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EPISODE OF DUSK 02「力の方向」

 2 『力の方向』


 ――あの人と出会わなければ、きっと、今の俺は無い。

   それからの俺を決定付けたのは、恐らく彼だろうから。


 ダスクが覚醒した際の誘拐事件は、特殊部隊の突入により鎮圧されたこととなった。VANが用意した死体のダミーが使われて、ダスク自身も表向きは死亡扱いになっている。自分の葬式が行われている光景を遠くから眺めているのは複雑な心境だった。

 恐らく、これから先、家族とは会えないだろう。出会ってしまったとしたら、似ている別人として振る舞わねばならない。

 家族が知るダスクは、もうこの世にはいないのだから。

 そうして、VANという組織に来てから、三ヶ月ほどが過ぎた。

 VANで始めに行ったのは、ダスク自身の能力について知ることだった。自分の力がどんなものなのかを調べ、どれだけのことができるのかを判断する。自分の意思で力を制御できるように、必要な分の訓練も行った。予期せず暴発してしまうのを防ぐためであり、VANでも良く判っていない力についての調査も兼ねて。

 ダスクの力は、重力制御能力(Gravitation)と名付けられた。分類は特殊型らしい。

 原理的には、力場で覆った内部に存在する重力を意のままに操るというものだ。自分に作用させれば重力に縛られることなく高速移動が可能となり、相手を力場に包み込めば行動を鈍らせることもできる。力を強めればそのまま圧力による攻撃もでき、点で作用させて物体を遠隔操作することも可能だった。

 また、小規模のブラックホールも生成できた。力場内部にしか効力がないため、周囲のものを無差別に呑み込むようなブラックホールにはならないが、その分、扱いは容易とも言える。周りに被害を出さずに対象だけを削り取ることができるのは利点だろうから。

 応用の幅はかなり広く、攻撃力も機動力も高い、優秀な能力と判断された。

 問題は、今後の身の振り方だった。

 VANには、組織として存在するVANの他にも居住区画がある。VAN本部の建物の周囲には、街があるのだ。もちろん、その街に住む者は全員が力に覚醒した能力者だけだ。

 VANという存在は公には認知されていない。能力者の存在も隠匿されている。VANは能力者の集まりであり、これから増えるであろう能力者たちの居場所を確保するための組織だと教えられた。

 それなりに大きな組織として存在するVANは、各地に構成員を派遣して動いている。だからこそ、ダスクの死を偽装することもできた。警察組織の中に潜り込んでいる構成員が働きかけることで真実を覆い隠し、VANにとって都合の良い方向へ情報と人を誘導している。

「どうするか、考えたかね?」

 VAN本部の中、休憩室の長椅子に座るダスクの隣で、男が尋ねる。あの、ダスクをVANへと誘った男だ。

 屈強そうな体格をしていながら、彼の表情は柔らかい。厳つそうな顔立ちであるにも関わらず、身に纏う雰囲気や優しい笑みを湛えた口元が印象を変えている。

 彼は第一特殊機動部隊の隊長だった。名は、マルヴ・フォランサ。

 ダスクには、二つの道があった。

 一つは、居住区画で暮らしていく道だ。もう一つは、VANの構成員となり、働く道だった。

 居住区画とは言え、その中でも生活の全てが支給されているわけではない。本当に小規模な街のように、働く必要もあれば、金を使って衣食住を確保する必要もある。VANに来たばかりの者にはある程度の援助が行われているが、それもずっと続くわけではない。身の振り方を決定するまで、およそ三ヶ月程度の期限付きだ。

 つまり、ダスクはそろそろこれからどうするかを決めなければならなかった。

「私は、居住区画で暮らすことを勧めるがね」

 そう言って、マルヴは紙コップを差し出してきた。

 受け取った紙コップの中には、ストレートティーらしきものが注がれている。部屋の中にある自動販売機から出したものだ。

「君はまだ幼い。もう少し、学校で勉強をしてから改めて考えてもいいと思うが、どうだろう?」

 居住区画には学校もある。能力者として覚醒する者の多くは未成年だ。十六歳以上ならば成人と同じ扱いを受けるが、十五歳以下の者たちはまだ学校教育において学習の足りない面が多々ある。

