんだろう。

それは今はもう分かっている。

俺に心配をかけたくない、標的が俺に代わったら嫌だから、自分が犠牲になれば母親の機嫌もいいから。

……本当はそうではない。

母親も心中では殴ればいいなんて思っていなかった。

ただ、幼い頃から非行に走った自分の性格に似てしまったことを悔やんでいた。

それを相棒である父親に言えず、ただただ……。


 小学校の卒業式を迎えた今日も、そうやって弟を殴りつけていた。

俺がなぜ今日に限って気づいたのかは、単なる偶然だ。

亡くなった月光のことを考えていたら、寝付けなかった……ただそれだけだ。

 その事件は、トイレに行って落ち着こうと弟の部屋の前を通ったときに起きてしまった。

「おら!! お前が産まれたから!! ふざけんなよ!! ふざけん……なよ!!!!」

母親が涙ながらに喉を嗄らして叫ぶ度に、弟を殴りつける鈍い音がドア越しに響く。

だが彼は何も抵抗していないのか、無言で殴られ続けていても言葉ひとつ発しなかった。

それを当時の俺は、殴打の末の……要するに最悪の結末を頭の中に描いてしまった。

「……暁」

俺は生唾をゴクリと呑み、扉を慎重に開けた。

すると母親は顔をくしゃくしゃにし、意識の無い弟を抱きしめていた。

最近買った桜色のカーペットは血で染められ、既に固まって変色している箇所もあった。

「ごめんな……私に似たせいで……。お前は……殺し屋しか……嫌だ……」

母親は涙声で言うと、呆然と立ちつくす俺を見つけ、抱きしめようとした。

だが俺はどんな理由であれ、罪の無い弟を殴り続け殺したことが許せなかった。

それは母親に対してもだが、自分が守れなかった絶望から母親の抱擁を拒否した。

「人殺し!!」

不思議がる母親の顔に向けて放った言葉は、殺し屋が言われても傷つかないそれではない。

特に親族に言われるのは、心に刺さるものがある。

俺は口をポカンと開け、鼻血を垂れ流し、頬も原型をとどめていない弟の首に手を回し、

「何で俺に言わなかったんだよ……!! 暁のバカ野郎!!」

と、心の中に渦巻く感情に任せて叫ぶと、また母親に向き直り、

「こんな家……出てってやる!!」

と、泳いだ目で心配そうに見る母親を睨み、自分用のボストンバックを取りに部屋に駆け込んだ。

 俺は部屋にある大事なもの、平家住まいだからそのままキッチンの方に走り、水と野菜室から適当に野菜を抜き取り、何個かチーズを引っ張り出した。

「……もう、帰るものか……」

早く出て行かないと。

頭では指令が出ているのに、いざ家出をするとなると足が竦んだ。

それどころか、目からは雫が零れ落ち、ボストンバックを抱えたまま泣きじゃくった。

……とどのつまり、弟を置いていくなんて俺には無理だったのだ。

俺が居なくなったら、彼はずっと母親に殴り付けられるだけ。

父親は眠りが深いからそう起きないうえに、トイレが近い訳でもない。

「うぅ……何なんだよ……。何なんだよ!!」

だから俺は悔しい気持ちをボストンバックにぶつけ、母親が駆け付けるまで水の入ったペットボトルが潰れる程殴っていたという。


 その日を境に俺は自分を変えたくて夜中に家を出るようになり、6人の不良とつるむようになった。

殴り合いで勝てば、仲間が喜ぶ。

負けても死ぬ訳ではないため、皆で仲良く出来たてのコンビニに行き、応急処置の道具を買って治しあったりしていた。

とはいっても、現在ほど商品がある訳でもお金も無いから……赤チンとガーゼぐらいだ。

 その生活が数か月ほど続いた頃、殺し屋になりたいと言い出した仲間が居た。

彼はグループの中でも1番強く、屈強な体つきをしていた。

「とりあえず、片桐組行くぜー!」

調子の良い奴だったから、いつもいつも全員にスルーされていたが、片桐組現役時代は教祖様と呼ばれるほど慕われ、鷹階の役員の任期を終えた今は、東北の最北地域で鷹匠をしている。

