「犯した罪の告白-2-」
藍竜さんの過去その2。
弟と藍竜。
桜、土星、宇宙。
母親は味方か、敵か。
※このお話だけ長めでして、約8,500字です。
1980年8月11日 午後
翌日、罪悪感に苛まれることもなく幻覚だと処理した俺は、両親と共にマジックショーに足を運んだ。
関東の中心部にある仮設の野外ステージは粗末なものだったが、人が造ったという温かみを直に感じることが出来た。
「……楽しみ」
俺は父親の隣に座るや否や、パンフレットを握りしめてそう言うと、父親は唇に人差し指を当ててウィンクをした。
子どもの声が嫌いな……母親には言うな、と言いたいのだ。
やがてパフォーマンスが始まると、まずは座長だという初老の男性が登壇し挨拶を始める。
すると母親は座り直しながら、
「パンフレットには子どもも出るって書いてあるけどよ、出たら耳塞ぐからな」
と、父親に耳打ちをする。
なぜこの内容が分かるかは……子どもながらの力だろうな。
何となく察した。それに尽きるだろう。
それから何組か青年たちがマジックを披露しているのを見、俺はふいにこう口走ってしまった。
「マジシャン、かっこいい」
だが幸いにも父親だけにしか聞こえていなかったらしく、そっと耳元でこう囁いた。
「……ウチの相棒は喋りでお金を稼ごうとする人が嫌いから、やめておきなさい。言葉で引き込む人は、もっと嫌いだよ?」
これは……俺が産まれる前、母親が詐欺師に騙され続け、言葉巧みに裏切られたことが起因だ。
だからマジシャンも、芸人も営業の仕事も嫌うのだ。
どこかで自分を騙しているのではないか、と疑心暗鬼になるから。
「うん!」
だからこそ、俺は父親のようになりたい。
そう思い始めたのは、この頃だっただろう。
だが大トリというアナウンスが響き、覚束ない足取りで駆けてきた3歳のマジシャンが出てきた瞬間の母親の顔といったら。
「……」
言葉に出来ない憎悪の目、殺してやるという憎しみの顔。
子ども嫌いは元からだというが、ここまで来ると異質なものがある。
「れでぃーす、えんど、じぇんとゅるまん!」
一方で慣れない英語を必死に話すマジシャンの姿に、客席からは割れんばかりの拍手が起こる。
俺と父親は、耳を塞いでいる母親を気にして拍手はせずに、何を話そうか必死に思い出す彼を見つめていた。
「僕は、大崎月光と申します! 今日は最後まで楽しんでいってください!!」
マジシャン改め月光は当時からすれば、かなり珍しい名前ということもあり……観客はパンフレットと見比べながら、
「月の光で月光なんて、可愛い名前ね~!」や、「るこうって呼びづらいけど、こうちゃんとかどう?」などと、口々に話し出す。
すると月光は野外ステージをぐるりと見渡し、
「ぽいじゃっ!」
と、得意げな顔をしながら、1枚の金メッキ製のレコードを客席に向かって投げた。
観客たちは突然の月光の行動に慌てふためき、頭を低くするなどしてレコードを避けたが、俺はそのレコードの断面を見た瞬間にある事に気が付いてしまった。
「えっ……」
レコードは通常円形だ。だがこれはよく見ると……レコードではなく、2枚の細長く短い紙をクロスにしたブーメランだったのだ。
だが当時の俺にはブーメランとは何ぞや? といった状態だったため、頭を伏せようとしたのだが、
「君はいいよ!」
と、気さくに客席の最後列に居る俺に向かって叫ぶ。
やがてブーメランが俺の目の前まで飛んできたときに、座長が舞台袖からひょっこりと顔を出し、
「伏せている皆さんも、その姿勢のまま上を見上げていてくださいな」
と、嬉しそうに目を細めて頷きながら言うので、観客も戸惑いつつ上を見上げる。
するといつの間にか空、というよりも屋根が宇宙の垂れ幕で染められ、俺も上を見ている隙にブーメランを見失ってしまった。
ど、どこへ?
