EPISODE OF LIZE 01「誰か助けて」
1 『誰か助けて』
――混乱と恐怖だけで、何も考えられなかった。
死にたくない、それだけしか頭になかった。
はじめは、何が起きたのか分からなかった。
三人の友達と学校の帰りに立ち寄った喫茶店の中に、突如悲鳴が響き渡った。逃げ惑う人々の中、店の奥の方の席にいた私たちは何が起きたのか把握するのが遅れた。
店員が一人、床に倒れていた。額に突き刺さったナイフと、見開かれた生気の無い瞳に、私は言葉を失った。
気付いた時には手遅れで、私たちは強盗たちの人質にされていた。
店内にいた客たちは次々に殺されていった。逆らおうとしない人まで、強盗たちは容赦なく命を奪った。
残ったのは、私と、友達の四人だけだった。
殺されていく人々の姿をその目に焼き付けられ、私たちは声を発することもできずにただ震えることしかできなかった。
そして、友達の一人が目の前で犯され、殺されるのを、私はただ怯えながら見ていることしかできなかった。
強盗たちが何人いるのかさえ、私には把握できていなかった。容赦なく、目の前の人間を殺す。そんなことができる人間を、私は見たことがなかった。まるでその辺の石ころやゴミを見るかのような、冷たい目で、それがさも当然のことのように犯し、殺す。強盗たち同士は至って普通に会話をしているように見えたが、正気の沙汰とは思えなかった。
同じ人間だとは思えない。
化け物だ。
他の友達も順番に凌辱されていった。壊れて、反応を示さなくなると殺されていった。
最後に残ったのが、私だった。
もう、頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。何度も吐いた。この店に来るまで笑い合った友達が泣き叫ぶ姿や、壊れた人形のように床に転がっている姿に、嘔吐した。
そして、男たちの手が私に触れた時、理性が、飛んだ。
どんな叫び声だったのか、私は覚えていない。
ただ、何も見えなくなって、私という存在そのものが口からすべて吐き出されてしまうかのような、叫び声をあげていた。
その瞬間だった。
世界のすべてが、ほんの一瞬だけ薄い藍色に包まれた。
淡い藍色の光を感じた時、消えかけていた私の意識が呼び戻された。
目を開ければ、男たちが皆、吹き飛ばされたかのように壁に叩きつけられていた。壁に背中を強打し、床に崩れ落ちている。壁にヒビが入るほどの衝撃だったらしい。
次に気付いたのは、私自身が光の膜に包まれているということだった。
鮮明に周りのものが見えて、聴こえて、感じられた。
何がなんだか分からない。
ただ、助かった。
そう、思いかけた時だ。
私の目の前で、吹き飛ばされた男たちが身を起こした。驚いたような表情をしつつも、その態度に慌てた様子はない。むしろ、面白そうなおもちゃを見つけたような、残忍さすら感じる目をしていた。
背筋に寒気が走る。悪寒に体が震えた。
「い、いやぁぁぁぁぁあああああっ」
拒絶するように、叫ぶ。
その瞬間、私を中心に発生した衝撃波が、男たちを再び壁に叩き付けた。
「こいつ、能力者じゃねぇか」
「何だ、覚醒したてか」
「驚かせやがって……」
「まぁ、この程度なら問題ねぇさ」
下卑た笑い声と、身勝手な会話が交わされていた。
見れば、強盗たち全員が、私と同じように、その身を光の膜に包んでいた。全員が違う色の光の膜を纏い、身に纏うのと同じ輝きを帯びた目を、私に向けている。
もう、私から放たれる衝撃波に、男たちは吹き飛ばされなかった。
血の気が引いた。歯の根が合わずに、カチカチと音を立てる。
立とうとして、見えない何かに足を掴まれた。両腕が何もないのに空中に固定される。
分けも分からずもがく私を見て、男たちがゲラゲラと下品な笑い声を上げていた。
男の一人が手をかざせば、触られてもいないのに体中をまさぐられているような感触に襲われた。服も、下着も、まるで無いもののように、その感触は透過してくる。
私は叫び、力の限り暴れた。思いの限り衝撃波を撒き散らし、掴まれた両手両足を力任せに動かす。
だが、敵わなかった。
私の腹に、穴があいた。いや、見えない何かで、貫かれた。血が噴き出し、痛みが思考を埋め尽くす。熱と激痛に、泣き叫ぶ。
服が乱暴に引き千切られ、男の一人が脇腹に膝蹴りを叩き込んだ。衝撃波のお礼だとか、言っていた気がするが、良く覚えていない。
両手両足を固定されて、うずくまることも、のた打ち回ることもできずに、苦痛にあえぐことしかできなかった。涙と鼻水と涎を撒き散らしながら、抵抗を続けた。
それも、無駄だった。
最後の下着が剥ぎ取られて、目の前に男が覆い被さろうとするのが見えて。
そこで、私の精神は、砕け散った。
嵐のように、衝撃波が周囲に撒き散らされる。部屋の中にあるあらゆるものを吹き飛ばし、自分の周囲にあるすべてを弾き飛ばす。男たちが木の葉のように宙を舞い、私を掴んでいた力が消える。
思考は拒絶の二文字で埋め尽くされていたように思う。
自分以外のすべてを、衝撃波で拒絶していたのだろう。建物は崩壊寸前だった。
衝撃を浴びて傷を負いながらも、一人の男が私の前に立つ。光を帯びる血走った目に、敵意と憎悪を漲らせて、私に迫る。
箍の外れた恐怖から放たれる衝撃波もものともせず、男が私に手を伸ばす。
その手が、突如飛来した黒い球体に飲み込まれて消滅した。
男はすぐさま飛び退き、飛来した方向へ視線を向ける。
その時にはすでに、私と男の間に、誰かが立っていた。紫の光を帯びた、小柄な人影が、私の前にいた。
視界が歪む。
意識が途切れる寸前に、私の目に映ったのは、紫の光だった。