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EPISODE OF SELFA 01「鳥籠から見上げた月明かり」

 1 『鳥籠から見上げた月明かり』


 ――私は、ずっと独りだった。

   彼のことを、知るまでは……。


 皆、私に対して自分との間に線を引いている。その線が、皆の距離が、とてつもなく遠い。

 けれど、私自身にはその理由が解ってしまう。

 物心がついた時、私は自分に力があることを知っていた。その力を、手足のように扱う術も、もう身に着いていた。

 だから、視ようと思えばすべてを視ることができた。

 人の心を覗くことも、遠く離れた場所を見つめることも、私にはできてしまう。

 ここに住むほとんど総ての人が、私を特別だと思っている。

 いや、実際特別なのに違いない。

 私が持つ力は、並の人間には使いこなせない。この世界でただ一人、同じ力を持つ母でさえ、この力を使いこなせるようになるまで三年以上かかったらしい。

 そんな力を、私は普通に使えてしまう。それが当たり前でないことは、理解しているつもりだった。

 ただ、私は幸せには程遠い場所にいる。

 ここにいることを、幸せだとは感じていない。

 母も、父も、私を見てはくれない。

「……セルファ様だ……」

 通路を歩くだけで聞こえてくる、周りの囁き。

 セルファ・セルグニス。

 それが私の名前。

 まるで、天使を見つめるかのような視線を、私は直視できない。

 彼らにとって、私は別次元の存在に見えるのだろう。

 無理もない。

 この、VANという組織、場所は彼らにとっては聖地に匹敵するほど大きな存在なのだ。その組織を創った存在は、彼らにとっては神と言っても過言ではないほど偉大な存在なのだ。

 その長の娘である私は、彼らには神々しく見えている。

 長い金髪に、華奢な身体付き、透き通るような白い肌と、青い瞳。寂しさを抱いた表情さえも、周りにとっては儚げな表情にしか見えていない。

 それも、もう慣れた。

 望むように見てもらえないことに慣れても、私自身の感情は消えない。

「どうしたんだ?」

 ただ、一人だけ、私を気遣う声が聞こえた。

 周りとは違う、気負いも、一歩引いた口調もない声が。

 顔を上げれば、そこにいるのは一回り年上の青年だった。アッシュブロンドの髪に、端整な顔立ちの青年だ。引き締まった身体を周りの者と同じ黒いVANの制服に包んでいる。

 ただ、他の者たちと違うのは、彼が自然体であることだろう。

「ダスク、失礼だぞ……」

 周りの声に、青年、ダスク・グラヴェイトは苦笑する。

 私を自分と対等の存在として見ることができるのは、ほんの一握りの人しかいない。母と父、父の友、父が育てた青年、そしてダスクと、彼の側近である女性リゼ・アルフィサス。恐らくこの6人ぐらいだ。

 中でも、ダスクとリゼの二人は私を良く気にかけてくれる。

「ちょっと、考え事してただけ……」

 私は、僅かな苦笑と共に、そう答えた。

 周りの者たちは、二人のように普通に接してはくれない。ただ、ダスクとリゼが自然体で接することに対してあまり口うるさく言うことはなくなった。

 昔は、ダスクとリゼがVANに来て直ぐの頃は、二人の態度を咎める者が多かった。それでも、二人は私に対して自然体で接し続けてくれた。

 二人の立場が組織の中でも上の方にあったことも一つの要因かもしれない。

 ただ、そんなことは抜きにしても、私にとって二人の存在は心を許せるものだった。この組織の中で、初めて人の温かさというものを感じたかもしれない。

 父も、母も、組織のために動くことで忙しい。

 それだけなら、まだ良かった。

 幼い頃から、父も母も私に興味は抱いていなかったように思う。特に、父は私を娘として見ているのか解らない。私を見ることがほとんどない。

 周りの景色のようにしか感じていないのかもしれない。

 私の持つ力は人の心を視ることもできる。その力を、両親に向けようと思ったことはなかった。

 視てしまった時、両親の本心を知るのが怖かったから。

 当然、心の内をダスクやリゼに打ち明けることはできなかった。それを口に出してしまうことで、疑念が確信に変わってしまうような気がした。同時に、両親の心を覗き見るきっかけにもなってしまいそうだった。

 もし、私が思っているように、両親が私の存在を不要なものとして見ていたとしたら。それを知ってしまった時、私という存在は崩れてしまう。私の居場所はなくなってしまう。

 勘のいいダスクとリゼなら、もしかしたら私の思いにも気付いているのかもしれない。

 ただ、それでも二人がそのことに触れない限り、私から口に出すこともできない。自分自身の存在を否定してしまうことになるのだから。

 欲しい知識は、簡単に得ることができた。

 この力で、その知識が得られる場所を覗けば良かった。離れた場所にある書物も、探し出して直ぐ身近に引き寄せることもできた。誰かの所有物であったとしても、使われていない時に読ませてもらって、元通りに戻すこともできる。

