表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

EPISODE OF DUSK 01「悪夢を呑み込んで」

この短編集は「ライト・ブリンガー1〜蒼光〜」シリーズの世界を舞台に描く作品です。ネタバレになる要素も含まれていますので、本編未読の方はご注意下さい。

 1 『悪夢を呑み込んで』


 ――きっと、あの時、俺は一度死んだんだと思う。

   今、ここにいる自分は、それまでの自分とは違うのだと……。


 自分の身に起きたことが、信じられなかった。

 ジュニアハイスクール(日本で言う中学校)に入学して一年目の秋、何の問題もない日常の中で、異変が起きた。

 友人三名と一緒に帰路についていたはずだったのに、気付いた時には廃ビルの中にいた。

 四人の中で一番早く気がついたダスク・グラヴェイトは、周囲を見回した。廃ビルの部屋の中らしい。窓ガラスは割れており、残っているものはほとんどない。埃まみれで黒ずみ、煤けた床や壁、天井を見ると火事でもあった場所なのかもしれない。

 問題なのは、身動きが取れないことだった。

 四人全員が一つの柱を中心に縛り付けられている。乱暴な縛り方で少々きつかったが、その分解くのも難しそうだ。

「何が……?」

 思わず、声が漏れた。

 家へ帰る途中、不意に背後から襲われたのだということしか解らなかった。一瞬で身体の動きが拘束され、薬品か何かで瞬間的に気絶させられたのだ。

 ただ、幼いながらにも誘拐されたのだということだけは解った。

「何で……?」

 疑問と同時に、強く湧き上がってくるのは恐怖だった。

 状況は判らないことだらけだったが、命の危険に晒されているということだけは感じ取っている。得体の知れない恐怖感が背中に圧し掛かり、息苦しい。

「ちっ……いいか、良く聞け、こっちには人質がいるんだ」

 不意に、足音と共に声が聞こえてきた。

 ダスクがいる場所とは反対の方向から、数人の男たちが部屋の中に入ってきたようだ。きつく縛り付けられているお陰で首を回しても見ることすらできない。

 男たちは電話か何かで呼びかけているようだった。

「要求が受け入れられないなら、十分ごとに一人殺していく」

 その言葉で、相手が恐らくは警察なのだという推測はできた。加えて、男たちが犯罪者か何かで、警察に追われる立場にあることも。

 警察から逃げるために、自分たちは人質にされている。そう考えるのが妥当だろう。

 ダスクは乱れそうになる息を潜めて、男たちに自分が起きていることを感付かれないようにしていた。狙っての行動ではなく、自然とそうしていた。

「あいつら、要求を呑みますかね?」

 数分と経たぬうちに誘拐犯たちの会話が聞こえてくる。

 いつ殺されるのかビクビクしながら、ダスクは黙って話を聞いているしかなかった。縛り付けられている他の三人は大丈夫だろうか、どうにかして皆で逃げられないだろうか。そんなことを幼いながらに考えて。

 犯人たちがいるから身動きを取ることも危険だった。それでも、逃げ出したいと考えてしまうのは止めようがない。身体が震えそうになるのを必死に堪えていた。

「な、なんだこれ……!」

 突然、子供の声が上がった。

 ダスクの反対側に縛り付けられている友達が目を覚ましたらしい。

「ここ、どこ……?」

 左右に縛り付けられた友人たちも目が覚めたようだった。

 一人は酷くパニックに陥り、声を発することもできずに周りを見回している。強張った表情と、恐怖で、言葉が声にならない。ぱくぱくと口を動かしているだけだ。

 ダスクも、友達と一緒にパニックに陥りかけていた。やけに呼吸が大きく聞こえて、何も考えられない。

「ちっ、目が覚めたか……」

 舌打ちする男の声が聞こえた。

 その直後、銃声が響いた。

「騒ぐなガキども!」

 犯人の一人が威嚇で拳銃を撃ったのだった。

 一瞬、部屋の中が静まり返る。

 しかし、その次の瞬間には、柱を挟んでダスクの反対側に縛り付けられた友人が泣き出した。ダスクには部屋の状況が渡せなかったが、反対側なら全てが見える。威嚇とは言え、銃を撃たれるという恐怖を一番強く浴びたのは彼だった。

