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EPISODE OF DUSK 03「戦う意味は」

 3 『戦う意味は』


 ――あの場所で、色んなことを学んだ。

   特に、能力者も人であることには変わりがないんだ、と。


 学校への編入は思っていたよりもスムーズだった。

 ダスクが暮らす場所は、学校の直ぐ隣にある寮になった。十代前半の、まだ独り立ちするには難しい年齢の者たちが暮らせるように配慮されているらしい。学校教育が終わるまでの衣食住は一通り補償されているようだ。

 毎日、一定の時刻に寮の食堂へ行けば食事が取れるようになっている。同じ学校に通う生徒ともそこで会うことができた。そのまま登校、という流れが習慣になっているらしい。

 最初はまだ少し落ち着かない部分もあったが、直ぐに慣れることができた。

「あなたが、お父さんの言っていた能力者?」

 学校へ行って、初めて話をしたのは一人の少女だった。ダスクをVANへと導いたマルヴの娘、ラトーナ・フォランサだった。

 彼女に案内される形で、一通り学校を見て回った。同時に、ここがどんな場所であるのかも教えてもらった。

 マルヴも言っていたが、一般教養的な部分で不足がある年齢の能力者たちの教育機関というのが簡単な説明だ。普通の学校と違うのは、能力者としての知識も学ぶことができる点だろう。現時点で判っている、力の原理や概要などを噛み砕いて教えているのだ。

 低年齢で力に覚醒した者は、使い方を間違う可能性がある。正しい知識を教え、力を完全に自分の制御下に置けるように配慮されている。また、これから覚醒するであろう、能力者の子供たちにあらかじめ知識を与え、覚醒した時の混乱を防ぐ目的もあるに違いない。

 能力者同士の子供は能力者として覚醒し易い傾向にあり、同時に、VANの研究結果では回りに能力者がいることでその可能性が更に高まるとされている。実際、この学校に在籍している間に全ての生徒が覚醒しているらしい。もっとも、覚醒するのは卒業を控えた学年の者がほとんどで、それよりも下の学年の半数以上はまだ覚醒していないようだ。十二歳で覚醒しているダスクは少数派だ。

 マルヴからダスクのことを聞いていたラトーナがいたお陰で、早いうちに学校に馴染むことができた。ラトーナは明るい少女だった。男子であろうと女子であろうと、気兼ねなく話をしていた。

 一月が経つ頃には、ダスクも誰とでも普通に話せるようになっていた。

「ダスクは、やっぱりVANに入るのか?」

 学校が終わって帰る途中、クラスメイトのケインが唐突に呟いた。

「……何で?」

 やっぱり、という部分が引っ掛かって、ダスクは問い返す。

「あれ? 違うの?」

 ケインは予想が外れただけといった様子で、首を傾げる。

 既に覚醒してから半年が経ち、また春が来ようとしている。この半年間、ダスクは学校で勉強をしながら、色々と考えていた。

 別れることになってしまった家族はどうしているだろうか。ダスクは死んだことになっているが、立ち直ってくれているだろうか。自分一人で、生きて行けるだろうか。もし、一人で生きて行くのなら、どうすべきか。

「ケインは、VANに入りたいのか?」

「当然だろ」

 ケインにとっては、憧れに近いものがあるのだろう。人の命を奪うこともしなければならないとは考えていないのかもしれない。

 ここにいる人たちにとって、VANとは自警団のようなものなのかもしれない。

 いや、むしろガーディアンか。

「でもさ、俺はまだ覚醒してないから資格もないんだよな」

 ケインが苦笑する。

「その点、ダスクは覚醒してるし、頭も良い。羨ましいよ」

 ダスクには複雑な心境だった。

 ダスクが覚醒した時、人を殺めたことを知っているのは恐らくVANにいる者たちだけだ。学校の中で知っている人は少ないだろう。

 どんな思いでここに来たのか、理解している人は少ない。

 もっとも、この年齢でそこまで考えられるのはダスクだけなのかもしれないが。

「俺も早く覚醒したいなぁ」

「そう? 私は別にこのままでもいいかな」

 不意に、背後から声がした。

「ラトーナ?」

 振り返ったダスクは、声の主の名を呟いて驚いた。

「このままでいいって、何でさ?」

 ケインが首を傾げる。

「覚醒すれば、色んなことができて便利じゃん」

「んー、でもさ、私はここにいるし」

 両手を広げてアピールするケインに、ラトーナは何でもないことのように呟いた。ケインは首を傾げるばかりだったが、ダスクには何が言いたいのか、解った気がした。

 能力者でなくても、一緒に過ごせる。ここは能力者たちが集まってできた場所だ。しかし、能力者から生まれる子供たちが能力者になるとは限らない。覚醒する可能性や確率が高くても、覚醒するまでは非能力者だ。小さい頃から能力者という存在を知っているというだけで。

 もし、誰もが能力者に対して普通に接することができるようになれば、非能力者でも一緒に暮らせる。その可能性が、VANが作ったこの居住区画にはある。

 ラトーナがそこまで考えて口にした言葉なのかどうかは判らない。ただ、ダスクにとってその言葉は心の中にすぅっと入り込んでいた。

「あぁ、そっか……」

 ダスクは小さく呟いた。

 力を使うということに、ダスクは今まで自分でも良く判らない恐怖を抱いていた。だから、VANに入って戦うことに積極的ではなかった。きっと、力を使って戦うことが自分の居場所を失うのではないかという思考に繋がっていたのだろう。

