「片桐組の淡恋(たんれん)-黒河月道ルート分岐1-」
分岐1です。
専門知識を持つ藤堂エース、大崎月光さんに対応を任せた場合のストーリーです。
※約2,100字です。
※番外編連動箇所:「17歳-何だかんだ言うたけど、君がいればそれでええねん。これからもよろしく頼むわ!-」
2013年11月1日 昼前
片桐組 烏階 藤堂エースの部屋
恋
月道くんの手術も終わり、数日で目を覚ます予定が1か月以上も瞼を閉じたまま、ベッドに横になり苦しそうに呼吸をしていた。
手術室ではなくここなのは、もうじき目を覚ますのではないか、という藤堂エースの見立てがあるからだ。
「……私はまた」
私はベットのすぐ右横にある丸椅子に座り、傷1つない彼の顔をかれこれ1時間は覗き込んでいる。
だけど私がこの部屋に見舞いに来たのは、今日が初めてなのだ。
盛大に言い訳をするなら、母校の文化祭を見に行ったことと大学受験の準備やオープンキャンパスに行っていたから。
そうはいっても……時間はあった。
それでも行けなかった理由を述べるなら、拷問後藤堂エースと月光さんに対応を丸投げし、自分は血まみれの彼を見るのが怖くて逃げた……。
いや、もっと言い換えようか。
自分が居たところで状況は変わらない、月道くんは自分の事を何とも思っていないのではないか、と思い込んで納得したうえで逃げた。
……私は逃げたんだ。
月道くんが目覚めたらすぐにでも謝るべきなのだろうけど、私が逃げたかどうかなんて分からないんじゃないか。
そういう悪魔も心の中で巣を作っていた。
「……」
そんな私とは対照的に額や首元まで汗を掻き、うめき声をあげる月道くん。
そっとハンカチで顔や首の汗を拭きとってから、月道くんの平らに見える首筋が目に入ると胸がチクりと痛む。
多分本人は隠しているつもりだろうけど、何回も付けてくるキスの跡で分かるよ……。
月道くん、好きな人が居るどころか、もうどこかに恋人が居るんだよね。
私勝手に好きになっちゃって……バカみたい。
「ごめんね……」
私は目の前がぼやけた事でハッとした弾みで呟くと、御手洗いで落ち着こうと立ち上がった。
すると華奢に見えるのに力強い手が、脂肪の多い腕を捕らえた。
「どこ行くの?」
月道くんが久々に発した声は本人のものとは思えない程渇いていたけど、虚ろな瞳はたしかに私を捉えていた。
でも虚ろな目をした彼を見ていられない私がそれでも行こうとすると、月道くんはため息をついた。
「……恋に訊きたいことがあったんだけど」
月道くんは私から手を離さないまま、唾を飲み込んで言葉を紡ぐと、
「拷問の時に居てくれたのは嬉しい。でも何ですぐ離れたの?」
と、寂しそうというよりも、女性からの愛情を知らないからこその不安を含んだ声色で言った。
彼は母親の愛を知らない。
だからきっと、ずっと側に居られない恋人が居ないから友人役が欲しかったんだ。
「ごめんね……私なんかでもいた方が良かったんだね…………」
私は言葉尻がすぼむのを感じながら手を振り払うと、逃げるように出て行った。
もちろん彼は追ってこないし、追ってこられる筈がない。
あぁ丁度いい……藤堂エースに目を覚ました事を報告しておこう。
そう思って御手洗いの個室からメールを送ると、廊下から藤堂エースのメール受信音が聞こえてきた。
「んえ!?」
藤堂エースは私のメールを見るなり急いで部屋に戻ったようで、廊下に反響する声だけを置いて気配を消してしまった。
「……これでいいんだ」
私はスマフォをリュックの奥底にしまうと、意味も無く水を流してその場を後にした。
それからあても無く烏階をうろついていると、図書室前であことしさんが私に声をかけた。
「顔色悪いけど、大丈夫?」
あことしさんは月道くんのことを知らない訳ではないだろうに、私の手を取ろうとするので軽くあしらった。
「大丈夫です。試験が近いだけですから」
と、長くなった黒髪をわざとたなびかせて。
あれから何時間経っただろう?
図書室に秋特有の低くなってきた太陽の光が差し込んできたから、正午だろうか……。
たまには外に食べに行こうかな。
私は電卓と無地の紙束をしまうと、食堂へ向かう隊員たちの流れに逆行して正門へと向かった。
それから迷う事なく正門を出ようとすると、後ろから焦った様子の月道くんに呼び止められた。
「待って」
月道くんは血の匂いが残る軍服ではなく、薄茶色のストライプのジャケットに臙脂色のVネックニット、インディゴブルーのボタンフライタイプのジーンズ、そしていつも通りの8cmヒールの焦げ茶の編み込みブーツで、とってもオシャレで似合っていた。
「どうしたの?」
私が長くなった前髪を右手で払いのけると、左横から強い気配を感じたからひょいっと月道くんの後ろに隠れた。
……やっぱりそうだ。あの人は私たちと同い年で藍竜組所属の菅野くんだね。
吸血鬼と狼男を混ぜたようなコスプレっぽい服が好きらしくて、よく通行人にモデルだと間違われるとか。
「黒河月道やんな?」
菅野くんは私には気づかない様子で、月道くんのファッションを一目でスキャンすると幾つか気になったのか考え込んでいる。
「モデルになればいいのに」
月道くんは菅野くんが苦手なのか、いつも以上に冷たい気配を漂わせている……。
それから私に向き直ると、「先行けば?」と、顎でしゃくってみせたのに若干目元に温かみを感じたのは私だけかな?
私は新調したばかりのブーツで地面をかき鳴らしながら歩き、2人の会話が聞こえない所まで歩調をどんどん速めた。
この出来事から今まで……私は未だに彼に恋人が居るかどうかも知らない。
どうして逃げた私を問い詰めなかったのかも、あのとき何を言いたかったのかも……何も知らない。
Bad End.
“すれ違い”
恋です!
上はまさかのBad endでしたね……。
ですが番外編連動箇所ともある通り、こちらが正規ルートなんです。
なので次回(予定は明日)更新するHappy endが、if endになるんです!
どうぞお楽しみに!!
恋でしたよ~!