 人の力を知ることも、私には簡単だった。どんな力を持っているのか、どこまでのことができるのか、その人はどれだけ力に慣れているのか、私には知ることができた。

 万能と言われるこの力でも、できないことはある。

 私が抱く気持ちを、解決する術も探した。それでも、見つからなかった。

 見つけたとしても、今の私に実行する覚悟や意思はない方法ばかりだった。

 VANは、力を持った者の集まりだ。

 力を持つ者は、力を持たない者に恐れられる。大抵の場合、異質な存在として扱われる。故に、力に目覚めた者は往々にして今まで通りの生活を続けて行くことは困難だ。

 力を隠して生きようとしても、覚醒したばかりの者は力を上手くコントロールできない。覚醒した瞬間が一人きりであるならまだいい。周りに人がいる状況で覚醒してしまった者は、自分の力を隠すことができない。

 たとえ力を隠していても、力を持ってしまった事実は消えないのだ。そうして、頭の片隅で、いつも力のことを意識するようになる。一度覚醒してしまった者は、自分の身に危険が迫った時、力を使ってしまう。自己防衛本能が、無意識に、咄嗟に、身を守るために力を発動させる。その力の発動を理性で抑えつけるためには、相当な精神力が必要だ。覚醒したことで、精神的に不安定になっていたなら、それは難しい。

 同時に、力に目覚めたばかりの者は、自分の存在が異端でないかと考える場合が多い。周りと違う。普通ではない。自分は異常だ。そう考えてしまう。その不安感、不信感が、本人は気付かずともやがては周りに伝播して行く。結果として、誰かが異変に気付くのだ。

 力を持つ者を見る周りの目は、決して良いものとは限らない。むしろ、恐ろしいものを見る目の方が多い。

 力に目覚めた本人でさえ、覚醒する前の自分も力を持つ者を恐れるだろうと気付いてしまうのだ。そんな、精神的な、心理的な要因が複雑に絡み合いながら、精神的圧迫は増えて行く。

 やがて、フラストレーションに心が耐え切れなくなると、力を制御するだけの精神力を失うことになる。

 VANには、様々な状況、状態で覚醒した者たちが集っている。自分の存在が肯定されるVANは、力を持つ者にとっては楽園に等しい。ここは、力を持つ者たちによって創られ、保たれている場所なのだ。力を隠すこともなく、力を恐れる者もいない。

 確かに、ここにも力を持たない者はいる。だが、その者たちはここで暮らすようになった者同士が結ばれて生まれた命だ。両親が力を持つ者であるが故に、力というものに対して恐怖感や異物感は抱いていない。むしろ、当たり前に存在するものと認識して育って行く。そして、彼らの多くもまた、力に目覚めて行く。

 VANという組織が、大勢の力を持つ者を救ったのは、事実だと思う。ここに来ることで救われた者は、決して少なくはないだろう。

 VANは世界中に人員を派遣し、覚醒した者たちに接触し、ここへ来ることを勧めている。この組織の拡大だけでなく、力を持つ者たちが自分自身を抑圧しなくても良い世界を創るために。多くの者が、迫害されずに過ごせるように。

 賛同者は多い。

 誰もが、自分の存在を肯定されたいと思っている。力を持つ者も、持たない者も、それは同じだろう。

 ただ、力を持つ者は今の世界ではきっと認めてはもらえない。敵と認識されるに違いない。

 だから、力を持つ者の国を創ろうとしているこの組織に賛同する者は多いのだ。

 だけど。

「……私は、何がしたいんだろう……」

 私の他にダスクとリゼしかいないトレーニングルームの中で、小さく呟いた。

 VANの理屈は解る。ここにいる者たちの思いも理解できる。ただ、それでも、私はどこか釈然としない。

 私はVANに参加しているわけではない。VANという組織の本部で生まれ育っただけだ。両親の住まう場所が組織の本部であったから、私もここで暮らしているに過ぎない。

 他の場所へ行って、生きる自信は私にはなかったから。

 VANの理念は納得できるものだと思う。ただ、私はVANのために力を使う気にはなれなかった。

 この場所以外で、私は、生きて行くことはできないだろう。だから、私はここにいる。組織に賛同し切ることもできず、他の場所へ行くだけの覚悟もなく、惰性で私は生きている。