 覚醒時に、恐怖感を露わにした友達のように。

 能力者として戦う時、超常的な力を振るって人を殺める姿を見られることに、ダスクは恐怖を抱いていたのだ。能力者を理解してくれないから、敵意を向けられるに違いない、と。

 ラトーナの言葉で、気付いたことがある。

 VANは能力者の国を創ろうとしている。そのために、VANはこの場所を守りながら、活動している。たとえその過程で何人もの命を奪うとしても、VANには守りたいものがある。

 そして、VANが拡大していくことは、能力者の存在を知る者が増えることにも繋がる。その人たちが能力者でなくとも、能力者たちに囲まれて自然に生活するようになるはずだ。

「ダスク?」

 考え込むダスクを見て、ラトーナが顔を覗き込んでくる。

「……決めた」

 ダスクは呟いた。

 そして、居住区画から見える大きな建物へと視線を向ける。VANの本部と言われる、建物へ。

「僕、VANに入るよ」

 ラトーナとケインに、ダスクは告げた。


 VAN本部の通路を、ダスクはマルヴと共に歩いていた。VANの構成員登録を行うためだ。

「来るのではないかと思っていたが、意外と早かったな」

 通路を歩きながら、マルヴが小さく息を吐いて呟いた。

「え?」

 ダスクは驚いて、マルヴを見上げる。

 ダスクがVANに入ることをマルヴは予想していたらしかった。

「君は、人の命を奪うことよりも、戦うことに迷いを持っていただろう?」

 優しい口調でマルヴが言う。

 既に、戦うこと自体は決めていたとでも言うような言い方だ。

「君が悩んでいたのは、あの時一緒にいた友達のことではないのか?」

 マルヴの言葉に、ダスクは僅かに俯いた。

 図星だ。

 ダスクの心にわだかまりとして残っていたのは、あの時一緒にいた友達を助けられなかったことだ。覚醒したダスクを恐れたこともショックだったが、助けられなかったことの方がショックだった。我を忘れてしまうほどに。

 あの時、ダスクには友達を助けるだけの力があったはずなのに。

「気にしないで生きるのは、辛いから」

 ダスクは呟いた。

 このまま平穏な生活の中へと浸ってしまえば、今までの自分の存在を否定してしまうような気がしていた。覚醒するまでのダスクを無かったことにして、何も気にせず、それまでの全てを忘れて生きるようなものなのではないか、と。

 見殺しにしてしまった友達の存在を、無かったことにしていいのだろうか。

 だが、ダスクは肝心な時に友達を助けることができなかった。そんな自分が、VANで戦う資格はあるのだろうか。

 過去を無かったことになどできない。無かったことにしたくはない。それでも、ダスクが戦うことで守れるものはあるのだろうかと、自問してきた。

「何かしなくちゃ、全部無駄になるような気がするんです」

 顔を上げたダスクを、マルヴは真っ直ぐに見つめていた。

「あの時、死なせてしまった友達のことも、僕が殺してしまった人たちのことも、表向きの僕の死も」

 何もせずに、VANに守られて居住区画で平穏な生活を享受することは、ダスクの過去を捨てることになっていたかもしれない。

 かつての友達や家族の存在としての価値を消してしまうような気がした。

「僕みたいな思いをしている人はいると思うから……」

 力を持ってしまったことで、周りから避けられることを恐れている人はいるはずだ。自分と同じ思いをする人を増やしたくはないと思う。VANに入って活動することで、そういった人たちを少しでも救えるのなら構成員になる価値はある。

「僕が戦うことで、友達や家族に報いることにもなると思うんです」

 何より、ダスクが失くしたものにも価値があったと胸を張って言えるように。

「……訓練はきついぞ?」

 黙ったまま今までダスクの言葉を聞いていたマルヴは、静かにそう告げた。

「はい……!」

 ダスクははっきりと答えた。

 覚えなければならないことはたくさんあるだろう。それでも、ダスクは生きる道を決めた。

「それでは、ダスク・グラヴェイトを正式にVANの構成員に登録します」

 VAN本部の人事窓口に座る女性が、マルヴから受け取った書類を確認して告げる。

 書類はマルヴの立会いの下でダスクが記入したものだ。個人情報の他に、VANの構成員になることへの同意と、所属方面の希望などを記している。命を懸けることになるため、不慮の事故や万が一命を落としてしまう可能性があることの確認とそれに対する理解、事務処理を行うか戦闘部隊に所属するかの希望調査などが主な記入事項だ。

 ダスクは自分の持つ能力を考慮して、戦闘部隊への所属を希望した。我を忘れて命を奪った過去を無駄にしないために、命の遣り取りをする部署を選んだのだ。

「それでは、所属については決定次第、追って連絡を……」

「いや、私の部隊で預かろう」

 窓口の女性の言葉を途中で遮って、マルヴが告げた。

 ダスクも驚いて隣に立つマルヴを見上げる。

「第一特殊機動部隊で、ですか?」

 女性は僅かに驚いた表情で、マルヴに確認する。まだ訓練も受けていない、戦闘員としては素人以下のダスクを、第一特殊機動部隊というトップレベルの部署に入れるというのはさすがに異例だ。

「ああ、それだけの素質はあると、私は判断している」

 しかし、マルヴは迷うことなくそう答えていた。

「解りました。では、そのように通しておきます」

 女性は微笑みながら告げた。反論や迷うこともせず、マルヴの言葉を信用していた。

 それだけの立場がマルヴにはあるのだ。ダスクは改めてその存在の大きさを実感していた。

「あなたも、頑張って下さいね」

「はい!」

 かけられた言葉に、ダスクは気を引き締めて頷いた。

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