EPISODE OF DUSK 04「望みは遠く」
4 『望みは遠く』
――当然、不安ばかりだった。
けれど、託してくれた思いに俺は応えたかった。
ダスクが覚醒してから、一年が経った。半年近い訓練期間を経て、ダスクは第一特殊機動部隊の隊員として前線へ出て戦うまでに力をつけていた。
第一特殊機動部隊の隊員として戦うまでに受けた訓練は確かに厳しいものだった。後で聞いた話だが、通常部隊に配属された時に受ける訓練は一ヶ月以内に終了していたらしい。訓練期間の残りは、特殊部隊の戦力として使えるように鍛錬を積み続ける。身体能力向上の基礎訓練はもちろん、部隊内での模擬戦で力の使い方と精神力を鍛え、様々な知識を学ぶ。
特に、機動部隊の系列に当たるマルヴの部隊では連携も重要になってくる。単体での戦闘訓練以外にも、多対多の模擬戦も何度も経験することになった。
学校にも通いながら、ダスクは必死で訓練を行っていった。
第一特殊機動部隊という、最高水準の精鋭に引き抜かれたダスクは学校でも有名人となり、注目の的になっていた。
ただ、ダスク自身、自分の処遇はかなり特殊なものであるとは自覚している。第一特殊機動部隊の隊長であるマルヴに拾われたというのも大きな一因だが、もう一つの要因があるとすれば、ダスクの持つ力だろう。重力を制御するという力は、今現在のVANの中ではダスク以外に見当たらない。
その力に相応しい部隊として、マルヴの部隊は最適だったとも言える。迅速な展開力、対応力を求められる機動部隊にとって、ダスクの持つ重力制御能力は相性が良かった。応用の幅が広いということは、部隊としての戦略の幅も広がることを意味する。連携を考えた時、ダスクの力は味方の援護にも、敵への牽制にも使えるのだ。
ただ、それでもダスクは戦うことに対して積極的ではなかった。
第一特殊機動部隊に課せられた今回の任務は、敵対勢力の掃討だった。それも、単なる敵対勢力ではなく、能力者たちだ。
能力者同士が戦い、命を奪い合う。それはVANの掲げる理念に反するものと言えなくもない。ただ、VANは発見した能力者には必ず声をかけている。敵対勢力として討伐命令が下されるのは、勧誘を拒絶しただけではなく、VANに対して敵意を向けた者たちだ。
能力者たちのすべてがVANの思想に共感しているわけではない。それはダスクにも分かっている。
自分の力を隠して生きることを望む者もいれば、その力を私利私欲のために使おうとする者もいる。前者ならまだいい。だが、後者が問題だった。
VANは水面下で力をつけ、いずれは世界の表舞台に立つ。世界中に能力者たちの存在を認めさせ、その存在が生きる場所を勝ち取るのがVANの目的だ。
能力者という存在を明るみにするタイミングも重要だ。力を持った者が私利私欲のために力を使い、能力者という存在が明るみに出てしまえば、VANにとっては都合が悪い。世界の裏側に根を伸ばし始めている今、VANに不利益をもたらすものは排除せねばならない。
VANが能力者のすべてであるとまでは言えない。だが、能力者の多くが住まうのもVANの下だ。
能力者であろうと、中には悪人もいる。
VANの実動部隊に属した以上、避けては通れない現実だ。
それに、これまでこなしてきた任務の中で、ダスクも実感してしまった。
VANという組織は、この世界の歪みが生んだものなのだ、と。
平穏な生活をダスクも望んでいた。だが、その平穏を崩しかねない力を持った者が突然現れた時、自分ならどうするだろう。その存在を拒絶し、遠ざけようとしないと言い切れない。例え力を持った者が平穏に暮らすことを望んでも、周りがそれを許すだろうか。
VANの外で覚醒した能力者のほとんどは、犯罪など何らかの事件に巻き込まれて覚醒している。その力を目の当たりにした非能力者が、覚醒した者を拒絶するケースは極めて多い。覚醒した者が無抵抗であっても、周囲が危害を加えようとする場合も少なくない。
力があるから、異質だから、拒絶する。その気持ちが分からないわけではない。
力の有無に関わらず、受け入れられる場所があればいい。その場所を創るのがVANの目的なら、力を貸してもいいと思えた。少しでもその手助けができれば、自分の存在にも価値があると思えた。