毎年送られる差出人不明の多額の寄付金のおかげで、海外のVIPを呼ぶことも出来、メディアでも注目されているそうだ。

きっと送っている人物は、さぞかし腕の良いスナイパーか、カジノが好きな人間なのだろう。

「片桐組……」

俺は殺し屋に関しては無知だが、両親が時折家で夫婦喧嘩という名の殺し合いをしていたり、家に来た刺客を迎え撃っている姿を見ていた為興味があった。

「へ~? 興味ありありだなぁ? それなら、司も行こうぜ!」

彼は流石信仰を得るだけのことはある。人の心の変化によく気づく。

「……そう、しようかな」

だからこそ、俺もやろうと思ったのだろう。

仲間たちは下りると言ってきかなかったから、このとき俺たちのグループは解散した。

その後の仲間の行方は、藍竜組を創設した時に知った。

もちろんホワイトハッカーとして雇った鳩村に訊いたのだが、サラリーマンをやっている、経営者になっている、アルバイト生活等……それぞれ不良を抜け出し、自分の信じる道を進んでいる。

「そうこなきゃな~!!」

このときのあいつ……いい顔していたな。

だから人も付いてくる。

そういう彼の姿を見ていたからこそ、今の俺があるのかもしれない。


 次の日になり、俺と十数年後には鷹階役員になる彼は、何もアポも入れずに深夜の片桐組の門の前に来ていた。

だがそこで驚くべき事実が発覚したのだった……。

現在と同じく門番が2人居るのだが、2人とも彼の顔を見るなり扉を開けたのだ。

「……?」

当時5cmほど背の高かった彼を見上げると、彼は複雑そうな顔を浮かべ、

「俺、こう見えても……貴族の子どもでさ。新田鷹史(にったたかし)っつーの。言葉遣いがアレだから、分からなかったろ?」

と、初めて俺に名を告げた。

そう言えば、こうして思い出していても鷹史だけには名前を訊いていなかったのだな。

あぁ……彼の弟は、裾野のお兄さんである後鳥羽紅夜の執事長だったか。

新田とは小さい頃からよく遊んでいたらしいが、誘拐されたのを機に鷹史は不良になり、取り戻そうとしていたそうだ。

今でも鷹史からは手紙やメールが来るが、ある日後鳥羽家で働く様子を写真で見せたら、「幸せそうだから、もう諦めた」と、返信が来た。

……その返信の直後、役員を辞めているからな。それまでは諦めていなかったのだ。

弟思いのいい兄なんだろう。


「新田様、お連れ様、どうぞ」

門番に導かれるがまま、空気も雰囲気も変わる片桐組内に入ると、4つの建物と奥に聳え立つ中世の城が目に入る。

「あの城に、総長と副総長が居るらしい……」

この日ばかりは鷹史も緊張というよりも、武者震いしているようだった。

「おう……」

俺は肩を鳴らして、聳え立つ城に向かって歩を進める。

嘲笑うかのように見下す城は、やがて迎え入れるかのような表情に変わり、ギィィと音を立て門が開いた。

「……いよいよ」

「いよいよか」

中は洋風の造りで、昼間に見ればそこまで恐ろしく感じないのだろうが、深夜に見る玄関はドラゴンが出てきそうな程不気味であった。

俺の目指す悪の組織図とは正反対のそれに、違和感と同時に恐怖を感じた。

「総長室はどこだ……?」

と、鷹史が呟いた言葉は城中を反響し、耳を劈く獣の声になって跳ね返ってきた。

それもその筈。

先程まで誰も居なかった玄関ホールの中心に、同い年ほどであるのにかなり背の低い少年が立っており、七色のレフ板のようなものを持っていたからだ。

「父上に御用か」

そのうえ彼の声は既に変声期を迎えており、小さい身体からは異質と思えるほどの低い声に俺たちが驚く番であった。

「俺たちは片桐組に入りたい……だから呼んでくれないか?」

俺がそう呼びかけると、少年は首をグルッと回し、

「貴族の新田様とその連れがいらっしゃいました」

と、レフ板のようなものを使い、自分の声をなるべく上の階へ届くように傾けると、程なくして吹き抜けの最上部に人影が見えた。

ビルの4階建て程の高さから見下ろされているため、表情などはよく分からなかったが、寝間着の割に豪華だと思った記憶はある。

「感謝するぞ、出来の良い息子よ。その連れ……藍竜尊(あいりゅう たける)の息子か。よかろう、2人共我が組に入るが良い。新田様は鷹階、藍竜の息子は象階に入りなさい」

だが片桐総長らしき男はそれだけ言い終え、覇気を纏いながら自身の寝室に戻ってしまった。

それと……恥ずかしい話、俺はこの時に初めて父親の名前を知り、また片桐組所属の殺し屋であることを知ったのだ。

だからこそ、少年に訊いてみたかったのだ。

自分の父親が殺し屋で、総長をしていることをどう思うか。

「君は、父親が殺し屋組織の総長で……家を継いでくれって言われたら――」

「AB型で片桐組に生まれた人間こそ、総長にふさわしい人間。また、この組の人間は名家、貴族、隊員と血縁関係にある者のみ。むしろ父親に感謝しろ、庶民」

彼は俺を睨み上げて冷たく言い放つと、レフ板のようなものを翻し姿を消した。

ちなみにこの時は名乗らなかったが、この時の少年はのちの片桐湊冴……現在の総長だ。

「……小人族じゃ、ないよな~……ははっ」

鷹史はその様子を見、引きつった笑いを浮かべた。

「なんとか……入れてもらえたから、いいだろう……」

俺は彼の衝撃的な発言が頭から離れず、淡々と言ってしまった。

偉い人だけ殺し屋になれる……?