当時の俺は立ち上がってまで探していたらしく、父親に腕を引っ張られた瞬間座長に、
「マジック中は目を離してはなりませんぞ」
と、真横で言われ、思わず仰け反ってしまった。
だが座長は月光に一瞬目を遣り、
「あの子はまだ小さい……もっと大きくなれば、今のマジックも賢く映るんだがのう」
と、一言呟いたので、ブーメランを手に前列の客と話す月光の方を向いていると、再びステージ上に座長が現れた。
おしゃべりさんなんだな。
この大マジックに俺の周りの席からは大歓声だが、他の席の観客は何の事か分からずに戸惑いを見せていた。
「大崎月光は、宇宙が大好きな3歳のマジシャンです。……この歳だろうとプロですので、皆様これからも応援の程よろしくお願いいたします」
そう暗くなる照明の中座長は月光の小さい手を握って叫ぶと、観客からは割れんばかりの歓声が起きた。
それからそのまま緞帳が下りていったが、最後の数センチの隙間を縫って月光が作ったブーメランがこちらに飛んできたので、
「ありがとう!!」
と、数年分の声を腹の中から出し、ブーメランが返ってしまう前に受け取ると、月光は緞帳から手を出して振ってきた。
もちろん、前列の人たちは自分たちに振ったのだと思い、嬉しそうに振り返している。
俺のために……。
自分で作った小道具をチケットを友人に貰った程度の客が貰ってしまっていいのか。
……今の俺ならこうか?
だが当時は幼児だから、握りしめて喜んだものだ。
よく見れば地球と土星がプリントされており、彼がいかに宇宙が好きかが分かる。
何故かは……土星がヒントだな。
「……」
俺はブーメランを父親のカバンに突っ込むと、ウィンクをして人差し指を唇に当てた。
すると父親はフッと微笑み、「そうだな、シーだな」と、口パクで言った。
そう言えば、あれから父親に部屋に隠すよう言われてからか、母親にブーメランのことを咎められたことが無いな。
父親にはその面も感謝しなければな……。
マジックショーを観た後からは、俺は母親には見つからぬようブーメランで遊び、友人には一切自慢しなかった。
それは母親が友人の母親とも仲が良く、よく子ども同士で遊ぶ場でお茶をしていたり、それぞれ子どもの様子を見ながら
井戸端会議をしていたりもするからだ。
だがそうして”イイコ”でいたからか、数日後に母親はこう俺に尋ねた。
「弟、欲しいかよ?」
そうルーズな恰好をし、胡坐を掻いて座りながら言う母親は、俺を本当に可愛がっている……。
それは今でも真実だとは思うが、俺は未だに笑顔で軽々しくも頷いてしまったことを胸張って正解だと言い切れない。
というのも……弟がお腹の中に居ると告げられてから、母親の文句が毎日滝のように溢れ出、バケツをすぐ一杯にしてしまうからだ。
そのうえ、ときどき母親がこう叫んでいるのも聞いている。
「こいつ……やっぱ下ろそうかな」
「あ゛~~!! 何なんだよ、悪阻が随分酷ぇじゃねぇか!」
……これは父親もそうだと同調したが、お腹を殴りつけるようになってしまった母親を見かね、
「小さい頃と、お腹にいるときは元気な方がいいさ……。大病を患わない、いい……大人しい子に育つよ」
と、肩を抱いて言い聞かせている情景を見て、俺はやはり”大人しい、イイコ”なのだろうか?
だが……母親の怒った姿は、鬼という表現では生ぬるいほど恐ろしい。
だから俺はこの2人を前にして……何も出来ない自分が、みじめでみじめでただ悲しかった。
やがて4月3日の彼誰時……無事に弟が産まれてからは幸せでした。
そういったハッピーエンドなら、どれほど良かっただろう。
青龍暁と名付けられたA型の男の子は、産声が平均より大きく、夜泣きにいたっては1時間ほどでまた泣いてしまうこともあった。
それほどただでさえ苦手な子どもの泣き声に苛まれた母親は、数日で世話を全て父親に押し付け仕事の予定をこれでもかと入れた。
「……どうしてだろう」
父親はある朝、すやすやと寝息を立てる弟の顔を憂いの目で見下し呟いた。
「なにが?」
俺が弟の頬を優しく突いて言うと、父親は笑顔を取り繕い、
「暁は何も悪くないんだ。司と同じく……この世界で生きる為のミッションを背負っているんだから!」
と、まるで自分に言い聞かせるように胸を張った。
「ミッションって何?」
「それは分からない。だけど司も暁も……死ぬまでにやらなきゃいけないことがあるから、この世に生まれたんだよ」
と、頭を撫でて言ってくれる父親。困らせてみたいというよりも、疑問はぶつけておきたい質なのだ。
「なんで?」
言い終わるや否やそう言うと、父親は少し考え込み、
