「ひなまつりの恐怖」
うれしいひなまつりが各地で聴こえてくる今日この頃。
殺し屋だろうと何だろうと、ひなまつりは大事な行事です。
……大事な行事です。
タイトルはお察しの通り。
※約2,800字です。
2019年3月3日
後鳥羽家 後鳥羽龍の部屋
橋本執事長
今、ご主人の部屋で異常事態が起きている。
「裾野の部屋に飾ったらどんな反応するんかな?」
と、目を輝かせているのは、龍様の相棒でいらっしゃる菅野海未様。
茶髪短髪をワックスで程よく立たせた小麦肌の男性で、178cm程度の身長を思わせないモデル体型を持つ方だ。
目も大きく鼻筋が通っておりそれでいて可愛らしさもある、龍様とは違ったタイプの整った顔をされている。
「ほんまにええんかな? 龍くん怒らへん?」
と、心配そうに事の成り行きを見守り、娘の聖花様をあやしているのは奥様である龍勢淳様。
黒髪のストレートのセミロングを1つに結い、聖花様が引っ張れないようにアップにしている。
「大丈夫やて! 裾野は俺がやった事なら怒らへんし」
菅野様は腕を組んで大きく頷いていらっしゃるが、どう考えてもそれは怒ると思う。
「あの」
俺は背後で一部始終を見ていたのだが、器の大きい龍様とはいえ流石にお雛様をフルセット持ち込んだ上に並べるのは……。
「龍様の事をお褒め頂くのは光栄なんですけど、多分結構怒ると思いますよ」
と、半ば項垂れて言うと、菅野様はけらけらと笑ってみせた。
「え? 怒らへんって! 俺にしては綺麗に並べてるし、順番は淳が教えてくれたから大丈夫や!」
と、自信満々の表情で完成形を見せびらかしてくださったが、何度考え直しても怒るという結論にしかならない。
「せやなせやな。順番は合うてる!」
淳様は苦笑いを浮かべていらっしゃるが、俺でも気になるのだから当然だと思う。
だが何と言っても、菅野様はとても無垢に話をされるから指摘がしにくいのだ。
龍様が夢中になるとだけはあると心底思う。
「やろ? 絶対笑って許してくれる自信しかあらへんもん」
菅野様は何枚か写真を撮られながら仰ると、俺と淳様に無垢な笑顔を向けながら見せてくださった。
何も言えない。
俺は割とズバズバご主人様方や執事たちに言える方なのだが、この御方には何故か声を掛けられない。
つくづく不思議な方だと思わされる。
「なぁなぁ橋本さん。1つ教えて欲しいんやけど」
すると菅野様は俺の肩をポンと叩いて言い、こう耳打ちされた。
「龍って寝るとき、いっつも魘されているんやけど、これで良くなったりせえへんかな?」
と。
声色からは心配そうな親友の心情が窺えたが、ひなまつりは女性の無病息災を願う祭事だ。
角度こそ違うが、龍様から無病息災を願うものである事は聞いたのだろう。
それならば、良い考えがある。
「菅野様。そういうことでしたら、気持ちをまずお伝えなさった方が良いですよ。龍様は、あなたにかなり夢中なので」
と、なるべく声を抑えて言ってみせると、菅野様は微笑みながら子どものように大きく頷き、
「うん、そうする!」
と、目を輝かせて仰ったが、後半は聞こえないフリをされた気がする。
「早く裾野来ないかな~」
菅野様はベッドでごろごろ転がったり、枕を殴ったりしていらっしゃるが、もうそろそろお帰りの時間だ。
それにしても、独り言や対人で呼ぶときはコードネームの裾野で呼び、耳打ちの時は本名である龍と呼ぶのは、盗聴の可能性を考えているからだろうか。
そうだとしたら、本物の殺し屋だ。
まぁそうしたのは龍様なんですけど。
「う~ん」
聖花様を抱き直した淳様が、お雛様を見ながら首を傾げていらっしゃったので、
「どうかされました?」
と、隣に並んで言うと、ゆっくりと首を横に振られた。