 親元を離れてVANへ来る十五歳以下の者は生活援助などを受けることもできる。それは、必要な社会的知識を身に付けるまでの援助であり、そこから先は自力で生きていかなければならない。

「友達も、できるはずだ」

 マルヴの言葉に、ダスクの手が僅かに震えた。

 ダスクが覚醒した時、友達はダスクに対しても恐怖を抱いた。ここは能力者しかいない場所なのだから、ダスクの力に同じような恐怖を抱くものはいないだろう。

 だとしても、あの経験はショックだった。恐らく、忘れることはできないだろう。

「戦う必要もない」

 隣に腰を下ろし、マルヴが呟く。

 この三ヶ月間、マルヴはダスクによくしてくれた。

 VANに来た新入りは、勧誘した本人によってVANの中を案内される決まりになっているらしい。もちろん、第一特殊機動部隊長という肩書きを持つマルヴはそれなりに忙しい身だ。しかし、彼は空いた時間には必ずと言って良いほどダスクに付き合ってくれる。

 元々面倒見も良い人物なのだろう。VANに来て、右も左も判らないダスクに、どうすればいいかを教えてくれた。能力調査や、能力を扱うための訓練にも付き合ってもらっている。

「……何と、戦っているんですか?」

 ようやく、ダスクは言葉を返すことができた。

 まだ十二歳、今年ようやく十三になるダスク一人では、今後の見通しなど立つはずもない。マルヴの助言はありがたいものだ。

「難しいな、それは」

 マルヴは苦笑して、答えた。

 VANへの誘いを断り、自分の私欲のために力を使おうとする能力者もいれば、能力者の存在を知ってそれを排除しようと動く者もいる。VANの実働部隊と呼ばれる戦闘部隊の能力者は、そういった、VANと敵対する者たちを相手に戦っている。VANの目的は、能力者の生活圏を確保することとマルヴは語った。

「差し出した手を跳ね除けて、身勝手に力を使おうとする者もいれば、我々が生きようとしているこの状況を、悪い方向へ変えようとしている者もいる」

 解り易い言葉を選んで、マルヴは言葉を紡いでいた。

 能力者という存在は、今の世界には受け入れられないだろう。だから、能力者に対する抵抗勢力なども出てくる。それでも、能力者たちにも平穏に生きる権利というものはあるはずだ。そのために、VANは有志を募って実働部隊を編成し、動いている。

「ここだけの話、私はVANに忠誠を誓っているわけじゃない」

「え……?」

 子供のような悪戯っぽさのある笑みを浮かべるマルヴの言葉に、ダスクは驚いた。

 VANという組織に来て、ダスクが感じたのは強い結束があるという人の繋がりの強さだ。VANの本部にいる者たちはほとんどが組織に対して忠誠心を持っている。いや、VANの長であるアグニア・ディアローゼという人物を敬愛していると言うべきか。

 アグニアという人物は、現時点で世界中に存在する能力者の頂点に立つ人物だった。常に力を発揮し続けて過ごしている姿は、その力の強大さと威圧感を周囲に振り撒いている。VANという組織を創った存在であるアグニアを、能力者たちのほとんどは慕っているのだ。VANの思想はアグニアの思想であり、アグニアの目的がVANの目的である、そう捉えているに違いない。

