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EPISODE OF LIZE 03「力なんて……」

  3 『力なんて……』


 ――急変した環境と自分に、私は馴染めなかった。

   あの人がいなければ、私はきっと逃げ出していただろう。


 辿り着いたのは、大きな建物だった。

 その中へ案内され、通路を進んでいく。思っていたよりも、中には人がいた。

 VAN、とダスクは組織の名を教えてくれた。

 力に目覚めた者たちが、自分たちが生きる場所を創るために集まった組織ということらしい。ダスクはその組織の実動部隊の人間で、その中の部隊の一つを束ねる隊長を務めているらしい。

 私が覚醒して直ぐに、彼は電話越しに部下へ指示を出していた。

 どうやら、あの場にダスク以外に誰も現れなかったのも、彼の部下が動いていたのが理由のようだ。言われてみれば、あそこでの戦いには他者の視線という類への気遣いはなかったように思う。物音や器物の損壊など、敵はお構いなしだった。誰かに見られていてもおかしくはないし、騒音などで人が集まってきても不自然ではない。

 人払いをしつつ、そうと分からないようにあの戦闘を周囲に気取らせぬ細工をしていたようだ。

 ただ、だからといってあの場に長く留まることもできなかった。

 いつ、私の家族が帰ってくるかわからない。

 ダスクは私をVANに来ないかと勧誘した。私は、直ぐに返事ができなかった。

 こんな力を持った人たちが沢山いる場所で、私はやっていけるのだろうか。以前に襲われた時の恐怖が甦り、背筋が震えた。

 化け物だと、自分がそう思ってしまった存在と同じものに、私はなってしまった。この得体の知れない力が急に怖くなって、呼吸が乱れた。

「落ち着いて。君は君だ。力に目覚めたからと言って、それは変わらない」

 ダスクは私の両肩に優しく手を乗せて、静かに言った。

 発狂してしまわなかったのは、彼の優しげな声音と、誠実さを感じる瞳があったからだと思う。

 もうこの家にもいられない。その思いだけは、私の中ではっきりと形になっていた。何かの拍子に、私が襲う側になってしまうのが怖かったから。もう普通の人間ではなくなってしまったと思った。それに、それまでと同じように生きていくことはできないだろうと、思えてしまった。そもそも、現時点でまともに生活ができていないのだから、尚更だ。

 消去法でいけば、彼と共に行く以外に道はなかった。

「まずは登録だ。覚醒したばかりだから力についても訓練を受けなければならない」

 連れてこられた本部施設の正面ゲートから入って直ぐの窓口で、彼は私に手続きの説明を始めた。

 VANという組織に所属する者としての戸籍登録が必要とのことだった。必要な情報は自分の経歴のようだったが、過去を捨てることもできる、とダスクに説明された。これまでの自分とは違う、新しくVANの人間として生きたいと思う者は少なからずいるらしい。

 リゼ・アルフィサスという名前を捨てて、新しい名前で登録することができるようになっているらしい。経歴自体の記入は必要なようだが、それは人物としての情報管理目的とのこと。

 忘れてしまいたい記憶は確かにある。私は暫く迷った後、自分が両親からもらった名前を記入した。

「表舞台に立った時、名前が知られるかもしれないぞ」

 ダスクの言葉に、私は小さく頷いた。

 VANは水面下に潜んで動いているが、いずれは世界にその存在を示し、能力者の国として表舞台に立つことになる。その時、自分の名前が世界中に知れ渡る可能性もある。そして、そうなった時に自分の名前を見つけた家族はどう思うだろうか。死んだと思っていた娘が生きていたと喜ぶのか、能力者になった娘を見て絶望するのか、分からない。周りから迫害されるかもしれない。

 それでも、両親と共に過ごした記憶や思い出を捨てることは私にはできなかった。

 書類を窓口に提出した後は、力についての説明を受けた。

 小さな応接室のような場所に移動し、部下の一人に飲み物を持ってくるように指示すると、ダスクはテーブルをはさんで私の向かいに腰を下ろした。

「さてと、じゃあ、力について詳しく説明しよう」

 ダスクはリラックスした様子で話し始めた。

 この具現力と呼ばれる力は、潜在的に全ての人が持っているだろうということ。力の原理や分類、特性や扱い方の注意点などを説明してくれた。

「もし疲れているようなら明日でもいいが、大丈夫ならこの後は簡単な訓練を受けてもらう」

 覚醒したばかりだから、扱い方を実際に学ぶ必要があるそうだ。それはそうだろう。意図せずに力を使ってしまうようでは、自分だけでなく他の人間にとっても危ない。最低限、力の発動と解除はできるようにならなければならない。