何だかおかしい。それなら祖父はどんな人物だ……?

それよりも、お金もツテも無いが殺し屋しかないと思った人物はどうする?

当時は片桐組しか無かったからな……。

そういう人物は、警察にバレないようコソコソ生活するしかなかったのだろう。

「あぁ……」


 そうして俺たちが城を出た後、突然大量の烏が向こうの空から降りてきたのだ。

「わわっ……! おい、司! 大丈夫か?」

鷹史は俺の腕を引き寄せ、俺も鷹史の腕に掴まっておいた。

やがて大量の烏はどこからともなく現れた1人の弟ほどの子どもの肩や頭に乗っかり、大人しく止った。

「おそよ~ございます~……からすで~す。入隊おめでと~っと、新田さんが鷹階で、藍竜さんが象階ね~」

男の子は城の方から来る烏たちの紙を頼りに話し、面倒そうにもしゃもしゃ頭を掻いた。

「こういうのはそういう人間がやる仕事じゃないの~? 面倒だなぁ」

深夜だから眠いのだろう。そう愚痴をこぼしつつも、烏の資料に目を通し、

「そうそう。12歳だって~? じゃあ今日から2人は相棒で、高校生になったら共同生活ね……それまでは2人とも放課後にこっち来て、訓練する~その繰り返し。まぁ後はこの資料読んで~」

と、半ば棒読みで言い、烏の爪の跡が残る資料を烏越しに渡された。

結構適当な人間も居るんだな、と逆に感心していると、

「あ~自己紹介ね」

と、最後の資料まで目を通した男の子が振り向き、あどけない笑顔を浮かべると、

「どうも、情報屋が集まる烏階のエース、藤堂からすで~す」

と、Vサインをし、へにゃっと口を曲げた。

すると資料に真面目の目を通していた鷹史が驚きのあまり、資料を落としてしまった。

「エースって、隊員の中で1番偉い……」

当時は烏階しか役員がなく、ご存知の通り藤堂の父親が役員だ。

俺は資料を拾いつつ、

「烏たちは飼っているのか?」

と、鷹史の心を抉らせないよう他の話題を振ると、藤堂は首を横に振る。

「勝手に寄ってくるんだよね~」

そう言いつつ、象階を案内し始める。



 そして鷹階も案内してもらった後、誕生日の早い方の寮に泊まることになるというので、象階8階10号室で一夜を過ごすことになった。

 それからまた9月になり、放課後の訓練が終わりシャワーを浴びた後だった。

再び片桐湊冴と会い、その兄である片桐湊司とも出会うことになるのだ。

「……疲れた」

俺は部活と嘘をつき、毎日放課後だけ片桐組に通う生活が続き、弟と顔を合わせるのは夕飯時と寝る前のおしゃべりだけになってしまった。

だが俺は強くなるまで、そう決めて毎日過ごしていた。

そんな俺の前に現れたのは、数十年後に片桐組総長、副総長となる兄弟であった。

「……」

「あなたは……藍竜司?」

片桐湊司にそう問われ、俺は渋々頷く。

すると2人は目を合わせ、微笑み合ったと思えば、

「俺たち片桐組は、無機質に殺すのがモットー。感情移入すんな庶民が」

「殺しは富豪の嗜み。今後はそのように」

と、湊冴、湊司の順で威圧を込めて言われ、俺は腹の底がグツグツと煮えてくる感覚を味わったが、どうしても言い返すことが出来なかった。

それは……2人が怖かったであるとか、父親に報告されるのが嫌だとかではない。

どうしてもそこで、”イイコ”になってしまったのだ。


 3つ目は言い返せない罪……怠惰とでもいうべき罪を犯したのだ。

作者です。


藍竜総長は、片桐組と違うものを創りたい。

そう思って藍竜組を設立したのだと思います。

富豪の嗜みなんて、ちゃんちゃらおかしいですもの。


次回投稿日は、早くて明日でしょうか。

秋刀魚は、アブラのノッてきた頃に食べてしまいましょう。


作者 趙雲

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