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EPISODE OF LIZE 04「私の居場所」

 4 『私の居場所』


 ――彼が私の居場所になってくれるなら。

   私も彼の居場所になりたい。


 結果として、ダスクの考えは正しかった。

 私が自分の中の恐怖と向き合うようになったということも一つの要因ではあるだろう。ただ、私自身でさえ気付いていなかったトラウマの存在を気付かせ、向き合うことを教えてくれたのはダスクだ。そういう意味では、すべてダスクのお陰だと言っていいのかもしれない。

 ダスクの下で、私は訓練を積んだ。彼の部隊で訓練を重ね、普段は学校にも通った。

 部隊の仲間は皆優しく、訓練中も何かと気遣い、さり気なくアドバイス等をしてくれた。

 ダスクの部隊に配属されて驚いたのは、部隊の皆が隊長であるダスクを慕っていることだった。まだ若いダスクが隊長を務めているのだから、当然と言えば当然なのだが、全面的に信頼を得ているのが最初は不思議な光景に見えた。一人や二人ぐらい、年下だということで疎ましく思っている人がいるのではないかと思っていた。

 通常の部隊員が行う訓練課程も約一ヵ月でこなし、更に訓練を重ねて実戦に出る頃にはトラウマを克服することができた。

 明確にトラウマがあることを意識できたことと、それを乗り越えるために自身を鍛えるという目標を見い出せたのが大きい。

 衝撃そのものを操る私の力は、戦闘に置いてダスクと相性が良かった。重力を操るダスクの力に、私の力そのものは影響されない。衝撃の威力は変わらず、ダスクの発生させる重力の影響も受ける。離れていく敵に衝撃を打ち込んだとしても、私の放つ衝撃は軽減されない。重力による質量の増減も私の操る衝撃に影響を与えない。

 いつしか、私はダスクの副官として隣に立つようになっていた。

 彼は間違いなく、私という人間を救った。誰が否定しようとも、私は胸を張ってそう言える。

 あのままだったなら、私はいずれトラウマに押し潰されていただろう。少しずつ歯車が狂っていって、最後には何もできなくなっていたかもしれない。

 厳しい特訓に耐えることができたのも、ダスクが私を信頼してくれたからだ。私なら乗り越えられる芯の強さがあると、背中を押してくれたからだ。その思いに支えられて、私は折れることなく訓練を続けることができた。

 私はここにいていいのだと、思わせてくれた。それに見合うだけの実力を付けさせてくれた。

 当初、不安定だと判断されて実戦部隊には向かないと言われた私は、他の部隊のそれを知る者からは落ちこぼれのように見られていた。だが、トラウマを克服すると同時に、私の力は安定した。訓練による技術力の上昇に伴い、私の実力適性は上位部隊長クラスだと判定されるまでに至った。

 すべて、ダスクのお陰だ。

 彼が私の居場所を作ってくれた。

 どれだけ感謝しても足りない。

 私にできる恩返しは、彼の傍で支え続けることだけだ。

 他の誰がダスクを否定しても、私は彼を肯定し続ける。

 VANの中で一目置かれるセルファ・セルグニスという少女に対して、ダスクが自分と対等に扱うのなら、私も彼に倣って彼女と接しようと思った。

 いつもどこか寂しそうな表情をしているセルファが他人とも思えなかったというのもある。普通に話をしている間、彼女は明るい表情を見せるようになった。何となく、妹ができたような気持ちにもなっていた。

 そう言えば、見知った顔をVANで見かけたこともあった。

 覚醒前に同じ学校だったレイニス・カートという少女が第二特殊機動部隊に配属されていた。行方不明になる直前のボロボロの私を知っていた彼女にとっては、ダスクの下にいる私がさぞ別人に見えたことだろう。

 私の事情や、彼女自身の覚醒した状況から、何か対抗心が芽生えたのか、レイニスは私と顔を合わせる度に何かと突っかかってきた。自分の部隊長を称賛するのはいいが、ダスクのことを悪く言うのには黙っていられなかった。

 とはいえ、最終的に彼女を嫌っていたわけではない。売り言葉に買い言葉で、ついつい言い返して口論に発展してばかりだったが、一方的に嫌われていた可能性はある。ともあれ、レイニスがどう思っているかは私には関係のないことだ。少なくとも、彼女の配属された部隊の隊長は実力もあり、決して人格も悪いわけではない。立場が一つ上で、年齢の若いダスクと周りが比較することが多かっただけだ。