ただ、相手の命を奪う時の躊躇いが消えることはなかった。
VANへの所属を決めた選択と矛盾することはダスク自身にも分かっている。
ダスクがVANで戦うことを決意したのは、自分の力を無駄なものにしたくなかったからだ。力の有無に関わらず平穏に暮らせる場所を作ろうとするVANの手助けをすることが、敵味方問わず救えなかった命にダスクが報いる術だと思ったからだった。
「……ダスク、隊長は?」
作戦地区周辺の封鎖作業を終えたところへ、副隊長の男が声をかけてきた。
VANはまだ表立っては動けない。その存在を隠蔽するための偽装工作もこなさなければならない仕事の一つだ。敵対勢力の掃討をする場合も、戦闘を行う区域に一般人が立ち入らぬようにする必要がある。
「対象の動きが鈍いのが気になると行って、先行しました」
ダスクの言葉に、副隊長は顎に手を当てて黙り込んだ。
「確かに、俺たちが扱う任務にしちゃあ、敵の動きが鈍い……誘われてる可能性もあるな」
副隊長が呟く。
不審だったのは、第一特殊機動部隊が割り当てられた敵対勢力の動きが予想以上に鈍いことだ。確かに、まだまだ人員不足なVANではあるが、事前調査は可能な限り行っている。今回の任務対象である敵対勢力が、これまで送り込んだVANの部隊で仕留め切れなかったという報告も来ている。送り込んだ部隊が全滅したわけではなかったが、第一特殊機動部隊に要請が来るだけの勢力だと判断されたのだ。
ここまで作業が順調なのもある意味不審だった。
「最初の部隊はほぼ壊滅、次は半壊、三つ目は追い込むものの仕留め切れずに取り逃した、だったな」
副隊長の言葉に、ダスクは頷いた。
「油断を誘っているように見せかけているのが誘いかもしれない、とも思うんですけど……」
ダスクは副隊長にそう告げた。
現状に不審さを抱かせ、こちらに先手を打たせようとしている可能性はある。第一特殊機動部隊は敵の動きが鈍いからと、油断するような部隊ではない。だが、それを逆手にとってに混乱させようとしている可能性がある。第一特殊機動部隊が派遣されるほどの相手だ。
「判断を迷わせる作戦か……有り得るな」
副隊長はダスクに対して深読みだろう、とは言わなかった。
VANは実力主義の組織だ。たとえダスクがまだ十三歳であろうと、任務中の扱いは実力に依存する。力の特性や戦闘における適性に、年齢はあまり関係がない、というのがVANの考えだ。
「深読みかとも思うんですけど、そう思わせることも策略のうちかもしれないと考えると、迂闊には動けなくなってしまいます」
ダスクの言葉に、副隊長は考え込んでいるようだった。
先手を打とうとするのが正しいのかどうか、考え出せば再現なくループしてしまう。そうして混乱しているうちに奇襲する作戦かもしれない。
すでにVANの部隊が三度も失敗している相手だ。用心してかからなければならない。
「それで隊長が先行したか」
「はい」
副隊長の言葉に、ダスクは頷いた。
基本的に、VANの部隊は最も強い者が隊長に選定されている。VANには突撃、機動、特務の三部隊があり、それぞれの適性に見合うように構成員が割り振られるようになっている。しかし、部隊長だけは特別で、適性と共に実力順で部隊長へ割り振られている。
また、副隊長は部隊長が選抜することになっており、人員の多い部隊では副隊長が複数いるところもある。
「ダスク、我々も後を追おう。他の者は予定通り頼む」
副隊長は近くの部下にそう伝えると、ダスクを伴ってマルヴを追った。
翌日、VAN本部内にある医療区画の一室にダスクはいた。
ベッドで横になっているのは、マルヴだ。
ダスクたちがマルヴの下へ辿り着いた時、すでに戦闘は始まっていた。マルヴの先行を待ち伏せされていたようだった。敵勢力に包囲されながらも、マルヴは互角に戦っていた。
だが、一人で戦っていたマルヴの疲労は濃く、彼の実力を知っているダスクにとって複数とはいえ、それほどの力を持った相手だということに驚かされた。だが、その状況では加勢する以外の選択肢はない。
ダスクと副隊長はマルヴの援護に入り、敵勢力と戦った。
だが、予想以上に手強く、殲滅はできたものの、無傷とはいかなかった。