 暴発の危険性があるままでは安心できないからと、私は訓練を受けることにした。

 ダスクの指導の下、力の発動と解除、基本的な扱い方を学んだ。

 私の力についても、ダスク自身の観察と分析、部下に指示を出して調べさせた情報などから判明したことを教えてくれた。

 衝撃生成能力という、衝撃そのものを発生させるのが私の力だということが分かった。力場の内側に衝撃を発生させ、任意に解き放つことができる、というものだった。

 力を正しく理解、認識することで、睡眠中や意図しない無意識の暴発を防ぐことができるらしい。

 一通り扱えるようになると、ダスクは今後の身の振り方について話を始めた。

「三ヶ月間は基礎訓練、その後は、居住区で暮らすか、構成員になるかのどちらかになる」

 居住区では、小さな都市のような場所で生活することができるらしい。それこそ行政や学校など、国のように生活基盤ができているようだ。外の世界との直接的な繋がりはないが、外の情報はそれを専門に扱うメディア部署が存在し、外部にはVANと分からぬように物資をやり取りしている企業などもあるようで、ほとんど外界と変わらぬ生活が送れるとのことだった。インターネットも繋がっているとのことだったが、内部から外部へと出る情報は厳重に管理と規制されているようだ。

 VANはそういった居住区の管理や隠蔽も司っていた。VANは居住区も含めた全体を指す言葉だそうだが、大抵は組織の人間のことを呼ぶ言葉になっているとのことだった。

 VANの構成員になることは、ここに住まう能力者たちにとっては胸を張れることらしい。いわゆる公務員に近い立場ということなのだろうか。

「君はまだ十四歳だから、一年間は学校に通うこともできる」

 能力者は十代で覚醒する者が多いらしく、保護した者の多くは未成年らしい。義務教育を終えずにここへくる者も多い。VANでは十五歳以上を責任が持てる年齢としているようだった。十五歳未満は学校で教育を受けることもできる。保護者などがいない者も多く、学校には寮もあるとのこと。

「構成員には、実動部隊と事務要員がある。適性検査の内容次第ではあるが、希望すれば所属の選択は不可能じゃない」

 基本的に人材不足のVANにとってはよほどの問題がない限り構成員になることは難しくはないようだ。ただ、人材不足なのは戦闘という危険性のある実動部隊の方で、そういったもののない事務要員の方の人手はそれなりに足りているらしい。

 実動部隊はVANの生活圏内での待遇はかなり良い部類ではあるようだが、戦闘行動が伴うため、常に人手は募集しているようだった。

 能力者といえど、無敵ではない。油断すればたとえ相手が一般人であっても命を落とすことはある。ダスクはそう念を押した。

「それに、VANと敵対する能力者も中にはいる」

 ダスクのその呟きには、複雑な感情が混じっているように感じられた。

 ただ、憤りや怒りといったものは不思議とあまり感じなかった。

「敵対する能力者……」

 小さく、呟いた。

 VANの理念に賛同しない者がいるのは、不自然ではない。力を得たことで、それを自分の欲求を満たすためだけに振るう者がいたとしてもおかしくはない。

 現に、私はそういう輩に襲われた。

「身勝手に力を振るうような者に容赦するつもりはない。ただ……」

 ダスクの表情が僅かに悲哀を帯びる。

「VANの行動こそ身勝手だと言う者も中にはいる」

 能力者のすべてが、自分たちの居場所を失っているわけではない。居場所を失くしていないなら、わざわざVANに属する必要もない。むしろ、VANの最終目標である表舞台にその存在を認めさせることこそ、そういった者たちにとっては傲慢に映っているのかもしれない。今、暮らしていけている世界を壊すことになりかねないから。

「あなたは……どうしてVANに?」

 自然と、私はダスクにそう尋ねていた。

「……俺は、居場所を失くした、いや、失くしたと思ってしまったから、かな」

 少しだけ寂しげな笑みを浮かべて、ダスクは答えた。

「自己満足かもしれないけど、少しでも居場所になってやりたいと思ったんだ」

 自分と同じように、力に目覚めて居場所を失くした者たちの居場所になりたい。ダスクはそう語った。部隊を率いているということは、少なくともその部隊に属する者たちの居場所にはなれるんじゃないか、と。

