「片桐組の淡恋(たんれん)-黒河月道ルート第4話-」
突如行方不明になる黒河月道。
そして恋は、モヤモヤした何かをついに自覚する。
※約3,200字です。
2011年1月3日 夕方
片桐組 烏階 エースインフォーマー室
恋
綺麗な女性を見かけてから2年と数か月が経ったのに、あれから一度も見かけていない。
あ~あれは、月道くんの彼女さんだったのかな?
でも交際相手とはいえ、一般人や同業者を入れることは禁じられているし……片桐総長に気に入られている彼がそんなことする筈がない。
それに私がいくら希望して私立中高一貫校に通っているうえに、吹奏楽部でしごかれているとはいえ、適当だけど優秀な藤堂エースが居る。
そう結論付けた私は寒くなってきた烏階の階段を上り、一応藤堂エースが除隊しようとしていないか、監査する為に扉をノックすると、慌てた様子で招き入れられた。
「恋ちゃん! 黒河が帰社目安時間を3時間過ぎても連絡を寄越さない!」
私は状況が呑み込めきれず、思わず素で聞き返してしまうと、
「黒河は15時頃に帰社するって言ってたんだよ! 今、18時30分でしょ!?」
と、藤堂エースが珍しく声を荒げる。
たしかに月道くんは遅れる時は必ず連絡をくれるし、目安時間に間に合う場合でも必ず報告をしてくれる。
もしかしたら…………殉職してしまったのではないか。
私は飛躍しすぎたネガティブな自分を心中から追い出し、頭をブンブンと左右に振ると、
「場所は分かりますか?」
と、驚くほど冷静な声色で言葉を発すると、藤堂エースは大きく深呼吸してソファに身を預けた。
「……関係筋にも訊いたけど、黒河の気配は繁華街で途切れているんだ。近くに怪しい店とか、政府非公認の殺し屋組織もあるからさ――」
私はそこまで聞いて、ネガティブな自分の考えが現実味を帯び始めてしまったことに怖くなり、
「わたし……さ、探してきます!!」
と、藤堂エースを牽制する為のナイフをしまってあるジャケットのポケットを擦り、永吉くんの居る鷹階へと走った。
嫌だよ…………月道くん、嫌だよ!!
なんで相談してくれないの……? やっぱり……月道くんは冷たい。
でもそれを喜んでいた自分も居たのだから、相談されないことよりも今はただ…………生きていてくれれば!
私はいつの間にか肩の上に止まっている烏を横目で見ながら走り、ノックもせずに扉を開けた。
すると案の定永吉くんはギョッとした顔で私を見た。
「月道くんが帰らないの! 場所はだいたい分かったから、行こう!」
と、ベッドでくつろいでいる永吉くんの腕をグイグイと引っ張って早口で言うと、思考が追いついていないような声をあげつつも付いて来てくれた。
片桐組を出てからは、烏が私たちの前を飛んでくれて気配が消えたところまで案内してくれた。
そこは繁華街というよりも、闇市場に近い場所で地面に平気で座るようなゴロツキで溢れかえっていた。
それに見知らぬ顔だからか一歩歩くごとに睨まれるし、不吉の象徴でもある烏が飛んでいるというだけでナイフを向けられたりもした。
……こんな状況で逃げ帰りたいのは山々なんだけど、佐藤永吉とかいう忍者が私の背中に掴まっているものだから、堂々とするしかないんだよね。
「もうちょっとしっかりしてくれませんかねぇ?」
私は流石に歩けど歩けど強面のお兄さんという状況に耐えかねて慣れない嫌味を言ってみると、永吉は首を横に振るばかり。
「はぁ……まったく」
もうラブホ街に入りそうなんだけどな……月道くんの気配は烏の鼻にも目にも反応しない。
すると資料では見たことのある如月龍也さんが、こちらに駆け寄ってくださった。
「それ、藤堂からすのだよな? 俺も裾野を探してるんだが、一緒に探さないか?」
威圧感のありそうな人だし、近寄りがたいって資料にもあったのに、意外と優しい人なんだなぁ。
黒髪短髪で、前髪は整髪料で立たせているが、そこまで若すぎない印象も与えていて素敵だと思うよ。
「はい。闇市場には居ませんから……多分、この先のラブホ街でしょうかね……?」
私と永吉くんは互いに顔を見合わせ頷き合うと、烏に探すように命令した。
裾野聖さんについては、資料でしか見たことない人だったから多分聞き流したかな。
でも物凄い有名人で、正月のニュース番組では後鳥羽家に似た人がいた!