 一度、ダスクも彼の姿を見たことがある。圧倒的な存在感に、気圧されたものだ。周りの人の動きから、カリスマ性も高いように見えた。

「私は、私が思ったことをするために、この組織に身を置いているのさ」

 VANの思想とは関係なく、マルヴはVANにいるということだった。言葉は柔らかかったが、利害が一致しているからVANに身を置いている、という言い方だ。

「私には、君と同い年の娘がいてね……」

 マルヴは優しげな笑みを浮かべて呟いた。

 VANに来て、この中で出会った能力者の女性と結婚しているらしい。その女性はVANには参加しておらず、居住区で娘と暮らしているようだ。

「能力者の居場所を創りたい、という目的は一致しているからな。ここで動く方が、近道になるだろうと思って、ね」

 唇の前で人差し指を立てて、マルヴは笑った。

 アグニアに対する忠誠心が無いことを言いふらさないでくれ、という意味なのだと、直ぐに解った。能力者同士の結束は強いものだが、中にはアグニアを妄信している者もいる。大きな立場を持つマルヴにとっては、公言できない言葉なのだろう。

 ダスクはそんなマルヴに視線を返すしかできなかった。

「もし、君が戦う道を選ぶとしても、私に止める権利は無い」

 マルヴは目を閉じて呟いた。

 VANへの参加は有志だ。能力者として覚醒し、望みさえすれば誰でも入ることができる。

 たとえマルヴが反対したとしても、ダスクがVANへの参加を望んだとすれば彼に止める権限は無い。

「だが、覚えておいて欲しい」

 目を開き、マルヴがダスクに視線を向ける。その表情は、今までの会話の中で最も引き締まったものだった。

「これから戦うのであれば、人を殺めるのなら、それなりの覚悟が必要だ」

 マルヴの言葉に、ダスクは僅かに俯いた。

 覚醒した日、ダスクは人を殺した。無我夢中で戦いはしたが、殺すつもりは無かった。友達を助けて、脱出すればいいと思っていた。しかし、誰一人として助けられなかった。我を失ったダスクは、誘拐犯たちを殺していた。

 だが、これから先、戦うのであれば、自分の意思で人の命を奪う覚悟が必要になる。命の遣り取りに対して、向き合って行かなければならない。

 命の重さを背負うには、まだダスクは幼過ぎる。

「でも、僕は……」

 ダスクは自分の両手に視線を落とした。

 あの時、意識を失ったままマルヴに拾われていたなら、素直に彼の言葉に従えただろう。自分の手で、人を殺したのだと自覚してしまったダスクには、平穏な生活というものがとてつもなく遠い存在に感じられていた。マルヴの言う通りに、ここの学校へ通ったとして今まで通りに振る舞えるのか、何も無かったように生きられるのか、不安だった。

「優しいのだな、君は……」

 マルヴは小さく苦笑した。

「そんな、優しくなんて……」

 ダスクは唇を噛み締めた。

 殺したいとは思わなかった。しかし、それが原因で友達を助けることすらできなかった。最初から、誘拐犯たちを殺すつもりで戦っていれば、助けられたかもしれないのに。

 VANに来て、自分が強大な力を持ったことを知った。いとも簡単に、人の命を奪える力を。だが、それを扱うダスク自身が無能だったせいで、強い力を得たにも関わらず何も守ることができなかったのだ。

 躊躇ったがばかりに。

「僕は、何もできなかった……」

 ここで、居住区で生活する道を選んでしまえば、死なせてしまった友達の命から目を逸らしてしまうのではないかという恐怖があった。友達のことを忘れて、自分だけのうのうと生きていていいのか、と。

「なら、君は何がしたい?」

「え?」

「人を殺したいのか? あの時、一緒に死んでいればいいと思っているのか? 戦いたいのなら、何のためにそう思う?」

 マルヴの言葉に、ダスクは顔を上げた。

「明確な意志が無いのなら、中途半端な覚悟で戦うべきではない」

 毅然とした態度で、マルヴはダスクに言葉を向けた。

「まずは、新たな日常に触れてきなさい。この話はそれからの方がいい」

 ダスクは静かに頷いた。

 もっと考えるべきだ。そのためには、VANの中で学ばなければならない。能力者たちの学校へ行き、日常を感じて、その上で判断すべきなのだ。

「ゆっくり、考えます……これからの、ことを」

 力に覚醒してから、ようやく、ダスクは一歩を踏み出せたような気がした。


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