「これが不思議なんだ。司の時も、暁の時も……神様から、ミッションを与えたいから母親のお腹に新しい命を授けるって、夢で言われたんだよね。だから神様は2人の心のどこかにミッションを隠しているんだよ。ん~分かるかな、もっと勉強していろんな世界を知ったら、きっとミッションも見つかるんじゃないかな?」
と、神様の部分だけいつもより低い声で言い、端正な顔でくしゃっと微笑んだ。
その目には僅かに涙が滲んでいた。
本当は母親が育児放棄した現実をどう暁に言おうか、悩んでいたのではないか。
このまま帰らなかったら……どうしようか、と。
「うん……」
ここまで分かる筈がないのに、俺はそう呟きそれ以上は訊かなかった。
やがて3年の時が経ち、俺はランドセルを背負って学校に通っていた。
小学校2年生の夏休み前。弟は3歳になり、すくすくと成長していったが俺とはまるで性格が似ていなかった。
青龍暁は……話すのが大好きで、明るい性格で誰ともすぐ話したがる男の子だったのだ。
外に出れば走り回り、擦り傷を沢山つけてくるような弟だが、俺はその後ろを追いかけるのが楽しかった。
あまり話さない俺の代わりに、友達を沢山作ってくれる弟。
俺は彼を責めるつもりは毛頭無いが、このときは母親がいつ怒るか、そもそもいつ帰ってくるか、そのことばかりで毎日ビクビクしながら暮らしていたから……母親が夏休みになって仕事が無くなった、と言いながら帰ってきたとき俺は1人で覚悟を決めていた。
だから暁には何度も忠告した。
「お母さんの前では話しちゃだめだ」
と。
だが3歳の子どもにそんなことを言ったって、ほぼ初めて見る母親を前にすればタガが外れるに決まっていた。
母親は家に帰り、飛びついて色々話しかけてくる暁をジロリと睨み、開口一番にこう言ったのだ。
「チッ。お前の声が耳障りなんだよ!! 二度と喋るな!!」
怒鳴られ、弟の目がぐらりと揺らいだのが横顔でも分かった。
「ぼくのこえ……きらい?」
それでも暁は母親を見上げて訊いたのだ。
すると母親は暁の目線まで屈み、
「そうだよ。てめぇの声聞いてっと殺したくなるんだよ」
と、髪を引っ張りながら言われ、暁の大きな目からは涙が零れ落ちた。
それからすぐに父親に謝るように言われても、俺を前にしても母親は謝ることはしなかった。
『おこられた。
おかあさんはこわい。
しゃべっちゃだめ。
……こえが、きらい。
きらいきらいきらいきらいきらいきらい
こわいこわいこわいこわいこわいこわい
…………』
だからこそ、走り書きで俺の机に書かれた暁の字を見て……俺が父親と一緒に護らなきゃと肩を震わせていると、後ろから肩を叩かれる。
……暁だ。
「おにいちゃんは、ぼくのこえ、きらい、なの?」
俺は何も言わずに抱きしめ、力いっぱい泣いた。
すると暁は俺の背中を擦り、
「よかった……」
と、掠れた声で呟いた。
もし菅野や裾野の話を聞いた方々なら分かると思う。
藍竜組副総長である彼が、滅多に話さない理由が。
初対面の相手に声が嫌いだと言われるのが怖く、ある程度の付き合いがあっても恐ろしくて踏み出せないでいるから。
菅野の話になって、やっと総長室で話してくれるようになった……。
そう、この出来事が40歳を間近に控えた男性の心に、「声が嫌いだ」という言葉が未だに蜘蛛の巣のようにしぶとく張り付いてしまったこと。
それをどうもしてやれない俺の存在こそ罪だが、この後更に大きな罪を犯すことになるから……続けて話させてくれ。
それから更に半年以上の月日が流れる。
春休みも終盤に差し掛かった頃、幼稚園の頃からの友達がまたマジックショーのチケットが余ったから、と、家に遊びに行った時に貰った。
訊けば、両親がイベント会社の経営層らしい。
それで余ったという理由で密かに取ることが出来たのか、と1人感動していたのだが、よく見ると2枚しかない。
「2枚もありがとう」
だが俺がそう礼を言うと、友達は首を横に振り、
「い~んだよ! 弟くん、暁くんだっけ。一緒に行ってこ~いよっ!」
と、ニシシと笑う。
喋れない事情は知らないが、弟が出来たことをかなりこいつに話していたから……気を遣わせたのだろう。
「え? ありがとう!」
だが俺は弟と外に出られることが嬉しく、遊びに行ったのに弟の話ばかりして帰ってしまった。
それほど大好きなのだ。
護りたいからこそ、愛している……。
次の日の15時頃に早速マジックショーを観に行き、友達に無理を言って最前列にしてもらった。
このショーで驚き、笑ってくれれば、少しは……自分の声に自信が持てるのではないかと見守りながら。
そしてショーが開幕し、月光は大トリではなくつかみとして登場した。
もう彼は6歳になり、3年前よりも喋りが達者になっていたのだ。
「Ladies and gentlemen!! 今日も桜が咲き誇っているときにいらっしゃってくださって、ありがとうございます!