 泣き叫ぶ友人から恐怖が伝播し、ダスクの右手側の友人も泣き出した。続いて、その反対側の友人も。

 ダスクは息が詰まりそうだった。過呼吸になりかけていたのかもしれない。

「うるさくてかなわん!」

「……十分経った、時間だ」

 犯人の一人が痺れを切らした頃、発言力のあるような声が静かに聞こえてきた。

 刹那、銃声が響き渡った。

 部屋が静まり返る。

 ダスクのいる場所からは何も見えない。ただ、どうにか見える左右の友人たちの青褪めた顔だけが、やけにはっきりと見えた。

「ジャック……?」

 反対側にいるはずの友人の名前を呼ぶが、返事は無かった。

「……聞こえたな?」

 犯人たちは電話か何かを相手に、声を投げているらしかった。

「うわぁぁぁぁぁあああああああ!」

「いやだぁぁぁぁぁあああああああ!」

 その光景を目の当たりにした友人二人が発狂する。

 ダスクは身体が震えていることに、ようやく気付いた。心臓を鷲掴みにされたような息苦しさと圧迫感に押し潰されそうだった。

 何も考えられず、身動きをとることもできず、ただ、喚き続けるしかない。それでも、助かる見込みは無い。いや、だからこそ、喚き続けるしか無いのも事実だった。

「十分経ったぞ」

 響き渡る銃声と、目の前に広がる光景を、ダスクは見ていた。十分前に、両隣の友人たちが見たであろう光景を。

 床と柱に、僅かに何かが飛び散る。直前まで喚いていた友人の声がぴたりと止まり、柱に縛り付けられたまま力なく頭を垂れる。

「フィリップ――!」

 その瞬間、目の前が暗転した。

 心臓が大きく脈打ち、一瞬呼吸が止まる。その刹那の間に、視界が紫色の閃光に満たされた。

 目の前の景色が戻って来た時には、全てが変わっていた。

 胸の奥、身体の芯から、全てを呑み込んでしまいそうなほどに大きな力を感じた。重く、圧し掛かるような力の感覚に苦しさはない。ただ、自分がその力を背負っているのだと思うのには十分な感覚だった。

「――うあぁぁぁあああああっ!」

 ダスクは、咆えた。

 何を考えていたのかはもう判らなかった。頭の中は真っ白で、ただ、我武者羅に暴れまわりたいだけだったのかもしれない。恐怖と怒りと哀しみの入り混じった感情のままに、ダスクは叫んでいた。

 そして、その時にダスクは力を手に入れた。

 ダスクを縛っていた太い綱が胸の前で消滅し、解かれる。立ち上がるよりも早く、ダスクは身体を捻って柱の裏から飛び出し、部屋の中へと飛び込んでいた。

 頬を伝う雫を振り払って、真正面から飛び込んでいく。

 向けられる銃口など目に入らない。放たれる銃弾は、勝手に逸れていた。ダスクに当たるものはたった一発すらなく、その全てが例外なく床や天井を穿った。何かを叫ぶ男の声も、友人の声も耳に届かない。

 一番近くにいた、フィリップを撃った男に飛び付くように体当たりする。次の瞬間、大の大人が子供に押し倒されていた。男にとっては予想以上の衝撃があったのだが、ダスクにはそれを考える余裕はない。子供の体当たりの質量を遥かに凌駕する衝撃を受けた男は背中から床に叩き付けられ、銃を取り落とす。

 目を剥いて頬を引き攣らせる男を力一杯殴り付けた。何か硬いものが砕ける感触があって、男の歯が二つ、口から外へ飛び出して行った。頬の内側が切れて、歯を追うように血が舞った。

 左右から掴みかかって来た男たちを、強引に振り払う。掴まれた腕をただ振り回すだけで、男二人が宙を舞った。

「大人しくしないか!」

 ボス格らしい男の一括に、ダスクはようやく思考能力を取り戻していた。

 乱れた呼吸のまま、声に振り返り、友人に銃を突き付ける男の姿を認めた。その後で、ダスクは自分がしたことに気付いた。屈強そうな大人一人を押し倒し、二人の男を軽々と吹き飛ばしていたことに。