「昔程やないんやけど、やっぱり龍くんの事考えてる時の方が長い気がしてん。家族で居ても、龍はどうしてるかな~ってよう言ってて」
俯いて心配そうに仰る姿に、俺は不躾ではあるが吹き出してしまった。
「大変失礼致しました。ただ、それは杞憂かと思って」
と、ハンカチーフで口元を拭ってから言うと、淳様は不思議そうな顔で見上げていらっしゃったが、すぐに明るい笑顔を見せてくださった。
おそらく伝わったであろう。
龍様と菅野様が一緒にいらっしゃるときは、淳様の事ばかり龍様に話されている事を。
・・・
しばらくすると、疲弊された表情の龍様が頭を抱えながらお部屋に戻られた。
「ただいま戻りま――」
だがそこに居るのは俺だけではなく、淳様と菅野様、そして聖花様がいらっしゃる。
「菅野に淳、それに聖花ちゃんまで。どうして――」
と、柔らかな笑みを浮かべられた龍様であったが、視界に例のお雛様が入られた瞬間表情を曇らせたのだ。
「これを並べたのは誰だ」
案の定声のトーンが低くなる龍様。
俺は菅野様の隣に行って小突くと、目配せをした。
菅野様がやった事であれば、必ず怒る。
だが、気持ちさえ伝えれば分かってくださる御方だ。
菅野様は俺の合図に対し、大きく頷くと、
「これ、並べたの俺なんやけど……最近ずっと魘されてたから、少しでも良くなればなっ……て……」
と、段々語気が弱くなってくる菅野様に対し、龍様は盛大なため息を付かれた。
「そうだろうとは思った。だが、俺よりも先に寝る筈なのによく気付いたな」
龍様は不揃いなお雛様を見つめ、僅かに口角を上げられると、
「ありがとう」
と、微笑みを菅野様に向けられたのだ。
菅野様は笑みに対し、少々頬を赤らめられ、
「う、うん」
と、口ごもっていらっしゃるので、淳様は思い切り背中を叩き、
「余所見注意やで!」
と、吹っ切れた様子で声をあげて笑っていらっしゃるのを見た俺は、見えないよう俯いてから口角を上げた。
するといつの間にか目の前に龍様がいらっしゃっていて、
「橋本、いつもありがとう」
と、優しく微笑んだまま軽くハグをしてくださったのだ。
かなり身長の高い龍様の身体は頼もしく、包まれているような気分になる。
「いえ。これはまぁ仕事ですから」
俺は軽く胸を押し返すと、龍様はほんの一瞬だけ寂しそうな顔をされたが、すぐにお雛様に目を遣り、
「菅野、お雛様は聖花ちゃんや淳の為に飾るのだから、もう少し心を込めて並べ直してみようか」
と、ご自分の部屋にも関わらず、菅野様を手招いていらっしゃる。
「そうやんな! それなら一緒にやるやる!」
菅野様も龍様の言い方が良いせいか、並べ直す事も快く受けていらっしゃる。
その様子を見ている淳様も、来た時のような悩みを抱えた表情は薄れ、時折笑みを浮かべながら見守っていらっしゃっている。
正直複雑な心境である事の方が普通なのだろう。
旦那の親友であり相棒と居る時の方が楽しそうに見えたり、自分は要らないんじゃないかと思ったりして悩む事も。
端から見たら単なる杞憂でも、本人たちに伝わらない時もあるのだから、もっと執事として気を付けないとですね。
ひなまつりに男性である龍様の部屋で、菅野様が龍様の無病息災を願うという謎の行事……結構悪くないかもしれない。
来年も催して良いか、龍様に訊いてみようか。
いや――サプライズだったから怒らなかっただけだ。
きっとそうだ。
あの歯ぎしりの仕方、雛人形を丁寧に扱っているように見える手つきは確実に――
作者です。
バレンタインデーを書けなかったので、もうひなまつりで書くしかない!!
滑り込み投稿でございます。
本編ですが1週間遅らせて投稿致しますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
作者 趙雲