……というか、同一人物なんですが。
「だろうな。暗くなる前に見つかればいいんだけどな」
龍也さんは心配そうに表情を強張らせ、ふぅと息をついた。
余程仲が良いんだろうなぁ。
そう思いながら、3人と1羽で探す事数時間……。
治安の不安から一度解散することになったのだけど、翌日になって部活が休みであることに感謝しつつ片桐組に向かった。
だってさ……月道くんのことが心配なのもそうだけど、何か悩んでいることがあるなら助けたいんだよ。
そりゃもちろん、同い年として……?
う~ん、何だろう。何だかそうじゃないような気がする。
この心のモヤモヤは、一体……。
そんなことを考えながら片桐組に着くと、月道くんが門の前で蹲っているのが見えた。
1つに結んでいる髪の毛は綺麗に結ったつもりだろうけど乱れていて、いつもよりも低い位置で結んでいるから、きっと急いでいたんだ。
そのせいか地面に付いてしまっている髪の毛も多く、せっかくつやつやで艶めかしい髪なのに勿体ないと思ってしまう。
それも大事だけど片桐組の軍服も開けているし、深手を負っているんじゃ……!?
私はそう思って、門番を手で制して月道くんの震える背中を抱きしめた。
「……おかえりなさい」
このとき初めて、私は月道くんが目の前に居ることが嬉しくて涙を流していることに気付いた。
涙声だったし、何より振り向いた彼の顔が見えなかったから。
「心配かけたのは分かってるから……ごめん」
月道くんは私の涙をハンカチで拭き取り、私に負担をかけないよう立ち上がった。
その彼の華奢な背中は、片桐総長への恐怖を体現したかのように頼りなかった。
「……月道くん、何か隠しているでしょ?」
だからこそ、今訊かないと。
その思いに突き動かされた私だったが、月道くんは首だけ振り返り、
「“われわれがお互いの秘密を知ってしまったら、どんな慰めがあるだろうか”」
と、寂しそうにも見えるし、諦めているようにも見える複雑な表情を見せると、徐々に軋みながら開く門の先へと歩いて行ってしまった。
私が本の虫であることを見越して、英国人の作家の言葉を……。
あぁ、もう……詮索しちゃいけない。
月道くんがどうしても守りたい秘密なら守らなきゃだし、私も月道くんに言えないことは言わないようにしよう。
それで彼が救われるなら。私を側に置いといてくれるなら。
万が一知ってしまったら事故だと思って……片桐総長には藤堂エースの報告だけしておこう。
「…………これでいいのかな」
だけど迷いはあった。
何でも語ることの出来る仲こそ親友だと思う私には、月道くんの為にならないのではないか、という考えもあった。
「いいんじゃないの~? 絶対浮気しないし、これと決めた女の人には全力でアピールするんだからさ~。俺は応援するよ?」
だがそれは思い過ごしであることが、藤堂エースの一言で……って、いつの間に後ろに!?
「え!?」
私はガバッと振り返り、眠そうに目を擦る藤堂エースの荒れた肌と髪を凝視すると、
「んえ!? お前らって、両想いじゃ~ないの?」
と、逆に目を丸くされてしまった。
「えぇ!? どこをどう取ったらそうなります!?」
私は月道くんの事が気になっているだけで、好きまではいってないと思っていたから、第三者でもある藤堂エースに質問をぶつけてみた。
すると藤堂エースは、もしゃもしゃ髪をわしゃわしゃと掻きむしり、
「いや~黒河から蹴られる回数も減ったからさ~、好きな人でも出来たんじゃないかなって~……違う?」
と、半分聞きたくなかったことまで言われてしまったが、もしそれが私のおかげだとしたら……助かるというよりも心が温まる。
……え? 何で心温まっているの?
「……私、きっと……」
でもでも、クロワッサンを私だけにあげたり、何かと気を遣ってもらっているのって……喧嘩しても許してくれたり……それってもう――
「いえ、そうです」
だから私は、自分でも最大限の笑顔で答えてみた。
そうしてみれば、1つを除いた何もかもが吹っ飛んで快晴になってしまったのだ。
私は……月道くんが好きなんだ、と。
しかしそれはほんの少しだけ……遅かったかもしれない。
なぜなら、この1年と少し後の彼の誕生日に、異母兄弟である騅さんを逃がす為に月道くんは……花びらを狭く暗い室内に散らしてしまうのだから。
恋です!
次回はついに分岐がある5話ですね!
Happyか、Badか……大丈夫ですよ!? どちらも書きますからね!
それにしても今回は……ついに恋に目覚めちゃうお話で、ドキドキしながらパソコンを覗いておりました。
恋が恋に目覚める……ややこしいですね。
さて次回投稿日ですが、来週の土日のどちらかになりますね。
日付は10月28日(土)、10月29日(日)です。
それでは台風に気を付けながら、良い一週間を!
恋でしたよ!