「だ、ダス、ク……?」

「ハンス……僕は……」

 友人の表情の中には、困惑と、確かな恐怖が見て取れた。銃を突き付けられている恐怖だけではない。ダスクに対する恐怖も確かにあった。

 いきなり、ありえない力を振るい始めたダスクに対する恐怖だ。

 瞬間、湧き上がったのは自分自身に対する恐怖だった。自分自身の存在を見失ってしまったような気がした。自分が、今までの自分ではなくなったという実感が、胸の奥から湧き上がってくる。人間でなくなってしまったのかもしれない、と。

「……助けるから!」

 それでも、ダスクは口にせずにはいられなかった。

 もう、目の前で友人が死ぬ瞬間など見たくはなかったから。

 どうすればいいのかは、解っていた。

 引き金を引こうとする男へ向かって、ダスクは駆け出した。手を伸ばして、叫ぶ。

 男の指が止まり、初めて彼は驚いた表情を見せた。ダスクの体当たりをかわそうとして、男は身動きが取れずに押し倒される。近距離からこめかみに押し当てられる銃の冷たい感触も、ダスクには睨み付けるだけで対処ができた。男の顔に苦悶と驚愕が浮かび、何もしていないのに銃を持った腕が本来曲がるはずの無い方向に捻じ曲がる。骨が砕け、筋肉が断裂する音が響き、力を失った手から銃が落ちる。

 馬乗りになった体勢で襟首を掴んだまま、ダスクは男を睨み付けていた。荒い呼吸を繰り返しながら、握り締めた拳を振り上げたままで。

 拳を振り下ろせば、男の顔に叩き付ければ、きっと彼を殺すことができる。

 いや、殺してしまう。

 目の前で二人の友人が殺された。だからこそ、たとえ相手がその友人たちの仇であっても殺したくない。

 そう、思ってしまった。

 背後で銃声が響く。

 振り向いたダスクの目に飛び込んできたのは、崩れ落ちるハンスの姿だった。額から血を流して友人が倒れ、僅かに痙攣していた。

「……ぁ――」

 刹那、ダスクは目の前が真っ暗になった。

 ほんの一瞬、まばたきしたその瞬間に眠りに落ちてしまったかのような感覚だった。

 次に気がついた時、立っているのはダスクだけだった。

 三人の友達の亡骸はまだ殺された直後のまま転がっている。他に、頭の無い誘拐犯の身体が人数分転がっていた。部屋の中は弾痕と血しぶきだらけで、酷い状態だ。

 自分の呼吸だけがやけに大きく聞こえた。

 きっと、全て自分がしたのだと、直感が告げていた。

「……これは、何と声をかけていいものか、判断に困るな」

 不意に、窓から聞こえた声にダスクは視線を向けていた。

 黒っぽいスーツに身を包んだ中年ぐらいの男性がこちらを見ている。先ほどまで誰もいなかったはずの場所に、彼は立っていた。ダスクの視線に気付いて、男性はゆっくりと歩み出る。

「自分の状況が、解るか?」

 男はダスクの前まで歩み寄ると、そう尋ねてきた。

 普通の人には無い力を振るい、友人たちを殺した誘拐犯たちを、ダスクが殺した。

「君は、力に覚醒した」

 男の声を、何も喋れずにダスクはただ聞いていた。

「我々は、VANヴァン

 ゆっくりと紡がれる言葉が、ダスクの中に静かに響いていく。

「君と同じ、力を持つ者の集まりだ」

 そう言って、男は淡い輝きに身を包んだ。虹彩の色が濃い藍色に変わる。

「私たちは、普通の人間とは少し違う」

 脳裏に蘇るのは、ハンスの怯えた顔だった。ダスクに対して恐怖を抱いた表情が過ぎり、無意識のうちに身震いをしていた。

 気付いてしまったのだ。

 自分が人間でないものになってしまったかもしれないことに。

 普通の人と同じようには生きられないかもしれないことに。

「君は、私たちと共に来るか?」

 藍色の輝きを帯びた手を、男は差し出した。

 ダスクは、差し出された男の手に自分の手を伸ばしていた。

 そこでようやく、自分の身体が薄っすらと紫の輝きに包まれていることに、ダスクは気付いた。

「君の、名前は?」

 優しく微笑む男に、ダスクは名を告げる。

「ダスク……。ダスク・グラヴェイト……」

 静かに溢れた涙が、ゆっくりと頬を伝い落ちた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