「……それと、君には謝っておかなければならない」

「え……?」

 私が何も言えずにいると、ダスクは目を伏せた。

「君を二度も危険な目に合わせてしまった」

 悔しそうに、ダスクは声を絞り出した。

 そうだ。

 私は、二度、彼に助けられている。それは、逆を言えば二度も襲われているということだ。

「最初に襲われた時、君は確かに力を使っていた。だが、その覚醒は一時的なもので、恐らくはそれ以上の力を受けた恐怖が、君の心ごと力まで閉ざしてしまったんだと思う」

 あの時の恐怖は今でも思い出したくない。背筋に寒気が走り、無意識のうちに体を抱くようにしていた手に力を入れていた。

「強引にでも、ここへ連れてくれば良かったと後悔している」

 完全に覚醒していない、能力者でない者をVANに連れてくることはできない。

 襲われた時の記憶や恐怖を、私は力ごと封印したのだろう。だから、あの時の私はまだ能力者ではなかった。

 ダスクは本部に連絡を取り、連れて行くことを提案したらしい。ただ、能力者かどうかを判別できない者を無闇にVANへ引き入れることはできない。

「あの時にあいつらを殲滅することができなかったのもあって、監視させてもらっていたんだ」

 もし私が能力者に覚醒するようならばVANへ、そうでないなら安全だろうと判断したところで撤収する予定だったらしい。監視と同時に、逃げた能力者たちの行方を部下に探らせていたようだ。逃げた者たちが唯一の生き残りである私を始末しようとしているのを察知して、直ぐに対処してくれたようだが、後手に回ってしまったことをダスクは悔いているようだった。

 ただ、あいつらがVANの見立て以上に手強い敵だったのだということを、ダスクは理由にしなかった。

「……そうだったんだ」

 何と返事をしていいのか分からなかった。

 二度も助けられたのだから、一言感謝ぐらい言うべきだったのに。ダスクに非はないことは分かっていても、あの時の恐怖が私の中で渦巻いている。

「とりあえず、今後どうするかは基礎訓練期間の間にゆっくり考えるといい」

 ダスクはそう言って、部下に私をとりあえずの住居、本部施設内の一室へと案内させた。


 それから数週間はVANという組織の概要や居住区の現状など、ここで過ごすための基本的な知識を学ぶと同時に、力の訓練を繰り返した。

 座学の方は特に問題はなかった。だが、訓練の方は芳しくなかった。

 力の解放と解除は問題なく行えるようになっていたが、力の行使が安定しなかった。

 訓練の際に立ち会ってくれた本部施設の事務職員は、不安定さが私の力の特性なのか、何か問題があって安定していないのか、判断に困っているようだった。精神と密接に結びついている力だから、私の心に何かしらの問題があれば力の発動にも影響が出ている可能性もある。だが、力の存在自体が完全に解明できているわけでもなく、VANという組織でも研究が続けられていることを考えれば、不安定なのが私の力の特性と見ることもできた。

 結局、その時点で判断することはできず、もし戦闘を行う実働要員を希望するのであれば、あまり高位の部隊には配属されないだろうと告げられた。

 戦闘能力が安定しないということは、共に戦う味方にとっては不安な要素だ。たとえ調子が良く、高い戦闘力を発揮して困難な任務を達成することができても、毎回それだけの力を発揮できるという保障がなければ出世も難しい。それどころか、不調な時は足手まといでしかない。不調な時に好調な時の力を期待されたとなれば逆に味方が危険だ。

 忙しい中、様子を見にきたダスクに近況を聞かれ、私はそれまでの経緯を伝えた。

「私は、居住区か事務職員の方が良いかもしれない」

 戦闘要員には向いていないと、ダスクに伝えた。

 やはり、私は必要とされていない。実働部隊に居場所はなさそうだった。このまま居住区で過ごすとしても、私は自分の居場所を見つけられるのだろうか。

「……そうか」

 休憩室の椅子で私の話を聞いていたダスクはそう言って押し黙った。

 何かを考えているようで、じっと私を見ている。

「あの……?」

 何を考えているのだろう。

「俺は……君の力は有用だと思っているんだけどな」

 暫く黙っていたダスクは、ぽつりとそう呟いた。

 耳を疑った。私の力が有用だと言った者は、ここまで誰一人としていなかった。衝撃波を発生させるという力は確かにVANの中でも私しかおらず、特殊なものだ。だからこそ、不安定さが特性なのかどうか前例がなく判断できなかったのだから。