皆様ご存知の大崎月光でございます! まずは挨拶代わりに……」
月光はそう言うと、マジシャンらしい派手な赤いスパンコールの衣装を翻し、漆黒のシルクハットを頭上から下ろし、スベリを上にした。
するとクラウンの裏側から真っ白な鳩が10羽飛び立っていったのだ。
現在ではよくあるマジックになってしまったが、当時の俺には新鮮なものに映った。
「わぁ……」
それは弟も同じだったらしく、野外ステージから大空へと飛び立っていく鳩を目で追い、足をバタつかせて俺の腕を何度も叩いた。
「すごいね!」
だから俺もブーメランを握りしめたまま、弟の頭を撫でてやった。
「おやおや? そのブーメラン……」
月光は最前列ではしゃぐ俺たちを見比べ、目を丸くした。
「3年前に君からもらったものだよ」
俺がブーメランを皆に見えるように掲げると、観客たちはざわつきだしたが、弟は目を輝かせ手を叩いた。
「おっおぉ~。これはこれは……」
月光は手を擦り合わせながら、両腕を大きくゆっくりと広げていった。
すると掌からトランプが舞い落ち、観客の目も意識もまたマジックに引き込まれていった。
……やはりトランプの柄は土星だ。
「ありがとう!」
と、屈託のない笑顔で笑う月光に女性客は、黄色い声援を浴びせた。
もう彼はプロのマジシャンだ。
そんな観客も夢中にさせるマジックは矢継ぎ早に過ぎゆき、
「次が最後なんです」
と、コインマジックを終えた彼から告げられた言葉に残念がる観客の頭にはもう、先程のブーメランの一件なぞ皆無であった。
「それで、最後はお客さんの1人に忍者になっていただきたいのですが~……」
月光は手を叩きながらコインマジックの時に落ちたコインを磁石……いや、マジックで引き寄せ、観客を飽きさせないようにしながら、最後に俺たちとも目を合わせた。
「君にしよう」
そう月光に指名された弟は、これまで観客の誰よりも驚いた声をあげたり、キャッキャ言っていたこともあり、あまりの嬉しさに泣きだしてしまった。
だが俺の方を見て、
「この子の名前は?」
と、訊かれたときに月光の鋭さ、人間観察の上手さに驚かされた。
……とは9歳で考えられる筈もないから、きょとんとしつつも答えたのだろう。
「え、あ……暁です」
震える声で言った後に弟を見下ろすと、ニコニコしながら俺に母親が作った桜柄の斜め掛けのカバンを押し付けた。
この頃はまだ彼も信じていた筈だ。
母親が”イイコ”にしていれば、謝ってくれて話も聞いてくれるだろうと。
ここからは弟に聞いた話だが、舞台裏で忍者の格好に着替えさせてもらっているときに、この後にやるマジシャンたちが口を尖らせいたらしい。
「月光さんって、喋りすぎなんですよね」
「それですね。うるさいんです」
当時の弟には悪口というものが分からなかったそうだが、羨んでいるようにも見えたらしい。
それから着替え終わり、月光が舞台裏に来たときにこう言われたという。
「喋りたければ、喋ればいいのに。驚いたり笑ったりしてくれるのは嬉しいけど、喋っていいんだよ。やっすいステージだしさ」
その言葉を聞いた弟には衝撃的で、驚きが過ぎ首をブンブンと横に振った。
「……」
それを悲しそうなのか、哀れに思われているのか、いくら思い出しても分からない表情で見つめられ、
「ま、いいや。ステージに行って俺がせーのって言ったら、ニンニン! って言うんだよ」
と、宇宙空間にぼんやり浮かんでいる土星の古めかしいペンダントを触りながら、段取り説明をされて弟は何も言えずに頷いたらしい。
そうしてステージに戻ると歓声と拍手が起き、落ち着いたところで月光が忍者マジックの説明を始める。
「俺と暁くんが”ジャパニーズ・ニンジャ”みたいにドロンしたいと思います!」
とは言っても、こんな簡単な説明しか彼はしないが。
だがそれだけ観客の想像力をかき立て、どんなマジックが披露されるか、と胸を躍らせていた。
「それじゃ……せーのっ!」
と、月光が弟と目を合わせながら言うと、弟は思い切り息は吸い込んだが、何も言わずに月光と共に煙に巻かれてしまった。
するとステージが静寂に包まれてしまい、客席もどよめき始めた。
だが数秒もすると煙が晴れ、見事にドロンされてしまっていた。