 唯一、二人と話をしている時だけ心が休まる。

「難しい疑問だな、それは」

 声が聞こえていたのだろう、ダスクが呟いた。

 他の者たちがいれば、きっと「何もしなくていい」と答えただろう。私の存在は彼らにとってはお姫様のようなものだ。私に何かをさせることなど、恐れ多いと思っている。

 けれど、私はそんな存在ではない。

「したいことなんて、自分で見つけるしかないわよ?」

 リゼも苦笑を浮かべていた。

 二人は非番で組織に戻って来ているが、本来はかなり多忙な役職にある。明確な意思がなければ、とてもではないがやっていられない立場だ。

「……うん、解ってる」

 私でも、それぐらいは解っているつもりだ。何がしたいのかは、自分自身で見出すしかない。誰かに押し付けられた答えで生きていくことには、いずれ限界が来る。

 納得できない答えを誰かから教えてもらうわけにはいかない。自分で答えを出さなければならない問題だ。

 それでも、何か手掛かりが欲しいと思ってしまう。

 最近、良くそういうことを考えるようになった。自分はこのままでいいのか、ここで惰性のまま過ごして行くだけでいいのか、何もしないで生きていていいのか。

 現状に漠然とした不満を抱き始めている。

 もしかしたら、ダスクとリゼだけは、私がVANに賛同していないことに気付いているかもしれない。

 夜、自分に与えられた部屋で一人目を閉じる。

 翡翠の輝きに視界が包まれ、私は力を解放した。

 ただ力を使えば、両親は気付くだろう。それを防ぐために、私は自分の力で自分自身を包み、気配を抑える。私が力を使っていないかのように、カムフラージュして、私は世界を見渡した。

 力の範囲を拡大し、様々な人の気配を見つめて行く。私は、今やVANに反抗する勢力と繋がっている。

 ROVと名乗る、組織にVAN内部の動きを流している。彼らは、力を持ちながら、VANに属することを善しとしなかった。いや、VANの行動によって、彼らはVANを敵視したのだ。

 VANの行動で大切な人を殺された者、今まで通りの生活を望む者、理由は様々だが、彼らはVANを敵と認識した。そして、彼らの多くを私はこの力で見つめてきた。

 彼らの行動も、間違ってはいない。VANに納得し切れないのは、そのためなのかもしれない。VANは力を持つ者のために戦っている。だが、それは力を持たない者を軽視しているのと同じだ。VANにいる全員がそうであるとは限らないとしても、恐らく八割以上の者は力を持たない者に対して良い印象は持っていないだろう。

「……カソウ・ヒカル……」

 彼は、最も過酷な道を選んだ者かもしれない。VANに属することも、反抗勢力のROVに属することも、彼は選ばなかった。力を持ちながら、今まで通りに過ごす道を選んだ。降り掛かる火の粉を払うためだけに力を使うと心に決めて。

 人の命を奪うことに抵抗を抱きながら、そうしなければ自分が、自分の大切なものが失われるからと、覚悟を決めた。色々なことに悩みながら、それでも彼は楽な方へ進む道は選ばなかった。ただ、自分の思う通りに生きようとしている。少しでも自分の意思と違うと思ったことに対して、彼は妥協する道を選ぼうとはしない。

 世界を変えるほどの力をその身に秘めていても、その力の存在は彼の意思とは関係がない。覚醒したこと自体は彼にとって大きな事件で、生活を変えるきっかけになった。だが、それでも彼は力を持ったまま、今まで通りに暮らす道を選んだのだ。力の有無とは関係なく、ただ自分が思う生き方をしたいと言うだけで。

 だからだろうか。

 自分の生き方を見つけられずにいる私にとって、彼は羨望の対象だった。

 迷いながら、傷つきながら、悩みながら、それでもはっきりと彼は自分の生き方を決めている。たとえ周りの状況や誰かの言葉に影響を受けて思いが少しずつ変わって行くとしても、彼はその変化にも後悔をしない選択をしている。

 羨ましい。

 今、ここにただ存在している私よりも、彼は生き生きしているように見える。どれだけ苦境に立たされ、辛い思いをしているとしても、そう感じるだけの明確な思いが、彼にはあるのだ。大切なもの、望むもの、失くしたくないもの、したいこと。

 だから、彼は辛い状況でも戦える。戦う意思を持てる。

 私には無い心を、彼は持っている。

 惹かれているのは、そのためなのだろうか。

「……逢いたい」

 彼に逢えば、彼の隣にいれば、私も彼のように生きる意味を見つけられるだろうか。

 少しずつ、私の思いはカソウ・ヒカルに向かって行った。


 やがて、私の想いは形を変えて、彼と共に歩み始める。

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