「え……?」

 私は驚いてダスクを見ていた。

 彼は至って真面目な表情で、その意見を口にしたようだった。

「……本当に、君自身に問題はないのか?」

 ダスクの言葉に、私は答えることができなかった。

「夜、君の様子を見に行った時、うなされている声が聞こえた」

 起きていれば近況を聞こうと思っていた、とダスクは付け加えた。

「……私、うなされて?」

 私はここに来てから寝つきが悪かった。早めに寝ても、朝起きた時に気分があまり良くないことが多かったから。うなされている自覚はなかったし、夢自体を憶えてはいなかったが、悪い夢を見ているのだろうということだけは薄々感じていた。

「やはり、自覚はなかったのか」

 自分でも驚いている私を見て、ダスクはそう呟いた。

「君自身が思っている以上に、根は深そうだな……」

 ダスクは小さくため息を吐いた。

 もしかしたら、一度記憶が曖昧になっていた時のように、また嫌なことを無意識のうちに忘れようとしていたのだろうか。

 今でも、思い出そうとすると背筋が寒くなる。恐怖が蘇ってくる感覚がとてつもなく不快で、考えないようにしてきた。そのストレスでうなされているのだろうか。

 思わず、自分で自分の肩を抱いていた。

「克服、したいと思うか?」

 静かに、だがはっきりと、ダスクは私にそう声をかけた。

 一瞬だけ、びくりと肩が震えた。

 克服するということは、それに向き合わなければならないということだ。思い出そうとさえしなければ、力以外は安定している。普通に暮らす分には問題がないだろうとは診断もされている。

 ただ、だからといってこのままでいることにも不安があった。溜め込まれたストレスがいつか爆発する可能性だって無いとは言い切れない。その時、どうなるかなんて想像もできないが、漠然とした不安があるのは確かだった。

「方法が、あるの……?」

 向き合うのにも、このままでいるのにも不安があって、直ぐに決断ができなかった。だから、方法を知ってからでも遅くはないかもしれない、と考えていた。

「……少しばかり荒療治になるが」

 表情や口調から私の考えが読み取れたのだろう、ダスクはそう前置きした。

「君自身が強くなる、という手がある」

「強く?」

「肉体的にも、精神的にも、能力的にも、だ」

 怪訝そうな顔をする私に頷いて、ダスクは言った。

「あの時、襲ってきた者たちよりも君が強くなればいい」

 私が恐怖を感じた者たちよりも、私自身が強くなる。それがダスクの考える克服の方法だった。

 トラウマを植え付けた者たちを圧倒するだけの力を自覚できるほど強くなれば、過去の恐怖に怯えることもなくなるだろう、と。

「力なんて……」

 要らないと、思っていた。この力自体にも、恐怖を抱いていた。誰の力だとか、どんな力だとか、何のために振るわれた力だとか、関係なく。できることなら、この力は一生使いたくないとさえ思っていた。

 だが、ダスクはあえてそれをモノにしろ、と言っている。

「どうして、あなたはそこまで私に……?」

 何故、彼はここまで私に対して親身になってくれるのだろう。

 特殊部隊の長という多忙で、それなりの立場にある人物だというのに。私の力が不安定な原因はVANの調査でもはっきりしていない。力の種類や大きさによって得手不得手もある。

 それでも、ダスクは私に強くなれと言うのだろうか。何故、そこまで私のことを案じてくれるのだろうか。

「俺も、君と同じだったんだよ」

 ふっと笑みを見せて、ダスクはそう言った。

「俺が覚醒した時、あの人は親身になって様子を見にきて、その度に相談に乗ってくれた」

 ダスクがVANにきて右も左も分からない時に、色々と世話を焼いてくれた人がいたらしい。

「俺はその人から隊長の座を譲り受けたんだ。その人みたいに、自分が招いた人が自立するまで面倒を見ようって、決めたんだ」

 もう心配ないと思える状態になるまで、世話を焼く。ダスクはそう決めているようだった。

 自分と同じぐらいの年の少年のはずなのに、彼がいつにもまして大人びて見えた。

 もしかしたら、私よりも大変な目に遭ってきたのかもしれない。悩んだこともあったはずだ。それに、今はその年齢で組織の中でもトップクラスの地位にいる。背負っている責任だって重いはずだ。

「だから、もし、君がそれを望むなら――」

 ダスクは優しく、強さを感じさせる表情のまま、私に告げた。

「――俺が君の居場所になろう」

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