潜んでいた伏兵からマルヴを庇った副隊長が命を落とし、マルヴ自身も右腕を失った。もし、腕が綺麗に切断されていたなら、医療班の治癒系能力者の力で元通りに治すこともできただろう。だが、消滅させられてしまった腕を治癒ではなく復元するのは難しい。
ダスクはマルヴに呼び出され、病室に来ていた。
「ダスク、私は実動部隊を引退しようと思っている」
マルヴの言葉を待っていたダスクは、その一言に思わず伏せていた顔を上げた。
「元々、私自身も戦うのは好きではなかったからな、それに、このざまではいざという時に皆の足を引っ張りかねん」
片腕を失っていても、力を使って戦うことはできる。傷口自体は医療班の能力者によって処置され、もう痛みもほとんどないらしい。だが、今まであったものが存在しない違和感に慣れるには時間がかかる。体の微妙なバランスや戦闘技術の中で、右腕に頼っていた部分は少なからずある。
たとえ戦うこと自体はできたとしても、特殊部隊の、それも隊長という役割ではその違和感が命取りになりかねない。ない腕に頼ってミスを犯さないとは限らない。
「幸い、蓄えもある」
特殊部隊のリーダーをしていたのだ、給料もそれなりに高いだろう。VANが中心となって形成されている街なら、こういった形での引退者にも可能な仕事の斡旋などもあるだろう。
「それに、特殊部隊長は忙しくて、家に帰る機会が少なくてな、娘にも中々会えんのだ」
苦笑するマルヴを、ダスクはただ見つめていた。
「……そこで、私の穴は、君に埋めてもらいたい」
唖然としているダスクを見て、マルヴは優しい笑みを見せた。
それはつまり、ダスクをマルヴの後任に推薦する、ということだ。
「そんな、冗談でしょう? 僕はまだ十三ですよ?」
ダスクには信じられなかった。今年で十四歳になる子供に、部隊長、それもトップクラスの特殊部隊のリーダーをやれと言うのだ。
「ダスク、君の実力はもう私より上だ。指揮能力も高い」
マルヴの言葉に、ダスクは首を横に振った。
「苦戦していたあの時、君の加勢がなければ私はやられていた。君のアシストはいつも適切だった。作戦立案能力も高い」
確かに、客観的に見ればダスクと副隊長が加勢したことで任務は成功したと言っていい。だが、それをダスクの実力だと言うのは言い過ぎだ。
第一特殊機動部隊という部署で、皆の足を引っ張らぬようダスクも必死だった。
「僕は、隊長なんて務まりませんよ……」
俯いて、ダスクはそう告げた。
自分に隊長なんて務まらない。いくらVANが実力主義の組織だといっても、十三、十四の子供に部隊の指揮を任せるなんて異例過ぎる。マルヴが良くても他の者が認めるとも思えなかった。
「本当は、怖いんだろう? 仲間の命を背負うことが」
「そりゃあそうですよ、僕には重過ぎます」
マルヴの言葉に、ダスクは顔を上げる。困惑した表情で、マルヴに食らいつく。
「命を背負う重さを感じられるなら、お前にリーダーは向いているさ」
「僕には背負えません。買い被り過ぎです……」
優しく言い聞かせるような口調のマルヴに、ダスクは首を横に振って背を向けた。
「お前が前線に出るようになってから、うちの部隊の死傷者は半分以下になった。部隊の誰もが、私を含めてお前の力に命を救われているんだ。皆、認めている」
マルヴが左手をダスクの肩に置いた。
「私の後任はお前がいい、と皆口を揃えたよ。お前なら、安心して命を任せられる、と」
「だからって……!」
振り返ったダスクが見たのは、いつになく真剣なマルヴの表情だった。
「私の後を継げば、多くの人をその手で殺めなければならないだろう。お前が命の遣り取りを嫌っているのは知っている。だが、だからこそ、私はお前に頼みたいのだ」
ダスクは何も言い返すことができなかった。
ダスクの考えや思いも、すべて分かった上でそれでもマルヴはダスクに隊長を任せたいと言っているのだ。
「私は、VANに忠誠を誓ってはいない」
マルヴの言葉に、ダスクは俯きかけていた顔を上げる。
「いずれ、VANが表舞台に立った時、この世界は大きく揺れ動くことになる。その時、VANという場所が我らにとって良い場所となるのか、私には判断ができない」
以前、マルヴは言っていた。VANという場所を、総帥であるアグニアを信じているわけではない、と。能力者たちが、自分たちが住まう場所を作るためVANに参加しているに過ぎない、と。