 そして、ダスクはVANに属していたが、VANに忠誠を誓ってはいなかった。そのこと自体は私にとって何の問題もない。私はVANではなく、ダスクに忠誠を誓っていたと言っていい。

 だから、VANという組織が崩壊したあの日、ダスクが戦場から去ることを決めた時も、私には迷いなど無かった。ダスクがそう決めた。なら、私は私という存在そのものを懸けてでも、彼の意思を支えるだけなのだから。

 戦場から部隊の仲間を連れて姿を消した後、ダスクは名を変えて世界に溶け込んだ。

 私も名を変え、彼の隣で過ごしていた。

 あの戦いを終わらせたカソウ・ヒカルが、新たな国を興したその日は、ダスクの誕生日だった。

「あいつらしい」

 国の設立と独立を宣言するヒカルの演説をテレビの中継で聞いて、ダスクはそう言って小さく笑った。

「あなたは、行かないの?」

 私はそう聞いてみた。

 カソウ・ヒカルはダスクが諦めた未来を求め続けて戦っていた。だから、ダスクはヒカルを助けることもしたし、ヒカルは敵として対峙したダスクを殺すことはしなかった。私にとっては感謝すべきことだ。そして、今、ヒカルの隣で彼を支えているのはセルファ・セルグニスだ。私たちにとって、彼らは弟や妹みたいなものでもある。

 ヒカルの語る国の指針や思いは、ダスクの求めていたものでもある。

「そうだな……」

 ダスクは少しだけ目を細めて、黙り込んだ。

「……君は、どうだ?」

 答えがまとまらなかったのか、ダスクは私に意見を求めてきた。

「そうね……会いたい気持ちは、あるわね」

 素直に、そう答えた。

 妹のような思いで見つめてきたセルファは、テレビの画面越しにも幸せそうに見えた。会って話がしたいと思う気持ちはある。お互いに積もる話もあるだろう。

「ああ、俺もだ」

 それは、きっとダスクも同じはずだ。

 けれど、だからこそ。

「……俺はあいつの国には、行けないな」

 ダスクの苦笑いの意味が、私には分かる。

 どれほどヒカルたちに共感しても、手を貸しても、ダスクは結局、敵のまま彼と向き合った。和解し、戦場を去ったとしても、それまで敵対していたという事実は覆せない。

 ヒカルのような者たちのことを考えるなら、ダスクにできることは確かにあった。VANという組織の長となり、ダスクの意思を組織の方針にしてしまうという手段が。そうすれば、復讐に燃えるレジスタンスのような存在も現れず、ヒカルは望む生活をそのまま送れていただろう。

 ダスクにはその気になればVANの長となれるだけの実力も、人望もあったはずだ。

 そうしなかったのは、ダスクの意思だ。自分の意思を貫き通すことを諦め、今自分が抱えているもので満足しようとしていた。そこがヒカルたちとの決定な違いだった。

 彼らは諦めることをしなかった。妥協することを良しとしなかった。だからこそ、敵として向き合うダスクを殺すこともしなかった。彼らにとって、ダスクの命は奪わなければならないものではなく、奪いたくないものだったのだから。

「……ただ、何もしないというのは、失礼だよな」

 ダスクは静かに呟いた。

「なら、どうするの?」

 何となく、ダスクの考えていることが分かった。

「あいつらの創る未来を、少しだけ援助していこう」

 表立って、ヒカルの国に参加することはしない。今までのことをすべて水に流して、ヒカルの前に立つことはできない。ヒカルがそれを許したとしても、ダスク自身がそれを許すことができない。ヒカルと同じ思いを抱きながら、VANとしえ手にかけてきた命の重さを、ダスクは振り切ることができない。

 VAN跡地に残り、対話を繰り返して納得した者たちとは違う。ダスクは、あの場から去った人間だから。そういう選択をした責任があると思っている。

「あなたがそういうなら」

 私は優しく答えた。

 ダスクがそう決めたのなら、私に異論はない。

 他の誰が異論を唱えても、たとえ私自身に違う意見があろうとも、私はダスクを否定することだけはしない。

「また、苦労をかけることになるな……」

「あなとなら、苦労なんてないわ」

 新たな命の宿る自分のお腹を優しくさすりながら、私はダスクの隣に座る。まだ外から見て分かる程ではない。

 この命が、私の居場所の証明になる。

 だから、迷いなどない。

 私にはダスクと、この子さえいればいい。それだけで、私はダスクを支えていける。

 そう思える。

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