「すごーい!!」
こうなると観客たちは成功したのだ、と欣喜の雰囲気にがらりと変わる。
仕組みは簡単だ。
床が開いて奈落という程落差は無いが、狭い通路があるからそこからまた舞台裏に出るのだ。
弟によれば、このときに初めて忍者という存在を知ったと同時に……将来なりたいと思ったそうだ。
だから俺も、”ジャパニーズ・ニンジャ”と彼の事を例えたり、桜花忍者と呼んだりしている。
そうだな……桜が好きなのは、父親がカバンに刺繍するほど好きというのも大きいだろうが、帰路で見た両脇の道に並ぶ満開の桜を見た時の人工で作れない自然の美しさに感動し、鮮やかで艶やかな桜の花びらが風に揺れる様を見、彼は憧れたのだ。
「こうなりたい……」
久々に声を出すため、多少聞き苦しくはあったが、たしかに……短い間でも人々を魅了する桜は憧れるに足るる存在だ。
「うん……」
だから俺も、「さくら、さくら」と、歌い出し歩いていく弟の手を引いて、いつもよりゆっくりと家に向かった。
大好きな弟と、大好きな桜を見上げながら。
だが俺はふと、2人のときなら以前のように喋っていいのではないか、と思い……。
あぁ、思ったまでは良かったのだが……
俺はこれまでの心労が重なってしまったせいか、
「俺と一緒のときぐらい、月光みたいに喋ればいいのに!! 暁のバカ!」
と、つい……勢いで叫んでしまったのだ。
すると弟は泣きそうな顔で俯き、
「……ぼくだって」
と、言ったきり、涙声で「さくら……さくら……」と、歌を紡ぎだした。
「……ごめん」
そのあとすぐに口に出した謝罪は、彼の弱々しい歌声に掻き消されるほど儚いものだった。
楽しい時間、新鮮な時間ほど早く過行く。
そう思い知らされたのは、それから1週間もした頃。
俺は学校が始まり、父親も仕事で忙しくなったことで保育園に預けられることになった弟。
――ニュースをお伝えします。
ちょうど家に母親も帰ってきたとき、深刻な表情と声色でニュースを読み上げるアナウンサーに釘付けになった。
夕飯を父親に食べさせてもらっている弟の虚ろな瞳を、心配そうに見ていた頃だった。
≪昨晩、マジックショーの控室にて大崎月光くん7歳が、惨殺体で発見されました。犯人は月光くんに対しかなりの恨みをもち、犯行に及んだ可能性が高く、警察は慎重に取り調べを進めております……≫
――マジシャンがどこかへ居なくなったのか? ザンサツタイって何だ?
「お父さん……ザンサツタイって?」
俺が夕飯を食べる手を止めて訊くと、父親はギョッとした顔で俺を見た。
それもそうだ……俺の隣には母親が座っている。
母親は俺を振り向かせ、
「脳みそも、身体も、内臓も全部! 殺した後か殺す前か知らねぇけど、ぐちゃぐちゃにされたんだよ」
と、歪んだ笑みを浮かべて言った。
あぁ……月光は……消えたのか。
弟の一縷の望みは……。
そう思い、彼の顔を覗き込めば、口が開き放しになっており、食事を垂れ流していた。
目はただでさえ虚ろだったのが、蜘蛛の糸を切られたようなそれになっていた。
腕は小刻みに震え、足はガクガクと音を立て、脱力しているからか、尿で桜色のズボンが濡れてしまっていた。
「あ……が……ん……なん……で…………お兄ちゃん」
そんな状態の彼が、首をカクカク動かしながら俺の方を向いた時に、一瞬視界がぐらりと揺れ――
――惨殺体の意味を教えた母親ではなく、俺の方を向いたのは。
俺のせいじゃないと訴えたかったのか、それとも……お前が連れて行ったせいだと瞳で殺しにかかってきたのか。
これが2つ目の……3つ目も入っているが、罪の告白だ。
副総長の暁です。
書くことなら、緊張しません。
兄はこう考えるか。
俺は兄を恨んでいません。
それなら、副総長は副総長でも……他の組に行きます。
総長にならないのは、殺し屋か忍者でしか自分を表現できないからです。
ここまで読んでいただいて分かるかもしれませんが、文章も話し言葉も決して上手くありませんから。
兄の罪の告白、次も聞いてあげてください。
投稿日は、明日か明後日です。
オーバーヒート? したみたいですが、直りましたので……お楽しみに。
藍竜組副総長 青龍暁