「もう三年前の話になる。あの時、VANは一度滅びかけた……」
「三年前?」
マルヴはダスクを見て一つ頷くと、語り出した。
「たった二人の能力者に襲撃され、VANは壊滅状態になった。だが、壊滅状態になったのは戦闘員がいる本部施設だけで、他の居住区画などには一切被害が出なかった。あの一件でVANは今のような部隊編成をするに至ったと言っても過言ではないな」
たった二人の能力者に、VANが敗北した。今の部隊編成の状況を知っているダスクには、信じられなかった。
「あの二人と対峙した時、私は今の考えをするようになったのだ。あの二人は、VANという場所を望んでいなかった。今までと同じ場所で生きようとしていた。恐らく、放っておけばあの二人はVANと敵対することもなく、それぞれ生きて行けただろう。それだけの強い心を持ち合わせていたと思う」
マルヴはどこか悲しげに目を細めた。
VANは、その二人にVANの意思を強制したのだ。それを拒んだ二人を敵視し、排除しようとしたことで彼らは反発し、VANへ乗り込んできたのだろう。
「たとえ、能力者であろうと、VANがその者にとって良い場所かどうかを決めるのは本人だ。私はここに守りたい者がいた。あの二人にも、守りたい者がいた。だから、その話を聞いた時、私は彼らに道を開けていた」
敵であっても、想いを理解できてしまった。同じ理由で戦っていた。マルヴが守りたい者は、居住区にいる。その二人にとって、マルヴも、マルヴの守りたい者たちも、敵ではなかった。そう気付いてしまったから、マルヴは二人を先へと進ませた。
VANの部隊長としては失格だ。当時は今のような部隊長という立場ではなかったのかもしれない。そもそも、部隊長という役職があったかもわからない。
マルヴがVANに忠誠を誓っていない理由が、ダスクにもようやく理解できた。
「私はVANを妄信してはいない。今は、多くの能力者にとってこの場所は住み良い場所だ。だが、必ずしもこの場所が最良というわけではないだろう」
人によっては、元の場所でひっそりと暮らしていきたい者もいるはずだ。VANに来ることを強制するのが良いことだとは思えない。やがて、世界に能力者という存在が知られた時、VANが表舞台に立った時、この場所が住み良い場所たりえるだろうか。
「お前に任せたいのは、VAN第一特殊機動部隊じゃあない。そこに属する能力者たちだ」
VANのためではない、自分の思う未来のために生きようとする者に、後を任せたい。マルヴはそう言ってダスクを見た。
「もし、お前がVANを間違っていると思うなら、お前についていく者たちと共にVANを抜ければいい。あるいは、お前がVANの総帥になって、変えてしまえばいい」
ダスクは顔を伏せた。
戦うことなく、平穏に過ごして行きたい者の気持ちが、ダスクには良く分かる。ダスク自身がそうだったから。だが、今までいた場所にダスクの居場所はなくなってしまった。ダスク自身も、戻れないと思ってしまった。だから、ダスクはVANへ身を置いた。自分と同じ思いをする人を少しでも減らす力になれれば、と。
「ただ相手を否定するだけの者をリーダーにはしたくない。対峙する敵をも思いやれる者がリーダーの器だと私は思っている」
同じ思いを抱く者と戦わなければならないかもしれない。だが、だからこそダスクがいいのだと、マルヴは告げた。
「……分かりました」
少なくとも、マルヴの部隊は皆、優しい者たちだ。それでもその中からダスクがいいというのなら、ここまで言われては断れない。
恐らく、ダスクに断わらせる気はなかったのだろうが。
「お前ならきっと、良いリーダーになれるさ」
「やれるだけ、やってみますよ」
笑みを見せるマルヴに、ダスクは苦笑を返した。
マルヴはダスクに何を見い出したのだろう。その思いが何であれ、マルヴはダスクを信頼して後を託すことにしたのは間違いない。ダスク自身、自分がマルヴの思いに応えられる器かどうか、正直なところ自信はない。ただ、ダスクもマルヴを信頼している。
ダスクだからこそ託す、その思いには応えたい。
マルヴが思い描く未来は、きっとダスクの求める未来と同じだろうから。